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公爵令嬢と紅騎士

『ブラッディメテオ』のアジトにほど近い通りでエレノアの前にひとりの女が立ち塞がった。

 長い赤毛の美女。金色のビキニアーマーを着た女。その首には赤い宝石の首輪がはまっている。『紅騎士くれないきし』レミー・ベラルルである。


 エレノアはひょっとしたら彼女こそ『紅騎士くれないきし』その人なのではないか、と思ったが、確信するには彼女の身に着けているものが破廉恥すぎた。

 エレノアの敬愛する『紅騎士くれないきし』があんなかっこうをしているわけがない。


「……もしや、『紅騎士くれないきし』殿でしょうか?」

 それでも念のため聞いてみる。


 ビキニアーマーの女剣士がうなずいた。


 エレノアはショックを受けた。すぐに『紅騎士くれないきし』の首に目がいき、困惑が理解に変わる。

 無理やり着させられているのだ。

 なんということを。


「わたくしはエレノア・ウィンデア。申し訳ありませんが、わたくしには、首輪を外す方法がございません。わたくしにできることは、あなたと、あなたを縛めた外道を斬ることだけですわ。約束いたします。必ずや、『ブラッディメテオ』を潰し、悪徳商人を粛清し、領主代行アーキスに罪を償わせます。ですから、お心置きなく逝かれますよう」

 言って剣を抜く。


紅騎士くれないきし』レミーの目が閉じられた。かすかに口元に笑みが浮かぶ。

 それは彼女が2年ぶりに見せた笑みだった。

紅騎士くれないきし』レミーも腰の剣を抜いた。


 ふたりの女剣士は剣を構えたまま向き合った。エレノアは片手で剣を握り、片手を剣に添える。レミーは両手に剣を握り、斜に構える。


 ふたりの距離は4メートル弱。どちらも剣術の奥義に達し、斬撃を飛ばす技を会得している。さらに、その神速の踏み込みは数メートルの距離などものともしない。


 突風がちりを巻き上げる。

 両者は微動だにせず、それどころか、まばたきすらしない。


 風が止んだ。

 同時に動いた。

 エレノアとレミー、ふたりのちょうど中間地点で、両者の剣がぶつかり、火花が弾けた。

 

 そこからまるで申し合わせているかのように互いの剣を剣で受け合う。首、胴、足、右、左。両者の周囲で火花が飛び散る。

 あまりにも剣が速すぎて剣筋が見えない。


 エレノアの剣がレミーの首をかすめたかと思えば、レミーの剣がエレノアの肩をかすめる。

 かわされた斬撃は、石畳を切り、跡を残す。


 さすがに強いですわね。


 エレノアはレミーの剣をなんとかしのぎながらも思った。レミーの剣は速いだけではなく、重い。下手に受け流そうとすれば、剣を折られてしまうだろう。


『ルガッタ流』の真価は、近距離よりも間合いを広めにとったときにこそ発揮される。

 それでも間合いを詰めたのはレミーの実力を見てみたかったからだ。


 エレノアは、つい先ほど『処刑人』相手に行った手を使うことにした。

 逆袈裟に斬り上げたレミーの一撃を左手で作った『魔術壁』で受け、発生した僅かな隙をついて後ろに跳ぶ。


 だが、『処刑人』に通用した手はレミーには通じなかった。

 エレノアが『魔術壁』で剣を受けた瞬間、レミーは腕から力を抜いて踏み込んできたのだ。


 レミーの体当たり。

 胸に凄まじい衝撃を受け、エレノアは吹き飛ばされた。空中で地面に向けて風の魔術を放ち、なんとか体勢を立て直す。

 そこへレミーが大上段から剣を振り下ろした。


 まばゆい白色光がレミーの剣から放たれ、エレノアを包む。


 光の後。

 歯を食いしばり、レミーの剣を受けるエレノアの姿があった。膝をつき両手で剣を持って、額に向けて押し込まれてくる刃をなんとか押し返そうとする。 

 エレノアの後ろにはパックリとまっすぐに割れた石畳。その一本線は30メートルほど後方まで伸びている。


 エレノアの青い瞳とレミーの灰色の瞳。ふたりは剣を合わせたまま数秒間見つめ合った。


「さすがですわね。わたくしでは、まだまだ『紅騎士くれないきし』にはおよびませんわ」

 ですが、とエレノアは続ける。

「ただの人形に遅れを取るほど、わたくしは弱くありませんわよ」


 エレノアとレミーの眼前に、一瞬、藍色の閃光が走った。それが風の刃に変わり、レミーの顔を近距離から切り裂く。貴族好みの綺麗な剣とは程遠い、えげつないほど実戦的な技である。


