ホライズンの凋落・ジークフリートの悲劇②
アルカディア歴1824年5月3日
ルゼス王国バルス子爵領アストロ
クソッ、と男がテーブルに拳を叩きつけた。おかげで、ビールがなみなみとつがれたグラスが倒れ、料理にぶちまけられた。
「ちょっと、やめてよ。お金ないんだから」
いかにも魔術師というような大きなつばのとんがり帽子をかぶった女が、白い眼を向けて言った。
テーブルを叩いた緑色の髪を半透明の黄色い金属バンドで逆立てた男が、女を睨みつける。身に着けている甲冑もやはり黄色い半透明鎧。三魔法金属の一つ、黄色金属だ。
「なんで平気でいられるんだ、レイア。Bランクだぞ。我ら『ホライズン』はBランクに落ちたんだぞ」
クロウが所属していた『ホライズン』は、ついにAランクからBランクに落ちてしまった。Aランクパーティであることが誉れであり、王位継承後に優位性を保てるだろうと目論んでいたアルベルトには、耐えがたい事態であった。
「なんでって、落ちちゃったものは仕方がないじゃない。クロウ抜きならBランクが妥当ってことなんじゃないの」
攻撃魔術師レイアは言って蒸留酒の入ったグラスを傾けた。
「あいつの話はするな」
アルベルトが怒鳴る。
「アルベルト様は本当に兄さんが嫌いなんですね。悲しいなあ」
白いローブの少女が言葉とは裏腹に優し気な笑みを浮かべて言った。
「やっぱり劣等感ですかあ? 兄さん、優秀ですもの。冒険者としても、男としても、人としても」
アルベルトの顔が憤怒に変わり、治癒魔術師ニーアの胸倉をつかんで、椅子から立たせた。
「わあ、乱暴されちゃいそう。痛いのやだな」
こんな時でもニーアは笑顔を崩さない。
アルベルトはなんとか自制してニーアを放した。
「私があの男に劣っているところなど一つもない。いいか、一つもだ」
吐き捨てる。
「まあ、どっちにしても、余命1年だったわけだしねえ。遅かれ早かれ、ランク落ちしてたってことかしら。それより、どうするの? 私としては別にAでもBでも構わないんだけど。アルベルトは困るんじゃないの?」
レイアが言った。
アルベルトがドカリと椅子に座った。乱れた心をなんとか落ち着かせようとする。意識してニーアを視界から外した。
彼女の存在は日に日に耐えがたいものになっていた。
『聖女』でさえなければ、とっくに捨てているのに。
「いい考えがありますよ。新しいメンバーを入れればいいんです。それがいいですよ」
ニーアが自分のアイデアに満足して何度もうなずく。
「そんなことは、もうとっくに思いついて実行しているわよ」
レイアはたまりかねて言った。
クロウの代わりに探査師を入れようとはしたのだ。フリーの優秀な探査師を。だが、うまくいかなかった。
あれだけ貢献していたクロウを首にしたという事実が、探査師たちを警戒させた。
ならば、それなりの腕の者で、と妥協したが、これも駄目。今度はアルベルトが嫌がった。
「私のパーティに半端者など入れられるか」
はっきりいって手詰まりだった。
「そういえば、聞きましたかあ? 『レッド・クラウド』が解散するみたいですよ」
ニーアが言った。
Aランクパーティ『レッド・クラウド』。戦士2人に、治癒魔術師、汎用魔術師、探査師と、『ホライズン』と似たような構成のパーティだ。
「確か治癒魔術師のロザリアとリーダーで戦士のアクスが結婚して、王都へ引っ越すのよね」
「いいなあ。私も早くアルベルト様と結婚したいなあ」
うっとりとしてニーアが言った。
アルベルトはそれを故意に無視する。
だが彼の中で閃くものがあった。
「それならば、『レッド・クラウド』をうちが吸収すればいい。それならばAランクになるじゃないか」
『ホライズン』もつい最近まではAランク。冒険者ギルドに交渉すればランクを戻してもらうことも可能だろう。
「よし、それに決まりだな」
「でもねえ。人数がさ。ほら、冒険者ギルドの規定でパーティの最大人数6人なわけよ。ひとり、多いじゃない」
言いながらも、レイアは黙々とパンを食べていた『ホライズン』最後のひとり、戦士のバッツをチラリと見た。
「戦士が3人ていうのも多いしねえ」
レイアの誘導にアルベルトはすぐに乗った。
「ならばバッツはクビだな。それでちょうどいい」
バッツが驚いて目を見開く。喉にパンを詰まらせてしまったらしく、慌てて水を飲む。
そんな一連の慌ただしい動作のあとに、バッツは信じられない、という顔でアルベルトを見た。
「俺がクビ? どうして?」
「話を聞いてなかったのか? 『ホライズン』は『レッド・クラウド』と合併することにしたんだ。パーティの最大人数は6人。ひとり多い。戦士は向こうのひとりと私で十分だ。君の出番はないということだな。そもそもウスノロの君がAランクパーティに属していたなんてのがおかしいんだよ」
アルベルトは容赦なく言った。
傷ついた自尊心の痛みを癒すために人を貶める。
「私とアルベルト様は『聖女』と『勇者』ですからあ。やめるわけにはいきませんよね。バッツさんじゃなければレイアさんかなあ」
