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悪党の巣窟

 アルカディア歴1824年4月18日

 ルゼス王国ヴァミリアン伯爵領セクプト



 エレノアとクロウが街に来る1週間前。

 セクプト街の片隅。

 古びたアパートの立ち並ぶ一角。狭い道を青年が走っている。

 まだ成人したばかり、20歳前後といったところか。黄緑色の髪に秀麗な顔立ち。だがそれに似合わぬ、粗末な上着とズボン。


 青年ロジャーは小さな花束を抱えていた。

 今日は結婚記念日だ。貧しい暮らしながら、せめて花くらいは、と奮発したのだ。


 アパートの急な外階段を駆け足で上り、妻の待つ部屋へ。


 出迎えたのは、これまた質素な住まいには相応しからぬ美女だった。年頃はロジャーよりも三つほど下。肩までの赤茶色の髪の女性だ。


「お帰りなさい、ロジャー。どうしたの? 息を切らして」


「ただいま、リディア。あの、これ」

 ロジャーが後ろ手に持っていた花束を差し出す。


 リディアが目を丸くした。ついで、その目に涙が溜まっていく。ポロポロとこぼれ落ちた。


「愛してるよ、リディア」

 ロジャーは優しくリディアを抱いた。


 ふたりは1年前に駆け落ちしてこの街へとやってきた。下級貴族の末娘とそれに仕える平民の息子。ともに育ち、いつしか互いに恋心を抱くようになっていた。

 だが、リディアの父がそれを許すはずもなく、彼女は急遽、嫁がされることになった。

 ロジャーはついに決意し、お嬢様を家から連れ出した、というわけである。


 金は無く暮らしは厳しかったが、ふたりは幸せそのものだった。

 そしてリディアの腹には小さな生命が宿っている。服を着ていると、まだ分かりにくいが、あと半年もすればふたりの子供が生まれてくるだろう。


「さあ、入って。手を洗って食事にしましょう。今日は、私、頑張ったのよ」

 リディアは言ってロジャーの上着を受け取る。


 部屋は手狭なリビングダイニングキッチンと寝室の2部屋。それも、窓は小さくガラスもはまっていない。

 家具も中古で集めたため、不揃ふぞろいなものばかり。

 その、でこぼことした四角いテーブルの上に、大皿にいくつも料理が乗っていた。ロジャーの好物ばかりだ。


 わおっ、とロジャーが歓声をあげる。

「すごい、こんなにいっぱい。大変だっただろう」


「だって、せっかくの記念日ですもの」


「大事な体なんだから、無茶しちゃダメだよ」


 ふふっ、とリディアが笑う。

「分かってるわ。ゆっくり動いてたから大丈夫よ。あなたと私の宝物だもの」

 言って腹に手を当てる。


 リディアは花を飾る花瓶の代わりになるものを探し、ロジャーは手を洗った。

 