 レミーがのけぞる。

 そこにエレノアが踏み込んで胴を一閃。

 例え、レミーが物理防御性能の高い青色金属アダマンタイトの鎧を着ていても、真っ二つになっただろう一撃。ましてや、レミーの腹部は露出している。


 切れなかった。

 それどころか、傷一つついていない。

紅騎士くれないきし』レミー・ベラルルの加護技スキル『無傷』。彼女は攻撃によってダメージを受けることが無いのだ。


 なぜ、斬れませんの?


 エレノアは驚愕した。精神を立て直すために、そのまま宙に『魔術壁』を連続で出して、それを蹴り、大きく距離を取る。


 レミーは追撃しなかった。

 ゆっくりと振り返る。 


 レミーが剣を捨てた。


「なにをなさっているのです」

 エレノアは目を吊り上げた。舐められた、そう思ったのだ。


 すぐに、レミーが自分を殺させるために抵抗をやめたことに思い当たる。

 唇を噛んだ。


 こんな勝ち方をしなくてはならないなんて。


 その時、レミーの唇が大きくつり上がった。その目はエレノアの未熟さを笑っているように見えた。


 なにをっ、そう問う言葉は、吐き出されずに飲み込まれた。

 レミーが赤く染まったのだ。


紅騎士くれないきし』。レミー・ベラルルがそう呼ばれる理由は三つある。

 女騎士であるため、華やかな色を二つ名に添えたこと。

 レミーの鮮やかな赤毛が印象的であるため。

 そして最後の一つ。

 レミー・ベラルルが本気で戦うときの姿が、まるで紅蓮の甲冑を身に着けたかのようであるためだ。


 レミーは真っ赤な炎に包まれていた。燃えているというわけではない。まるで鎧のように炎を身にまとっているのだ。


 レミーが炎でできた大剣を握る。

 そのまま突っ込んできた。

 

 危険を感じたエレノアは、さらに距離をとろうとするが、その背後に炎の壁が現れる。

 いや背後だけではない。炎は箱状になり、エレノアとレミーを閉じ込めた。


「これが『紅騎士くれないきし』」

 思わず感嘆の声が漏れる。


 傷を負わない体。その特性を利用して炎の魔術で身を包んでいる。それどころか、敵を逃がさないように炎の檻まで作ってしまった。

 なるほど、ルゼス王国一の戦士が、実戦では勝てないと言ったわけである。


 感動している暇はなかった。

 レミーの炎の大剣がエレノアを襲う。

 

 剣で受けようにも炎である。

 かわすしかない。


 しかし、かわした炎は形を変えて、エレノアに伸びてくる。


 くっ。

 エレノアの体が次々と焼けていく。

 エレノアは瞬く間に火傷だらけになった。

 ただでさえ速いレミーの斬撃が形を変え、襲ってくる。

『魔術壁』を駆使して、なんとかわしてはいるのだが、灼熱の炎は近くにあるだけで、肌を焼く。


 おまけに炎の檻の中はあまりにも熱く、空気が少ない。

 エレノアの意識は朦朧もうろうとしてきた。


 時間は少ない。倒すには攻撃するしかない。

 だが、斬撃を弾き、炎すら身にまとえる相手に、どのような攻撃をすれば良いというのか。


「魔物には硬い相手もおりますわよ」

 そんな言葉が頭をよぎった。

 懐かしい声。優しい女性の声。


 頭の中に、その時の光景がよみがえった。

 王都のウィンデア公爵家屋敷のホールのひとつ。夜会用のもので天井にはいくつも天窓が設けられていて、月や星が見えるようになっている。その分、夏場は熱い。焼けるような日差しがそのまま通ってくる。

