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レミー・ベラルル

 レミー・ベラルルは、ようやく頭が粉々になるような激痛が収まり、代わりに得も言われぬ快感に包まれていた。だが、その表情は暗かった。


 すぐ目の前には首のない戦士の死体が転がっている。良い冒険者だった。剣術はまだまだだが勇敢で判断力もあり、なにより、その目には強い意志の光があった。


 彼らが売られゆく奴隷たちを助け出すために襲撃をかけてきたのは間違いないだろう。こういったことは、よくあるし、そんな相手を返り討ちにするのも、ままあることだ。


 それでも、そんな彼らに味方をできず斬り捨てるしかない自分が、絶望的なほど腹が立ち不快だった。


 レミーが家を出て冒険者になったのは、

ヴァミリアン伯爵が病に倒れて半年後のこと。5年前、レミー、20歳のことだった。伯爵の甥で領主代行のアーキスから執拗なアプローチを受け、うんざりとして騎士をやめ、伯爵領から出奔しゅっぽん

 以後、ソロの冒険者として気ままにやってきた。


 それが2年前、ひょんなことから故郷セクプトの噂を聞いた。『ブラッディメテオ』なるならず者たちが、好き勝手にやっていること。

 街の女子供を奴隷として売りさばいていること。領主もそれに加担しているらしいこと。


 レミーはセクプトに戻った。

 もしも噂が本当ならば元筆頭騎士の娘として放ってはおけない。自分が引退した父に代わりに片をつけなくては。


 たった3年間離れていただけだというのに故郷は様変わりしていた。ゴミが路上に転がり、街を歩く人々の顔は暗い。

 市場だけはまだ活気があるものの、街中の店には閉まっているところも多々あった。


 レミーはまず実家に顔を出した。父ライオスに詳しい事情を聞きたかった。

 ライオスは不在だった。知人を訪ねて隣国クレイモスへと行ったままだという。

 留守を預かっていた執事からレミーが街を去ってからの話を聞いた。


『ブラッディメテオ』なる盗賊団と商人がグルになり女子供を拉致していること。領主代行アーキスもそれに一枚噛んでおり、兵士たちも見て見ぬふりをしていること。


「伯爵様の名を汚すとは。なんという愚か者か」

 レミーは拳を強く握りしめて言った。

「私が粛清する。アーキスも商人も『ブラッディメテオ』も」


 ここでレミーは判断を誤った。

 彼女はまず、実働部隊である『ブラッディメテオ』を潰そうとしたのだ。

 街を我が物顔で練り歩く、『ブラッディメテオ』を締めあげてアジトの酒場へと乗り込んだ。


『ブラッディメテオ』の団員たちを片っ端から斬って捨て統領ゴッツの前に立つ。


「ちょっと待った。こいつらが、どうなってもいいのか」


 ゴッツが盾にするようにずらりと並べたのは首輪をはめられた女たち。それにかつて同僚だった騎士。


「主人である俺が死んだら、こいつらも死ぬぜ。それが『隷属の首輪』の効果だ」


 父ライオスならば一切の躊躇なくゴッツを斬り捨てただろう。だがレミーにはそれができなかった。

 どうする? その迷いが僅かな隙をつくる。


 いきなり視界が黒色におおわれた。魔術だと気が付いた時には遅く、レミーの意識は深い眠りへと誘われていった。


 目を覚ました時には首に金属の首輪がついていた。『隷属の首輪』だ。

 大きなベッドの上。


「お目覚めですかい『紅騎士くれないきし』様」

 ゴッツがニヤニヤと笑いながら言った。

「とてもお似合いですよ」


 それでレミーは自分が着なれた革鎧ではなく、卑猥な下着のみを着ていることに気がついた。羞恥で顔が赤く染まる。


「世に名高い『紅騎士くれないきし』のあられもない姿を、存分に拝ませていただきましたよ。いや、いや、綺麗な体だったぜ」

 下卑た笑い。


 殺す。

 殺意を抱いた瞬間、それが、さっと消えた。憎悪は変わらずにあるが行動を起こそうという意志が綺麗に消えたのだ。


 レミーの戸惑った顔を見てゴッツがまた笑った。

「よし、ちゃんと効いてるな。『隷属の首輪』をはめている限り、主人を害するようなことはできん。そんなことを考えることもできない。北の大陸ノーシアンは奴隷が一般的だからな。道具もよく作り込まれているぜ」


 自分がこの先どうなるのかレミーは了解して自害しようと考える。だが、先ほどと同様、その意志が消えた。すっ、と思考が空白になり、死ななければ、という考えが思い浮かばない。

