救出作戦
アルカディア歴1824年4月21日
ルゼス王国ヴァミリアン伯爵領山道
リディアほか奴隷たちを運ぶ大型の馬車がセクプト街を出発した。
2頭の馬が引くのは大きな木製の箱。一見するとただの輸送馬車のように見えるが、その実、中の積み荷は女子供の奴隷たち。
馬車の周囲には10人の護衛。
先頭の白馬に跨る男は一行の隊長で『ブラッディメテオ』の幹部のひとり、ロイ・グライデス。
口髭と前髪をピッタリと固めた30男だ。革鎧、腰には剣を下げている。
隣の優美な黒馬にはロイの愛人ベルリア・ナーグ。波打つ長い黒髪に白い肌の美女だ。
クロスボウを持った『ブラッディメテオ』の下っ端たちが続き、馬車の後ろには3人の冒険者が守っている。
3人とも『ブラッディメテオ』子飼いの冒険者たち。Bランクパーティ『メタリックベアー』である。金属甲冑に身を固めた戦士2人に、治癒魔術師の女という取り合わせである。
一行からかなり遅れて2人の旅人が続く。旅用のフード付きマント。馬の背には荷物が積んである。ごくありふれた旅人の装いである。
そのうちひとりが手綱を握りながらも眼鏡を指で上げた。
『ブルーフラッシュ』の汎用魔術師シカルドだ。
隣には同パーティの探査師ザックが並走している。
「時間通りだ。ロイって奴は几帳面なんだな」
「ああ、神経質なタイプだ。お前と似てるかもな」
ザックが返す。
「あんなウジ虫と一緒にするな」
「それよりブルーに予定通りだと伝えろよ」
「当然、すでに伝えてある」
今回、『ブルーフラッシュ』は二手に別れている。
奴隷護送隊を後方から尾行するザックとシカルド。
ルートを先回りして準備をしているブルーとラウル。
シカルドは『伝言』の魔術でブルーに、ロイ率いる奴隷護送隊がセクプトを出発したことを伝えたばかりだ。
『魔術登録』という加護技を持っているシカルドは、三つまで魔術を登録しておくことができる。登録した魔術は無詠唱の上、魔法陣すら描かずに、瞬間的に発動が可能。魔術師にとっては得難い加護技である。
◇
「シカルドから『伝言』が来た。時間通り出発したそうだ」
ブルーは振り返り、切り株に座って瞑想しているラウルに言った。
セクプトからずいぶんと南に下った大型街道から脇道にそれた先にある森である。この森の道を抜けた先に小さな村がある。『ブラッディメテオ』が拠点のひとつに使っている村で、そこで本日の旅は終了となる。
『ブルーフラッシュ』が襲撃をかけるのは、その森だ。
奴隷護送隊が通る直前に道に爆弾マッシュルームの胞子を仕掛けておく。Dランク魔物の爆弾マッシュルームは手足の生えた1メートル程のキノコ型。直径1センチ程度の胞子は強い衝撃を受けると爆発する。冒険者にとっては手軽に使える攻撃アイテムである。
爆弾マッシュルームの罠が発動したと同時に、木々の間から爆弾マッシュルームの胞子『爆発胞子』をつけた爆発矢を射る。これで冒険者パーティ『メタリックベアー』をおびき出す。
その役目はこの場にいる3人目の人物が負うことになっている。依頼人ロジャーだ。
彼は先ほどからクロスボウの練習をしている。
ロジャーにはリディアを救出後、彼女とともに逃げてもらう。もちろん、ほかの奴隷たちも一緒に。
「いいかい。あまり引き付ける必要はない。余裕を持って逃げるんだ。そして例の場所に身を隠してくれ」
奴隷護送隊に向かって矢を射たあとロジャーは逃げる。そして事前にラウルが『休憩所』の魔術で結界を張った洞穴に身を隠す。これで他者からは見えなくなる。
冒険者『メタリックベアー』の面々は偽装した足跡を追っていくだろう。その足跡の先にはBランク魔物のロックタートルのねぐらがある。動きが遅く温厚だが、ねぐらに入った者には執拗な攻撃をしてくる。さらに撃破するのに時間がかかる。面倒な魔物である。
『ブルーフラッシュ』は以前、この森の探索をしたことがある。その際、ロックタートルと遭遇して逃げたのだ。