 その日も暑かった。


 エレノアの前には青いドレスを着た女性。そのまま舞踏会にでもでられそうな華やかなかっこうだが、腰に剣を下げている。

 さらにその両目は黒い布によって塞がれている。


「そう、いるのですのよ。剣も魔術も通じない手強い魔物が。そういった相手を倒すためには、相応の技が必要なのですわ」

剣聖ソードマスター』の二つ名を持つ女性、ファーガット男爵夫人は言って、カテーシー(スカートの裾をつまんで片足を引く)をした。


 するとふたりの眼前に大きな青甲冑が現れた。全身が金属鎧でおおわれており、兜の奥の両目だけが赤く輝いている。片手に戦斧、片手には盾を持っている。


「こんなこともあろうかと、以前捕獲しておいたアダマンタイトナイトですわ。名前の通り、全身が青色金属アダマンタイト。剣はほぼ通じません」


 タンっとファーガット男爵夫人が片足で、床を叩いた。


 その途端、微動だにしなかったアダマンタイトナイトが動き出した。

 ギイイィと金属音のようなうなり声をあげて、戦斧を振り上げエレノアに向かってくる。


 まだ12歳だったエレノアは小柄な体で剣を構えて対する。

 ファーガット男爵夫人が彼女をかばうように前に出た。

 ファーガット男爵夫人の手が腰の剣にかかる。


 アダマンタイトナイトが戦斧を振り下ろす。まともに当たればミンチになるような凄まじいパワー。


 次の瞬間、ファーガット男爵夫人の体がふたつになように見えた。ファーガット男爵夫人の体から、半透明のもうひとりのファーガット男爵夫人がはみ出している。その半透明のファーガット男爵夫人がやはり半透明の剣を逆袈裟に斬り上げる。


 アダマンタイトナイトがピタリと動きを止める。ガラガラと音をたてて甲冑が崩れた。

 あとに残ったのは床に転がった。中身のない甲冑のみ。 


「今の技、ご覧になられましたか?」

 ファーガット男爵夫人からはみ出していた半透明の分身は、もう消えている。


「あの、お師匠様がふたりいたように、わたくしには見えました。もうひとりのお師匠様が魔物をお斬りになっていました」


「それはわたくしの霊体ですわ」


「霊体?」


「霊とは心、精神。緑色の大天使様(フレア教では7色神が唯一神であるフレア神に仕える大天使とされている)が領域。魂と肉体の狭間にあるものこそが霊体ですわ。この技は、霊体にて、相手の魂を斬る。その名も『魂斬たましいぎり』。本来、魂は不滅。肉体が死ねば、フレア様の御許みもとへ帰還します。けれど、魂に直接衝撃を与えれば、魂と肉体との結びつきが壊れる。ゆえに、どのように硬い相手でも、死ぬ。かなり高度な技ですから、当分、お嬢様にはご無理でしょう」