ニーアがニコニコしながらバッツとレイアを見比べる。
「私、レイアさんよりバッツさんの方が好きだなんだけどなあ。レイアさんいじわるだし」
「そ、そんなことないじゃない。人聞き悪いわね」
レイアは慌てて言った。心当たりがありすぎる。クロウがいたころは、彼に免じて、とニーアに寛容であったが、それがなくなった今は、苛立ちばかりがつのる。それが態度に出たのだろう。
「それに。レイアさん、アルベルト様とエッチなことしてるじゃないですか。それも嫌なんですよねえ」
今度はアルベルトとバッツも動揺した。
もちろん、それは逆方向の感情だ。
バッツは自分がレイアの恋人だと思っていたので、ふたりが怪しいことをしているのを目撃しても、自分の気のせいだと言い聞かせていた。
それをいきなり事実だと突き付けらたのだ。動揺もする。
アルベルトはアルベルトで、ニーアが知っていたということに動揺を隠せなかった。
誘ってきたのはレイアの方だった。ニーアにクロウの影を見てしまい、自分が責められているように思えて、ニーアとは疎遠になっていたので、誘われるままに乗ってしまった。以後、何度となく楽しんでいる。
「ほん、本当なのか、レイア。そんな、アルベルトと……」
バッツが震えて言った。
彼は本心からレイアを愛していたのだ。
「まあ、ね。ほら、そういうこともあるわよね。男と女の間にはね。あなたは優しい人だけど、ちょっと退屈なのよね」
こうなってはしょうがない、と開き直るレイア。
「ちょうどいいじゃない。あなたも、もうアルベルトとうまくやってけないでしょう。ここでお別れということで、ねっ?」
「レイア、待ってくれ。俺は、君と……」
「ごめんね、バッツ。あなたには、きっと私なんかよりもいい人が見つかるわ。元気でね」
呆然とするバッツ。
その目に見る見る涙がたまっていく。
神妙な顔をするレイアと厳しい顔のアルベルト。
そんな中、いきなりニーアが吹き出した。
そのまま大笑いする。
「みんな、面白いなあ。兄さんもここにいたら良かったのに」
◇◇◇
アルカディア歴1824年5月3日
エフィレイア王国王都ウィンストン
目抜き通りを白馬2頭仕立ての豪華絢爛な馬車が通っていく。馬車の前後には発光する白色金属甲冑に赤マントの騎士たちがついているが、マントや甲冑が華美なために、物々しさはまるで感じない。
通行人が馬車に目を留め、隣を歩く同僚に言った。
「あれは、どなたの馬車かな。ずいぶんとキンキラキンだけど」
乗車部分の白い箱には、白色金属細工の装飾がされ、ところどころピカピカと光っている。
「ああ、ありゃあ、ほら、フローリー男爵令嬢の馬車だよ」
「男爵令嬢? いや、侯爵様の馬車だって、あんなにすごくなかったぞ」
「本当に知らないのかよ。フローリー男爵令嬢っていえば、例のウィンデア公爵令嬢の婚約破棄のさ」
「あっ、思い出した。ジークフリート王子を寝取ったって、女」
「馬鹿、そんな言い方するな。誰かに聞かれたら首をはねられるぞ」
「だけど、俺は、公爵令嬢が可愛そうでよ。ウィンデア家は俺たち庶民の味方じゃないか。死んだ爺さんもウィンデア家にもしものことがあったら、命を賭けて恩を返せって言ってたしよう」
「公爵令嬢の件を腹にすえかねてるのはみんな同じさ。ウィンデア家が守ってくれたから、みんな我慢してたんだ。それを、婚約破棄の上、国外追放なんてあんまりだ」
男も同意した。
「だけど、フローリー男爵令嬢の後ろには宰相がついてるって噂もあるしよ。あんまり、大きな声で言うもんじゃねえのよ」
「宰相か。クソっ、嫌な世の中だなあ」
通行人がそんな会話をしているとも知らず、馬車の中では、若い男女が向かい合って座っていた。
「ジーク様。楽しみですね。早くつかないかしら」
桃色のドレスに身を包んだ赤毛の女が言った。フローリー男爵令嬢アライア。エレノアの代わりにジークフリート王子の婚約者となった女性である。
「そう焦らなくても大丈夫だ、アライア。まだ十分時間はある」
ジークフリートが金の懐中時計を開いて確認する。
「あっ、そうそう。ジーク様、私も時計が欲しいんです。それとお揃いの金時計。ペアで持っていたら、とても幸せな気持ちになれると思うんです」
「分かった、帰ったら手配しよう」
言いながらもジークフリートは内心、またか、とうんざりとした。
アライアは物欲が強い。毎日のようになにかしら欲しがる。
以前は、そんなことはなかった。素朴で、物を露骨にねだるようなことはなかった。
例のエレノアとの婚約破棄騒動。あれの後からアライアは、急にワガママになった。
おまけにジークフリートがワガママに応じないと、すぐに泣いたり拗ねたりする。
彼女の直情的なところに惹かれたのは確かなのだが、あまりにも度が過ぎている。
まるで子供だ。
最近では、機嫌を取るのが面倒くさくなり、ワガママをすぐに聞いてしまう。
まったく女というのは、いつも私を憂鬱にさせる。
などと被害ぶるジークフリートであった。




