復活のセクプト
エドワードは病に衰弱した体を押して動いた。
まずはアーキスに解雇されて時を待つべく雌伏していた家臣たちを呼び戻し、アーキスの手下たちを容赦なく粛清。
領主代行アーキスにしぶしぶ従っていた者も多く、エドワードが政務に復帰すると一斉にアーキスの手の者を追い出しにかかった。
同時にリクサス商会を解体。その息のかかった商人を次々と捕縛し、罪を問うていった。
『紅騎士』レミー・ベラルルは領主秘書官とセクプト警備兵統括、さらには騎士団長を兼任。エドワードの指示に従い、セクプトの街を浄化していった。
アルカディア歴1824年5月2日。
アーキス、リクサス、ゴッツの三者は街の広場で公開処刑となった。エレノアたちがエドワードと邂逅した7日目のことである。
実行に当たったのは辛酸を舐めさせられた『紅騎士』。
群衆の見守る中、彼女の造り出した魔術の火で、3人はゆっくりとその体を焼かれていった。
もちろん3人だけではない。三者に協力してきた者たちも芋づる式に逮捕。同様に火あぶりの刑に処せられた。彼らの悲鳴こそが。苦悶の顔こそが。虐げられてきた群衆への領主としての謝罪となるのだ。
特設された処刑台で手足を縛られたまま、ゆっくりと体をあぶられ、のたうち回る罪人たちを見て、喝采をあげる人々。
その中に交じって見守っていたエレノアは静かに踵を返した。
隣に立っていたロディがそれに気が付き、彼女に従って人込みの中を抜けていく。
「悪党とはいえ、苦しみもがく様子を見るのは良い気分ではありませんわね」
エレノアが言った。
顔が青い。人の焼ける臭いと悲鳴で気分が悪くなったようだ。
「復讐は何も生まない、なんてことを言う人もいますがね。魂を焼く炎を沈めるためには時間がかかるもんです。その時間を短く済ませることができるんなら悪いことじゃないと思いますがね」
ロディが言った。
「そういった意味では必要な処刑ですけど。まあ、命が消えていく様を見るのはどうも嫌なものです」
エレノアは微笑んだ。拷問を目の当たりにして疲れた心に、彼の甘さ、あるいは優しさが、心地良かった。
ただ振り返ることはしなかったので、その微笑みは当人には向けらなかった。
「要するに、わたくしたちがよそ者だということですわ。よそ者はよそ者らしく、そそくさと立ち去りましょうか。ロディさん、馬車の準備はできておりますの? もし、できていないのでしたら、お覚悟なさい」
言って振り返ったときには、厳しい顔つき。
「おお、怖い怖い。お嬢はもっと俺に優しくするべきたと思いますよ。今回だって、役に立ったでしょう?」
「まあ、その点は褒めて差し上げますわ。例え、最後の最後に乗り込んできて、良いところを見せただけにしても。ええ、助かったことは事実ですもの。頭でも撫でて差し上げましょうか?」
「おっ、ぜひ、よろしくお願いしますよ。お嬢の綺麗な手で、俺の小汚い頭をナデナデとしてやってください。さあさあ」
「じょ、冗談ですわ。小さな子供でもあるまいし、そんなこといたしません」
顔を赤くして慌てるあたり、エレノアはまだまだ初心だった。
「残念だなあ。お嬢にヨシヨシとされたら、積年の苦労が報われる気がしたのになあ」
面白がってたたみかける。
「しつこいですわよ。そういうことをされたいのでしたら、わたくしをその気にさせてみなさい」
「お嬢」
ロディの声に切実な響きがあったので、エレノアは一歩後ろを歩く御者を振り返った。
黒髪の青年が微笑んでいた。
「本当にお疲れ様でした。立派でしたよ。とてもね」
エレノアはロディの対応が予想外過ぎて、つい声を失った。
それからカアと顔が赤くなる。
「おやおや、照れていらっしゃる。まったく、チョロいですね、お嬢は。そんなんじゃあ、悪い男に食い物にされちまいますよ」
言って笑う。
今度は別の意味でエレノアの顔が赤くなった。
「……わたくしをからかうとは良い度胸ですわね」
目を細めて睨みつける。
「そりゃあ、こんな可愛い人をからかわないでいられますか。てっ、ちょっと待った。なんで剣に手をかけるんです」
「そこにお直りなさい。剣の錆にして差し上げますわ」
「物騒なことを言わないでくださいよ。じゃあ、俺はちょっと先に行って、馬車のチェックをしてますから」
言ってが走り出した。
「お待ちなさい」
エレノアが追いかけて走る。
黄金の螺旋が陽光を反射してきらめきながら軽やかに躍った。
◇
セクプト街を出て1時間ほど道を進み、山道に差し掛かったところだった。
後ろから猛スピードで近づいてくる騎馬に気が付いたロディは、車内をのぞく小窓を振り返った。
「お嬢、セクプトから追手が来たかもしれませんよ」
「追っ手? 敵ですの?」
エレノアが小窓に顔を近づけて言った。
「さてね。ともかく、ここで待ちましょうか」
ロディは馬車を止めた。
気配はグングン近づいており、すでに彼にはそれが『紅騎士』レミー・ベラルルだと認識できていた。
やがて馬蹄の音が聞こえてきた。
エレノアは馬車を降りて待っていた。敵にしろ、味方にしろ、下車していた方が対応しやすい。
厳しい顔を道の先に向けていたエレノアだったが、すぐにその表情がほころんだ。
白馬に跨って向かってくるのが赤毛の女騎士だと気が付いたからだ。
白いマントの下は黄金のビキニアーマーのみなので遠目でも間違えようがない。