 刹那の回想が覚める。

紅騎士くれないきし』レミー・ベラルルの炎の剣が横なぎにエレノアを襲う。

 エレノアはそれを身を低くして潜り抜ける。

 炎が頭を焼いた。もし、髪型固定の髪飾りをつけていなかったら髪の毛が燃えたことだろう。


 エレノアは剣を鞘に収めた。

 結局、『魂斬たましいぎり』を会得することはできなかった。ファーガット男爵夫人は、あのあとすぐに平民の愛人と駆け落ちしてしまったのだ。


 後任の師は同じ『ルガッタ流』だったが、エレノアに教えられることはなにもなかった。なぜならエレノアよりも技のキレも理解も低かったのだから。

 ファーガット男爵夫人が教えようとした、『魂斬たましいぎり』は『ルガッタ流』の到達点とも言うべき秘技であったのだ。


 それからは自己鍛錬を続けた。

 流派を問わず、強いと噂される者を招き、稽古試合をしたり、指導を仰いだ。

 いつかファーガット男爵夫人と会うことがあった時、恥ずかしくないように。強くなっていたかった。


 炎の檻からいくつもの火柱があがる。

 エレノアはそれを避けながらレミーを睨み続けた。


「レッスンワン。相手の魂を見きわめる。ただ静かに。騒音の中から、雫の落ちる音を聞き分けようとするように」

 エレノアはファーガット男爵夫人の言っていた言葉をつぶやいた。


 レミーが跳んだ。

 火柱をいくつも背負いながら自身も炎を握って大きく振りかぶる。


 まだ、まだ。

 限界までレミーを見続ける。

 火柱と炎の剣がエレノアにせまる。


 レミーの体が光ったように見えた。

 淡い光。彼女が発している力に比べて、なんと微量な光りか。

 だがエレノアは確信した。

 それこそがレミーの魂の光だと。


 炎の剣の斬撃をかわすため、自ら火柱の中に飛び込む。こちらの炎はまだマシだ。

 熱いが魔術で強化している体を焼くほどではない。


「レッスントゥ。イメージ。心の剣を抜くイメージを作る。正確に、詳細に」


 レミーの追撃を跳んでかわした直後、エレノアはまたつぶやいた。

 手は鞘に収めた剣の柄を握る。

 頭の中に強く思い描く。自分の剣の姿を正確に。より詳細に。

 その刀身は70センチ。細身の両刃。


 レミーの握る剣が二つになった。

 左右に1本ずつ炎でできた大剣を握っている。それでもって宙にバツ印を描くように振り下ろす。


「レッスンスリー。心の剣で斬る」

 エレノアはつぶやくいた。

 体を動かさず、だが、自分が思い描いたイメージをなぞるように。


 炎のバツ印がせまる一瞬。

 エレノアは自分の体と精神がズレるのを感じた。半透明の自分が体から離れ、剣を抜き、斬撃を放つ。


 自分の霊体の剣の軌跡がせまりくる炎を裂き、その先にいるレミーを斬った。

 斬れたのはレミーの肉体ではなく、その奥にある魂。

 エレノアの『魂斬たましいぎり』は未完成。それでもレミーの縛められ、痛めつけられた魂には十分だった。


 レミーは上体を丸めるような姿勢のまま、前に倒れた。

 とたんに炎の檻が消える。周囲の家屋に移った火は、まだ燃え続けているが、レミーの造り出した炎は消えた。


 エレノアは、ほうっ、と息を吐いた。

 銀の胸当ては溶け、袖もスカートも燃えて焦げ、ほとんど姿をとどめていない。もちろん、それらが包んでいたエレノアの肌は、赤黒く変色している。

 無事なのは彼女を象徴するような黄金の螺旋を描く髪の毛だけである。

 

 エレノアは肌も露わなまま、『紅騎士くれないきし』レミー・ベラルルのかたわらにかがみこんだ。


 うつぶせに倒れるレミーをひっくり返す。と、彼女が呼吸をしていることに気が付いた。

 レミーはまだ生きている。


 自分の未熟な技のせいか。

 それとも『隷属の首輪』のせいか。


 とどめを刺さなくては。

 エレノアは立ち上がろうとするが、その体が大きくよろけた。 

 力が出ない。 


 もう一太刀だけ。


 歯を食いしばり、横たわる『紅騎士くれないきし』レミー・ベラルルを見下ろす。

 彼女を解放しなくては。


 その時、レミーの目が開いた。

 灰色の瞳がエレノアを見上げる。

 そこには、つい先ほどまで見えなかった強い意志の光があった。

 首に巻かれた『隷属の首輪』の赤い宝石が一度、強く光った。

 そして音もたてずに宝石は砕けた。

 レミーの手が首輪をつかむ。首輪は粉々に崩れた。

 レミーは目を閉じて、大きく息を吐いた。

 閉じた目から涙が流れ落ちる。


「感謝する、エレノア・ウィンデア殿」


「解放されましたのね。わたくしの『魂斬たましいぎり』が未完成だったためでしょうか。なんという僥倖ぎょうこう


 ホッとすると同時に力が抜けた。

 エレノアはその場にひざまづいた。代わりにレミーが身を起こす。


「済まない。今すぐ治す」

 レミーは言うと呪文を唱え始めた。


 エレノアの足元に白色の魔法陣が浮かび上がる。『中級治癒』の魔法陣だ。

 呪文が終わる前にエレノアの鎧と衣服が元に戻っていく。どちらも『状態保存』の魔法がかけられているのだ。汚れても、破れても、灰になっても、すぐに元に戻る優れもの。

 その分、値段は非常に高い(西大陸ウェスティン産)。


「ミドルヒール」

 最後にレミーが声高らかに発動言葉を唱えると、エレノアを囲む魔法陣が白く強く光った。


 白色の魔法陣がオレンジ色に代わり、光が立ち昇る。エレノアの体を包み込んだ。

 体をさいなんでいた火傷が見る見る治っていく。


 30分ほどでエレノアの傷は完治した。

 その間、エレノアはレミーと話をした。

 レミーはエレノアの状況をかなり詳しく知っていた。『隷属の首輪』によって奴隷になっていた間も、意識ははっきりとあったという。


「貴殿のおかげで解き放たれた。本当に感謝してもしきれない。必ず礼はさせてもらうが、その前に……」

 レミーが目を細める。痛いほどの殺気を放つ。


「ええ、その前になすべきことがございますわよ」

 エレノアも上品に笑みを浮かべる。華やかだが、どこか凶暴さを感じさせる笑みだ。

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