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クロウ、孤児院へ

 アルカディア歴1824年3月15日

 ルゼス王国ダリア子爵領ロアー



 ロアーという街は、辺鄙な田舎にある唯一の都市といったところで、のどかな雰囲気をながら行きかう人の数は多い。

 街を守る城壁もなく、日々、少しずつ街は外へ外へと広がっている。

 田舎ゆえか街の住民たちものんびりとした者が多く、料理屋に入っても一向に注文した料理が出てこない、というようなこともままある。


 そんなロアーから少し離れたところに孤児院が建っている。

 もともとはロアーを治める領主の屋敷であったのだが、ロアーを含む一帯はさらに高い爵位の領主のものとなった。代官は街に住み、不要となった屋敷は、フレア教に寄付された。

 フレア教は福祉事業で孤児院を運営している。この屋敷も孤児院として改装され、以後、その役割を果たしている。


 敷地を囲う高い塀は、ほとんど崩れ、かつては優美であった庭は荒れ、草が生い茂り、噴水はよどんだ水がたまり、藻と水草で緑色をしている。


 そんな庭を子供たちがキャッキャと駆けまわっている。

 木登りをする子供。網で虫を追いかけ回す子供。絵を描く子供。

 年齢層は幅広く、幼児から10代半ばまで。年長者たちは、もっぱら幼児の遊び相手や見守りをしている。


 まだ産まれて間もない赤子を胸に抱きながらも、泥遊びを始めようとする子供たちに注意をしていた赤毛の少女が、門から入ってくる人物に気づいた。


「クロウ」

 思わず大声を出す。


 それに赤子が目を見開き、泣き出し、そばで泥をこねていた子供たちが顔を上げる。

 

 赤毛の少女アンナは、思わず駆けだそうとしたが、すぐに胸の赤子の泣き声で思いとどまった。


 代わりに長い黒髪を揺らしながら黒衣の青年クロウが走ってきた。

 体に重みがないかのような軽ろやかな疾走。音もなく、土埃りひとつ上げずに、アンナの前に立った。


「クロウ、お帰りなさい」


「元気だったか?」


「まあまあね。新しい子が何人も入ったわ。このリッカもそのひとり」


「そうなのか? 院長だけだと手が回らないだろう。あの人もいい年だし」

 ちょうど俺の手が空いたから、と続けようとしたクロウは、アンナの暗い表情を見て不吉な念にかられた。

「院長になにかあったのか?」


「死んだわ。ロアーに買い出しに出た時に物取りにあって。必死に追いかけたんだって。それで苦しくなって。ほら、いい年だったでしょう」

 アンナの顔にやるせなさがにじんでいる。


「そうか」

 クロウは目を閉じた。


 できることならフレア教の作法に乗っ取り、両手を胸の前で組んで彼女の冥福を祈りたかった。だが闇の神と契約している身でそれはかなわない。


「クロウ。あなたはまるで聖者ですね」

 最後に見た老マリアは、そう言って泣きそうな顔で笑った。


 クロウを理解し、優しく包んでくれた人。

属していた冒険者パーティ『ホライズン』から追い出された時よりも、ずっとこたえた。

 

「中央神殿の方から誰か新しい院長が派遣されてきているのか?」

 しばらくしてからクロウは言った。


 隣国エフィレイアほどではないが、ここルゼス王国もフレア教が力を持っている。新たなる院長を派遣する余裕くらいはあるだろう。


「ええ、ジョージ院長よ。今は礼拝堂にいると思うわ」


 ジョージの名を呼ぶときにアンナの顔が強張ったのを、クロウは見逃さなかった。

「苦手なのか?」


「……ええ、正直ね。でも、しょうがないわ。神殿が決めたことだもの」


 アンナは気が強いので新しい院長と衝突することが多いのだろう。


「ロックとバゼルは元気か?」


 クロウにとっては弟分の二人だ。アンナとロック、バゼルの3人が最年長のはずである。


「出ていったわ。冒険者になるってさ」

 アンナが憎々し気に言った。

「結局、逃げたのよ。ジョージ院長が嫌で逃げたのよ」


「そんなにひどいのか?」


「……悪い方ではないわ。ただ、厳しいの。フレア様のために身も心も捧げよって。そんな方ね」

 最後にアンナはため息をついた。


 クロウはアンナの目の前で握った拳を開いた。そこに綺麗な彫り物のされた銀の髪飾りが現れた。

 アンナが目を輝かせる。


「土産。エフィレイアのなんとかって貴族のお嬢様がつけてるもののレプリカらしい。いつも、ありがとうな。みんなの分も、いろいろと買ったんだけど。新しく来た子たちの分までは……」


 アンナの顔が曇った。

 それからクロウの手に手を添えると髪飾りを再び握りこませた。


「嬉しいよ。でも、きっと院長に取り上げられるから。神殿に養われている身で贅沢だって。その日のパンにもありつけない者も多いんだって」

 そこまで言うと、アンナは言葉を切った。唇を噛んでから言葉を続ける。

「それ、ニーアにあげて。彼女、元気にしてる?」


「ああ、相変わらずさ」


「そう。まあ、あの子はそうよね」

 アンナの顔に苦々しさが浮かぶ。内心の苛立ちを隠そうとしない。

「あんな子が聖女様だもの。やってられないわよ」


「いつか、ニーアがここに帰ってくることがあったら、受け入れてやってくれないか。あいつの家はここだから」


「違うでしょう。クロウがニーアの家じゃない」


 クロウは薄く笑った。そのつもりだったが、もうそれも終わったのだ。


 アンナが、あ~あ、とうんざりとしたような声をあげる。

「私がクロウの妹なら良かったのにさ」


「似たようなものだ」

 クロウは言うとアンナの頭を撫でた。


 アンナが顔を赤らめる。

「妹じゃなくて良かった、か」

 つぶやく。


「どういうことだ?」


「別に、意味ないわ。今度は、しばらくいられるの? 冒険者の方は休暇?」


「実は追い出された」


 はっ? とアンナが目を丸くする。


「王子様と折り合いが悪くてね。それに、俺の使う技がどうも不気味で受けが悪かったらしい」


「なにそれ。クロウが作ったパーティでしょう。王子様が出ていけばいいじゃないさ。ニーアはどうしたのよ。ひょっとしてクロウを切ったの?」


「ニーアは王子様に惚れてるからな。アルベルトは少し視野は狭いが悪い奴じゃない。うまくやると思う」


 アンナが汚い言葉を乱発した。

 彼女の怒りを感じたのか、泣き止んだ赤子がまた泣き出した。


 そこへ屋敷の別棟を改装した礼拝堂から人が向かって来るのが見えた。白い神官着の男。クロウの感知能力はつぶさに彼の様子をとらえた。


 髭を綺麗に剃ったつるっとした顔。茶色い頭髪をオカッパにしている。太い眉がいかにも頑固そうだ。


「ジョージ院長が来るわ。ねえ、クロウ、冒険者をやめたんなら、ここに居てくれるんでしょう?」

 アンナが希望を込めて言った。


「そのつもりだったんだが。新しい院長が俺を受け入れるかな」


 アンナの顔から希望がふっと消えた。

「……でも、クロウはとっても有能よ」

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