動きはトロくさいものの接近すると厄介この上ない特性を持っている。逃げるにしても、倒すにしても時間がかかる魔物である。
護衛冒険者パーティ『メタリックベアー』をおびき出すのが作戦の第一段階。
その間に『青の閃光』で護送隊に総攻撃をかける。汎用魔術師シカルドと治癒魔術師ラウルの魔術で、敵のリーダーたるロイとベルリアを抑える。
その間、ブルーとザックのふたりで『ブラッディメテオ』の残りの下っ端5人を倒す。こちらは、どうということはない。
素人に毛が生えた連中など、5人どころか20人いてもブルーひとりでおつりがくる。
下っ端と言えど情けはかけない。『ブラッディメテオ』に属する者には容赦は不要。仮主人のロイ以外は皆殺ししても構わないと『ブルーフラッシュ』の面々は考えている。それほど彼らの行いは目にあまる非道なのである。
あとは馬車ごと奪い、もっとも近くにある都市ドローに移動。そこでロイに首輪を外させて奴隷たちを解放。
問題は『メタリックベアー』が追ってくる前に、逃げ切れるかどうかだが、いざとなれば一戦交えても良い。
「精一杯やります。だから、リディアをお願いします」
ロジャーが言って深々と頭を下げた。
「ああ、必ず助け出そう」
ブルーは緊張で強張るロジャーの肩を叩いた。
◇
夕暮れが森に訪れた。
赤く染まった森に馬蹄が響く。
2頭仕立てての大型馬車がところどころ、枝をかすめながら道を走っていく。
セクプト街から南下している『ブラッディメテオ』の奴隷護送隊だ。
馬車の前に馬を走らせる隊長のロイは、イライラとしながら白馬の手綱を握っている。
時折、ぶつぶつとひとり言をつぶやいている。
その隣を並走する愛人のベルリアはそんなロイを無視している。
別にロイに惚れて恋人をやっているわけではない。『ブラッディメテオ』での地位固めのためである。ロイ自身に大した興味はなかった。
「くそっ、ボスも直前に余計なことを思い付きやがって」
ロイのそんなひとり言が聞こえ、ベルリアの口元には苦笑いが浮かんだ。
ロイがイライラしているのは、その余計なことのせいなのだ。
本当に小さい男。
だが、だからこそ御しやすい。プライドさえくすぐってやれば、いいように動く。
村についたら少し飴でも与えてやろうか、とベルリアが考えていると、ふいに衝撃が起こった。
ボン、ボンという爆音とともに土煙が舞い上がり、馬はその衝撃と驚きで前足を上げていなないた。それに馬車馬たちも釣られ、一気に混乱する。
「なんだ、一体、なんだってんだ」
ロイが暴れる馬にしがみつきながら叫ぶ。
一方、馬車の後ろについていた『メタリックベアー』の3人。甲冑を着込んだ大男ガルとアクスは、前方での爆音直後に飛んできた矢に注意を払った。
「敵襲だ。行くぞ」
「おう」
ふたりして馬首を返して森へと突っ込んでいく。
「ちょっと待ってくださいよ。持ち場を離れたらまずいんじゃないですか?」
治癒魔術師のフリーダが言いながらも、あとを追いかける。
森の中ではロジャーが二射目をつがえて放ったところだ。それから全力で逃げる。背中に馬のいななきを聞きながら枝に体を打たれ、岩につまづきながらも走る。
やがて結界の張ってある小さな洞穴についた。飛び込んで身を潜める。
すぐに騎馬ふたりが来た。
「見失ったか?」
「いや、あれを見ろ、あちらに足跡が続いている」
そんな会話がされ、騎馬ふたりは森の奥へと向かっていった。
『メタリックベアー』のガルとアクスのふたりはAランクでも十分通用する強者である。だがいかんせん戦闘力こそ高いものの猪突猛進で短慮。パーティ唯一の頭脳たる治癒魔術師フリーダは、彼らを御し得ない。
「ちょっと、待って。本当に、待ってってば。聞けよ」
最後は怒鳴りながら仲間ふたりを追って行った。
『周辺感知』の魔術で、『メタリックベアー』が誘い込まれたことを確認したシカルドは、仲間全員に向けて『伝言』を送った。
「獅子が釣れた」