 これでいいかしら、と木製のコップを手に首をかしげるリディア。

 それを愛おしい気持ちで眺めるロジャー。


 ふたりは本当に幸せだった。

 この瞬間までは。


 ドアがダンダンと大きな音をたてて鳴った。誰かが乱暴に叩いている。


 リディアが驚いてコップを床に落とした。


「なんだろう」

 ロジャーは玄関ドアに近づいた。


「はい、どなたですか?」


「ロジャー・サマルさんか?」

 男の声。


「はい、そうですけど」

 サマルというのは、この街で使っている性だ。


「あんたの同僚ケーンの知り合いだ。ちょっと相談がある。開けてくれねえか」


「ケーンさんの?」


 ロジャーは10歳年上の髭面の先輩の顔を思い浮かべた。

 金属棒を差し込んだだけの鍵を開ける。


 勢いよくドアが開いた。

「グズグズしやがって。とっとと開けろってんだ、クソが」

 素肌に革の上着を着た男がズカズカと入ってきた。

 その後ろに、金属ベストやら、革の胸当てやらを着た男たちが続く。


「おっ、ホントに上玉じゃねえか。これなら、ボスも満足だぜ。最近は、パッとしねえのばっかだったからな」

 男のひとりが言った。顔に下卑た笑みが浮かんでいる。


「特別ボーナスが貰えるかもな」


「つったって、どうせ、売れもしねえような女だろけどな」


「あなたたち、なんだなんだ。失礼じゃないか。出て行ってくれ」

 押しのけられ呆然としていたロジャーが、大声で言いながらもリディアをかばって立つ。


 いきなり殴らた。

 ロジャーは吹っ飛び、壁にぶつかった。鼻血がとめどなくあふれる。

 リディアの悲鳴が響く。


「『ブラッディメテオ』だ。まさか、知らねえで、この街で暮らしてたんじゃねえだろうな」

 男が言って立ち上がろうとするロジャーの膝を踏んだ。

 ロジャーが激痛に絶叫する。


「つうわけで、大人しく来なよ、奥さん。あんたは、旦那さんから、たった2ルーガで売られたんだ。ひでえ話だぜ」

 男のひとりが数枚の銀貨をロジャーに投げつけた。

「ほら、それで娼婦でも買いなよ」


「やめてくれ、リディアに触らないでくれ。リディアは身重なんだ。子供がいるんだよ」

 ロジャーが咳き込みながら、男の足にすがりつく。

 涙と鼻血で、その顔はベトベトになっていた。


「おっ、そりゃあ、レアだな。お前ら、乱暴にすんなよ。もしものことがあったら、やべえ」

 悲鳴をあげて暴れるリディアの体を、まさぐっていた男が慌てて手を引いた。

「せっかくだから、産んでもらおうぜ。美男美女の夫婦だ。綺麗な子供が産まれるぜ。赤ん坊の奴隷なんて、高く売れるかもよ」


 やめろ、やめてくれ。

 ロジャーの絶叫が部屋に響いた。


 

 その後、ロジャーは首に短剣を突き付けられた。

「なあ、奥さん、大人しくした方がいいぜ。お腹に子供がいるんだろう? それに、ほら、俺の手元がちょっと狂ったら愛しの旦那さんの喉がスッパリだ」


 それでリディアは抵抗をやめた。

 男たちはその場で乱暴をすることはなかった。ロジャーを人質に『ブラッディメテオ』のアジトまでリディアを連行。


 小太りで顔のツルっとした、宝石やらネックレスやらで飾り立てた統領のゴッツは、身重の美人が獲物だと聞き、大層喜んだ。


「そりゃあいい。可能性に満ち溢れてる。何かある前に、さっさと売っちまおう。お前ら、手えだすんじゃねえぞ」


 そしてリディアに銀製の首輪がはめられた。中央に赤い宝石がはめ込まれた首輪だ。


「よし、こいつでお前の夫を殴れ」


 リディアは木製の棒を渡された。

 すると首輪の赤い宝石が輝いた。頭を押さえる。


「早く殴らねえと、頭痛はどんどん酷くなるぜ」


 ゴッツの言葉にほかの男たちが笑った。


 頭を抱えてうめくリディアに向かって、ロジャーは叫んだ。

「やってくれ、リディア。早く僕を殴れ。早く」


 リディアが泣きながら近づく。

 ロジャーに何度も謝りながら棒を振り上げる。

 ロジャーの記憶はそこで途切れた。


 気を失ったロジャーが目を覚ましたのは路上だった。街を巡回する警備兵士に、「こんなところで寝てちゃあいかん」と起こされたのだ。


「妻が、妻がさらわれたんです。『ブラッディメテオ』の奴らです」

 ロジャーは、ズキズキとする頭の痛みなど気にもならなかった。それよりもリディアとお腹の子供のことだ。


「ああ、そりゃあ、かわいそうになあ」

 赤茶色のベスト型革鎧を身に着けた男は、痛ましそうな顔で言った。


「助けてください。早く。こうしている間にも、リディアが……」


「お前さん、金はあるかい?」


「か、金? かき集めれば10ルーガ程度なら」


 警備兵士が笑った。

「それじゃあ、どうにもならん。諦めなさい」


「な、なにを言ってるんだ。妻を助けてくれよ。あんたたち、街を守るのが仕事だろ」

 怒鳴った。


「そりゃあ、無理だ」

 言って警備兵士は去っていった。


 待ってくれ。叫び、追いすがろうとするが、膝の痛みに走ることはおろか、早く歩くこともできない。


 なぜだ。なぜ、こんなことになった。

 ロジャーは大地に四肢をつき、うめいた。

 昨夜、帰宅してからのことが頭の中に蘇る。


 あの時、ドアを開けさえしなければ。

 ケーンさん。あいつだ。あいつが……。

 売ったのか?