「なぜ、レミー様は、あの、鎧ともいえないような代物をお着き続けなさっているのかしら。破廉恥ですのに」
つい、つぶやいてしまう。
「着心地がいいんじゃないですか? まあ、男としては眼福ですけどね。なにせ、『紅騎士』様は、見せびらかすに足る体つきをしていらっしゃいますからね。その点、お嬢はもう少し胸元に……」
ロディは喉元に切っ先を突き付けられて、その先が言えなかった。
「胸元に?」
エレノアが優しく微笑んで聞く。
「あっ、いえ、お嬢もその気になれば男たちを夢中にさせるに足る素晴らしい体つきですよ、とね」
エレノアが鼻を鳴らして剣を収めた。
「わたくしは慎ましい乙女なのです。不特定の男性をみだりに誘惑するような真似はいたしませんわ」
言ってから失言に気づいて慌てて訂正する。
「レミー様を貶めたわけではありませんわよ。わたくしはあの方を尊敬しておりますもの。それだからこそ、納得がいかないのですわ」
「受けた屈辱を忘れぬように、とかそういう感じじゃないですか。ほら、冒険者とかにいるでしょう。傷をわざと残して教訓にするようなのが」
「なるほど。それは実にレミー様らしいお心意気ですわね。あるいはレミー様は、奴隷として売られた方々がすべて戻ってくるまで、ご自分へ罰を与えていらしゃるのかもしれません」
「それもありえますね」
ロディも、うなずいた。
高潔な『紅騎士』ならばあり得る話だ。
「まあ、何にしても、気になるようなら、聞いてみたらいいじゃないですか」
「うかがっても良いことですの?」
「そりゃあ、いいと思いますよ。もう何人もに聞かれているでしょうし」
ほどなくしてレミーがふたりの前に来た。
ひらりと馬を降りる。
マントと赤毛が舞い、ビキニアーマーに包まれた大きな乳房が揺れた。
「良かった。エレノア殿が出発されたと聞き、急いで追ってきたのだ」
「ご挨拶もできず、申し訳ございませんでした。ですが、あまり長居しては、せっかく蘇ろうとしている街に、ご迷惑をかけるかと思いまして」
領主ヴァミリアンからはセクプトにこのまま住んではどうかと誘われた。アーキスと癒着して好き勝手していた者たちの屋敷もある。
それにアーキスや『ブラッディメテオ』を倒したた立役者がエレノアだと言うことは、もはや街中の人が知っていた。居心地も良いだろう。
だがエレノアは自分を追放し、暗殺までしようとしたエフィレイア王国宰相ハリス・ローゼンがこのまま自分を放っておくとは思えなかった。
必ず手を打ってくるだろう。
ルゼス王国に圧力をかけてくるかもしれない。そうなったとき、ヴァミリアン伯爵やレミーは恩のあるエレノアをかばうだろう。それが一番怖かった。
「それに、今は歩みを止める時ではないと、わたくしは思っておりますの」
そうか、とレミーは残念そうな顔ながらもうなずいた。エレノアが、クレイモス王家を頼って宰相一派とことを構えるつもりだろうことは、聞かずとも分かる。
「エレノア・ウィンデア殿。私はあなたに大恩がある。約束しよう、いつかあなたが、大きな敵に挑む際は、必ず馳せ参じる。必ずだ」
レミーの言葉に何ひとつ嘘はなかった。
エレノアはその申し出をありがたく受けることにした。まだ、先のことはわからない。だが、物事がすべてうまくって、エフィレイアに戻る日が来た時、ハリス・ローゼンとの戦いになるだろう。
『紅騎士』レミー・ベラルルが加勢してくれれば、どれほど心強いか。
「ありがとう存じます。いつかの再会の日まで、どうぞ、ご壮健でいらっしゃってください」
「必ず」
レミーが手を差し出した。
エレノアはその手を握った。
手を放したあと、エレノアは、思い切って聞くなら今だ、と思った。
「レミー様、わたくし疑問に思うことがありますの。おうかがいしても構いませこと?」
「疑問? もちろん遠慮なく聞いてくれ。このレミー・ベラルル、隠すことなどなにもないからな」
ドンと胸を叩くと、ぷるん、とまた乳房が揺れた。
「それですわ」とエレノアは大きな声で言った。
「わたくしの疑問は、まさにその露出度の高すぎるご鎧のことなのです。こう申し上げてはなんですが、お肌を出し過ぎているように思えます。縛めが解けた今も、なぜ、そのようなご格好をなさっておいでですの?」
「なんだ、そんなことか」
レミーが破顔した。
「どれほどの重大事だと、構えてしまったではないか」
「わたくしにとっては重大事ですわ。レミー様はわたくしの憧れなのですから」
その言葉にレミーが照れくさそうな顔で頬を撫でた。
「エレノア殿にそんな風に言われると、立つ瀬がない。あなたの気持ちに応えられるように、これからも精進していかなくてはな」
「それで、そのご鎧のことなのですが……」
「楽だからだ」
「えっ、はい?」
「さっと着れて、さっと脱げる。これほど楽なことはないぞ。そもそも私が鎧を着る意味がないしな」
「そ、それだけなのですか?」
「もちろん、それだけではないぞ。なにより動きやすい。まるで何も着ていないかのようだ」
「実際、ほとんど、何も着ていませんわ」
「ともかく、これほど私にとって合理的なスタイルはないと思うのだ。いまさら、甲冑や服を着るのもなあ」
「ふ、服は否定しなくても良いかと思いますわよ」
ついつい突っ込みを入れてしまうエレノア。そんな彼女の肩をロディが叩いた。
無言で首を横に振った。