この合図で、まず動いたのは馬車の前方に身を隠していた戦士ブルーと治癒魔術師ラウル。
ブルーは腰の剣を抜き、雄たけびをあげてベルリアに向かっていった。
「冒険者か」
ベルリアが驚き腰から短い杖を抜く。
短い詠唱のあと発動言葉を叫んだ。
「スリーファイアーボールズ」
杖頭の前に浮かび上がった白色の魔法陣が赤い閃光となる。その後には赤く変わった魔法陣。そこから、オレンジの火の玉が宙に三つ出現。それらが、時間差でブルーに向かっていく。
ブルーの背後からも詠唱。男の声。ラウルだ。
「ファイアレジスト」
ブルーの体が一瞬、赤く輝いた。
直後に3発の火球が戦士を襲う。
炎が彼を包んだ。大きく燃え上がる。
炎の中からブルーが飛びだした。
彼は一切怯みもせずに勢いを少しも殺さずにベルリアに迫る。
ブルーの閃光のような突きが伸びる。
だが、まだ女魔術師に対して距離がある。剣は届かない。
ブルーの剣が長く前に突き出された瞬間、その切っ先が光った。緑色の光がベルリアに向かって飛ぶ。
ベルリアはそれをかわせない。
彼女の首を紫光が貫く。
かに思われたが、その直前で白い光がそれを阻んだ。
防護アイテムか。
ブルーは内心舌打ちしながらも、そのままさらに距離を詰める。
そこに下馬したロイが割り込んできた。
「貴様ら何者だ。俺たちが『ブラッディメテオ』だと知ってるのか」
甲高い声で怒鳴りながら剣をブンブンと振り回す。
ブルーはそれをいなしながらベルリアへも攻撃をかける。彼女に魔術を使わせる暇を与えない。
「おいっ、なにしてる。貴様らも戦え」
ロイが手下に怒鳴る。
ロイの剣の腕はそれなりである。冒険者のブルーを相手に戦えるものではない。
そのロイが黒色に包まれた。
ビクリと彼が硬直し、そのまま横倒しになる。
遠距離からシカルドが放った『昏倒』の魔術である。
ベルリアが背を向けて逃げようとする。
ブルーは容赦しなかった。その背を斬る。
今度は防護アイテムも働かなかった。低級品のようで断続的な効果は発揮できないようだった。
鮮血が飛び散り、ベルリアが苦悶の声をあげる。ブルーはとどめをさした。
戦闘のプロである。戦闘中に感傷に浸ることはない。必要なことをする、ただそれだけ。
その間に探査師ザックが短弓を次々と射てロイの手下たちを倒していく。
ブルーが恐慌をきたした『ブラッディメテオ』の下っ端たちを倒しに向かった時には、すでに残り2人にまで減っていた。
1人を肩から斜に斬って、2人目の胴を斬る。これで全滅だ。
「よしシカルドはロイの捕縛を。ザックとラウルは馬車の準備を頼む。俺はロジャーを呼びに行く」
言って、ブルーが木々の間へ入ろうとした時だった。
馬車が引く巨大な木箱の後方のドアが乱暴に開いた。
振り返ったブルーは木箱から女が出てくるのを目にした。
深紅の長い髪。灰色の目。品の良い端正な顔立ち。胸と腰部を申し訳程度に隠した黄金の鎧。腰に下げた剣。
ブルーは固まった。
なぜ、彼女がここに……。
ルゼス王国の者ならば知らぬものはない女剣士。『紅騎士』レミー・ベラルル。
レミーは虚ろにブルーを見つめ、剣を抜いた。ゆっくりと音もたてず。
ブルーの戦士として培ってきた感性が最大級の危機を彼に訴える。
それでもブルーは冒険者だ。恐怖に支配されることはない。
「レミー・ベラルル殿とお見受けします。あなたが『隷属の首輪』によって『ブラッディメテオ』に組せざるを得ないことは承知している。だが、ここは見逃してもらえないか。あなたの力で少しの間だけでも首輪の魔力に抗ってもらえないか?」
レミーの体が、一度、大きく震えた。首にはまった首輪の赤い宝石が輝く。
レミーの虚ろな目に一度だけ意志の光が灯った。そこには、ただ絶望の色があった。
それでブルーはすべてを察した。
レミーは今も全力で戦い続けている。だからこそ、すぐに馬車から出てこなかったのではないか。
限界まで抗い続けていたのではないか。
その時、すっ、と彼女の背後に人影が立った。ザックだ。