 ロジャーは痛む膝を引きづりながら職場に向かった。


 同僚のケーンはロジャーが怒りの形相で責め立てても悪びれなかった。

「別にちょっと、話しただけだぜ。一杯おごってくれたからさ。そういや、お前の嫁さんが美人だったよなって思い出して」

 言って、悪い悪い、と頭をかく。


 ロジャーはつかみかかったが仕事仲間たちに取り押さえられた。そのうちに、年かさの分別のありそうな男が、ロジャーに言った。


「こいつの口が軽かったのが悪いが、こいつを殴ったってしょうがないぞ。それに、遅かれ早かれだ」

 言って興奮するロジャーをその場から連れ出した。


 人気のない場所に連れてくると男は声をひそめていった。

「ロジャー、冒険者を雇え。いくら、領主に訴えっても無駄だ。俺の弟も取り合ってもらえなかったからな」

 男は自分の姪がさらわれたことを話した。

「自分でなんとかするんだ。借金でもなんでもして冒険者を雇うんだ。それで、嫁さんを助けて、別の街に逃げろ。それしかない」


 ロジャーはすぐに金策に動いた。

 実はひとつだけ高価な物がある。駆け落ちする際に妻が実家から持ち出した宝石。本当にどうしようもない時に売って糊口ここうをしのぐつもりだった。



  宝石は200ルーガ(200万円)にもなった。

 ロジャーはすぐに冒険者を雇いに行った。

『ブラッディメテオ』の統領は、リディアをすぐに売ると言っていた。売られる前に助け出さなくてはならない。

 その日の午後には冒険者ギルドを訪れていた。


「『ブラッディメテオ』か。連中とやり合いたい奴らなんていねえんだよな」

 50過ぎの隻眼のギルドマスターは顎髭を撫でながら言った。

「だが、奥さんを奪い返すだけなら、できるかもしれん。問題は『隷属の首輪』だが。こればっかりは、どうしようもねえぞ」


「十分です、助けたら、すぐに逃げます。遠くへ逃げます」

 ロジャーは勢い込んで言った。


 ギルドマスターは隻眼をつむって考え込んだ。彼は『隷属の首輪』の効果を知っていた。どれだけ離れようと主人の声は届き、命令は絶対。命令に従わなければ耐えられないほどの激痛が襲う。