 代わりにゴッツに対する憎しみだけが増した。


「『隷属の首輪』の効果を一つ一つ教えてやるよ。あんたの絶望する顔を楽しませてくれ」


 ゴッツは薄ら笑いを浮かべたまま説明した。

 三つの意志の自動消去。主人への攻撃の意思。自身への攻撃の意思。首輪を外す意思。


 ルールと命令。

 ルールは、例えば誰々に従わなくてはならない、と言うようなもの。これに反すると激しい頭痛に襲われる。

 命令は実行しなくてはならない行動。行動を起こさなくては、やはり激しい頭痛に襲われる。


 主人の命令は首輪を通して、どれほど遠方でも届く。罰である頭痛も同様。

 奴隷は主人の命令により譲渡が可能。


「そして、最後に、だ。主人が死んだら、奴隷も死ぬ。殉死って奴だなあ」


 それがどうした。死ねばもろとも。

 レミーは、もう一度、殺意を抱いたが、やはりそれは霧散してまった。


「さて、『紅騎士くれないきし』。ルールを決めようか。まず一つ目は俺を不快にするな。二つ目は俺の許可なく俺の側を離れるな。これからは小便をするときも、俺に許可を取るように。ご主人様、お願いですから、私におしっこをさせてください、と言うんだぞ」

 言って大笑いする。


 レミーの顔から血の気が引いていった。


「三つ目は俺の許可なく話すな。誰ともだ」


 そのままゴッツはレミーに多くのルールを課していった。その度にレミーは絶望と屈辱を与えられた。


「じゃあ、テストだ。『紅騎士くれないきし』、俺の質問に答えろ。お前、処女か?」


 レミーは無言だった。誰が答えるか、そう唇を噛む。

 すると凄まじい頭痛に襲われた。頭の内側をハンマーで殴られるような。あまりの痛みに震えがくる。


「ちゃんと言葉で答えろよ。男を知っている場合には、いつ、どんな奴としたのか、細かくな」


 ついにレミーは頭痛に耐えかねた。震えながら唇を開く。

「処女にございます」


 ルールの中にはゴッツに対して最上級の敬意を払うというものもあった。だから、敬語で答えざるをえなかった。


 だがレミーが首輪の本質とその恐ろしさを知ったのは、この時だった。

 答え途端、頭痛が消えて、得も言われぬ快楽が湧き起こったのだ。


『隷属の首輪』は奴隷にしておくための道具ではない。奴隷を造り出すためのものなのだ。

 激痛と快楽。これにより調教していく。 


 これは危険だ。


 自分が魂までも汚されていくだろうことをレミーは予感した。抗い続ければ体だけでなく心まで所有されることになる。それだけはごめんだった。


 だからレミーは反抗の意志を早々に捨てた。その夜、レミーは破瓜することになったが、その屈辱も痛みも、始まりに過ぎなかった。


 ゴッツはレミーに思いつく限りの恥辱を与えて楽しんだ。

 あの気高い最強の女騎士が、俺の言うことでなんでもする、それの快感がたまらなかったのだ。


 それでもレミーは諦めなかった。あらゆる屈辱と痛みを受けながらも、ゴッツを、『ブラッディメテオ』を憎む心だけは無くさなかった。心まで奴隷にはなり下がらなかった。


「トゥエイン子爵って奴が、『紅騎士くれないきし』にご執心らしい。奴隷どもを護衛ついでに、ちょっと抱かれてこいよ。心配するな、ちゃんと手紙を書いてやるからよ。お近づきの印に、なんでも好きなようにしていいってよ。自分で渡すんだぞ」

 ゴッツに言われたのが昨夜のことだ。


 そして、今朝、部下のロイが引き連れていく奴隷護送隊に連れられて王都へと向かうことになったのである。


 レミーは冒険者たちの死体に背を向けた。

唇を噛むとロイを起こしに向かう。放置しておくとゴッツへの不利益な行動とみなされ頭痛が来るのだ。



 アルカディア歴1824年4月22日

 ルゼス王国ヴァミリアン伯爵領セクプト


 送り出した翌日に戻ってきたロイから報告を受けた統領ゴッツは、怒りに顔を赤らめた。


「あの役立たずどもはどうした?」

 怒鳴る。

「高い金を払ってんだぞ」

『メタリックベアー』のことである。


「それが襲撃とともにどこかへ行ってしまいまして。たぶん森の魔物と戦ってるんじゃないかと」

 汗を拭き拭きロイは答えた。


「クソッタレが。あいつらとは契約解雇だ。にしても冒険者ギルドめ。そろそろ奴らを潰しちまわねえとな。おい、『影』さんよ。ひとっぱたらきできねえか?」

 統領ゴッツは後ろを振り向き言った。


 なにもなかった場所に黒い人影が現れる。全身をおおう黒装束。顔まで覆面で隠している。2年前レミーを昏倒させた北大陸の探索師スカウトである。

 奴隷をおろしている向こうの商人から護衛として送られてきた者だ。


「レミー殿と我ならば可能。だが勧められぬな。この国にはひとり、気になる御仁がおる。彼がこの国にいる間は下手に動くべきではない」

 低くくぐもった声で『影』が言った。


「クソっ、とにかく、もうちっとうちも戦力増強しないとな。こんなことが繰り返されたら商売あがったりだぜ」

 統領ゴッツは言って自身の足の指を舐めているレミーの顔を蹴飛ばした。ロイの部下たちを見殺しにした罰を与えているところである。

「今回、送る予定だった奴隷どもの身内に冒険者を雇った奴がいる。そいつに落とし前をつけさせねえとな。連れてこい。目の前で、そいつの大切な人を壊してやる」

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