両の手に握る短剣をレミーのむき出しの背中に突き刺す。
獲った。
ザックは確信した。
だが、それは一瞬。伝わってくるはずの肉を貫く感触がなかった。
ザックは疑問を抱くことができなかった。
彼の首は次の瞬間には体から離れて宙を飛んでいたのだから。
ブルーの目には何が起こったのか見えていた。
レミーの背後を取り、攻撃をしかけるザック。それをかわしざま一刀で首を斬るレミー。
「ザック」
叫びながらブルーはレミーに斬りかかった。
レミーがゆっくりと振り返る。
遅い、そう思ったブルーだったが、レミーの剣は軽々と彼の一刀を弾いた。
軽く弾かれただけなのにブルーは大きく吹き飛ばされる。なんとか体勢を立て直し、追撃に備えるが、レミーは動かなかった。
ただ虚ろな目でブルーを見ている。
そこに真横から青い稲妻が走った。
レミーを撃つ。
「やったか」
シカルドが言って駆けてくる。
だが黒焦げになっているはずのレミーは、火傷ひとつ負っていなかった。
加護技『無傷』。ルゼス最強の剣士をして勝てないと言わしめた理由である。彼女はどんな属性(赤、オレンジ、黄色、緑、青、藍の7色属性がある)攻撃でもダメージを追うことはない。
試合ならばルールがある。場外や降伏など敗北条件がある。彼女が剣術大会の決勝で敗北した理由である。
「シカルド、足止めだ。攻撃魔術以外なら、効くはずだ」
ブルーが叫ぶ。
だが、その声が届く前にシカルドの体は二つに割れていた。
速すぎる。
ブルーにはレミーがいつシカルドとの距離を詰めたのかすら分からなかった。
「逃げろ、ブルー」
ラウルがレミーの腰に抱き着いた。
彼の体は黄色いを発しており、その肌は青黒く金属のような光沢を発している。
『金属肌』の魔術だ。
「私が時間を稼ぐ」
ブルーは迷わなかった。
すぐに木々の間に飛び込む。
作戦は失敗。せめて依頼人の安全だけでも確保しなくては。
いつ背中から斬撃がくるか、冷や汗をかきながら走り続ける。レミーがその気になれば軽く追いつき、一刀の元に斬り捨てられるだろう。
だがレミーは来なかった。
ロジャーが身を隠している小さな洞穴にたどり着く。
ブルーが呼びかけるとロジャーはすぐに出てきた。もともと、人ひとり、なんとか入れる程度の小さな穴だ。
「ブルーさん。リディアは……」
ロジャーの喜色はすぐに消えた。
戦士の顔は苦悩を浮かべ作戦の失敗を物語っていた。
「失敗だ。すぐに逃げろ。今なら、まだ逃げられる」
ロジャーは唇を噛んだ。
なぜだ、とブルーを責めたい気持ちを抑える。彼らが最善を尽くしてくれたことは、ブルーの顔を見ればわかる。
恐らく彼の仲間は……。
「嫌です。リディアがいない人生なんて、僕は……。それくらいなら、せめて彼女の近くで死んだ方が」
「馬鹿野郎」
ブルーがロジャーの顔を平手で叩いた。
強くはなく、そっと触るような叩き方だった。
「生きてれば、いつか助けてやれるかもしれないだろうが。『ブルーフラッシュ』は駄目でも、ほかの奴なら助けてやれるかもしれないだろうが。簡単に諦めてんじゃねえよ」
そしてブルーは背中を向けた。
「いいか。今は逃げろ。力を蓄えて時を待て。あのクソッタレどもに必ず目にもの見せてやれ」
言うとブルーは走った。
元来た道を戻る。
仲間ふたりは死んだ。
ラウルも恐らく生きていないだろう。
それでもブルーは戻る必要があった。
『ブルーフラッシュ』のリーダーとして無様な真似はできない。
森を走りながらもブルーの脳裏には仲間たちと過ごした日々が思い浮かんだ。
皮肉屋のシカルド。
愚痴の多いザック。
説教好きのラウル。
いい奴らだった。自分の青臭い正義感に共感して一緒に戦ってくれる奴らだった。
結局、Bランクで終わってしまったが、ブルーは満足している。
憧れていたような冒険者になれたのだから。
ブルーは木々の間から飛びだすと、雄たけびとともに黄金のビキニアーマーを着た女性に斬りかかった。