 以前、同じような依頼で娘を助けたことがある。その娘は『隷属の首輪』に抗い続け、廃人となった。


 奴隷として売られるのと、どちらがましか。


「お願いします。妻のお腹には子供が。俺の子供がいるんだ」


 ギルドマスターは頷いた。

 最悪の事態になっても子供だけでも助かる可能性はある。


「分かった。前に似たような依頼を受けて、うまくやった連中がいる。そいつらに声をかける。明日の昼にまたここに来い」


 ロジャーははやる気持ちを押さえて帰宅した。なにも手につかなかった。食欲などもあるはずもない。

 ただただテーブルに並んだままのとっくに覚めた料理と小さな花束を眺め続けた。


 翌日20日昼。

 ロジャーは再び冒険者ギルドを訪れた。

 ギルドマスターから紹介されたBランク冒険者『ブルーフラッシュ』は4人組だった。


 明るい金髪の青年戦士ブルー。

 鮮やかな赤い色の髪の汎用魔術師メイジシカルド。

 探査師スカウトのザック。

 白い神官着の治癒魔術師ヒーラーのラウル。


 奥の一室で彼らに引き合わされたロジャーは、そこで涙ながらに事情を話した。

 最後に、なんとかしてリディアを助け出して欲しいと、何度も何度も頼んだ。


「全額前払いだ。これは譲れない」

 リーダーのブルーは言った。

 28歳。彫りの深い顔の長身。


「構いません。お願いします」

 ロジャーは頭を下げた。


「おいおい簡単に了承すんなよ。そんなんじゃ、騙されるぜ、あんた」

 探査師スカウトザックが言った。

 42歳。口髭の整った優男。


「それだけ必死なのだ。仕方があるまい」

 治癒魔術師ヒーラーラウル。

 46歳。背が低いがガッチリしている。


「全額前金なのは調査にかなりの費用を使うからだ。相手は危険な連中だからな。確実な情報が必要だ」

 眼鏡をくいっと上げてシカルドが言った。

 27歳。神経質そうだが痩せ型の美形。


 リーダー、ブルーは簡単に救出計画を説明した。

 チャンスは『ブラッディメテオ』がリディアを売るために街を出た時。道中に隙を見て救出する。


「だから、それを待つ必要がある。焦る気持ちは分かるが、俺たちを信じてくれ」

 そう言うブルーには忸怩じくじたる想いがあった。


 3ヵ月前。同様の依頼で同じように少女を助け出した。だが、『隷属の首輪』のせいで少女は精神崩壊した。

 今度はそうはさせない。


 あの少女と彼女の両親に対するせめてもの償いに今回は必ず成功させる。そのためには奴隷の仮主人を一緒に捕らえて、『奴隷の譲渡』をさせる必要がある。


 街を出る日時とルート。同行人数。仮主人の特定。

 そしてなにより護衛にあの3人がいないこと。


『ブラッディメテオ』の中で特に危険な3人。『紅騎士くれないきし』『処刑人』『影』。この3者は自分たち『ブルーフラッシュ』には手に負えないだろう。

 だが統領バッツ秘蔵の『紅騎士くれないきし』は滅多に外には出さないだろうし、凄腕の探査師スカウト『影』は別の隠密仕事をさせている可能性が高い。

 来るとしたら『処刑人』か。



「いいぞ。やっこさんは、北に行ってる。依頼人の妻は2日後に南だ。王都で引き渡すらしい」

 冒険者ギルドに戻った中年の探査師スカウトザックが開口一番言った。


『ブルーフラッシュ』の面々の顔が輝いた。

 ザックのいう対象は、『処刑人』のことだ。これで危険な相手と戦わなくて済む。


「連れられていくのは救出対象のほかに女子供が10人。隊長と仮主人には、ロイって幹部がつくみたいだ。あとは、ロイの野郎が、何人護衛を連れていくかだが。まあ、十中八九、ロイの愛人のベルリアって女はくる。こいつは、攻撃魔術師ウィザードだ。ロイを捕獲するなら、こいつは殺る必要があるな」


「魔術の腕前はどの程度なんだ?」

 汎用魔術師メイジシカルドが、眼鏡を布で拭きながら言った。


「それはまだ調べてねえけど、確か、Cランク冒険者だったはずだ」


「ならば、問題ない。私が対処しよう」

 シカルドは眼鏡をかけた。

「その女、奴隷というわけじゃないんだろう?」


「ああ、『ブラッディメテオ』にいるのは自分の意志だろうな。ろくな噂は聞かねえぜ」


 シカルドは冷笑を浮かべた。

「悪事のツケを払わせてやる」


「すまないが、ザック。ギリギリまで情報を集めてくれ。できれば、詳細な日程も得られると助かる」

 戦士でリーダーのブルーだ。

「必要な金はどんどん使ってくれて構わない」


「それはいいけどな。儲けが減るぜ。ただでさえ、リスクと報酬が釣り合ってないんだ」


「金銭ではあがなえぬものがある。『ブラッディメテオ』に一泡吹かせてやれるのならば、これほど痛快なことはない」

 治癒魔術師ヒーラーのラウルが言った。


「同感だ。それに明確で文句のつけようのない悪人を叩きのめすのは、とても楽しい。最高の娯楽だ」とシカルド。


「まあ、叩きのめすまではいかないまでも、煮え湯くらいは飲ませてやろうぜ」

 ブルーが言って、その場をしめた。

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