悪党の正体
ロディ……クロウは、店から立ち去る男たちの後をつけていた。男たちは悪態を吐きながらも、毛皮マントを馬車に乗せ、自らは馬に乗って去っていった。
街の住人たちは誰も彼もその一行を避け、彼らの姿が見えると、別の道に逃げたり、手近な店に入って姿を隠したりした。
やがて、『ブラッディメテオ』一行は一軒の酒場に入っていった。大通りにある立派な店である。『暁の雫』亭。
外から様子を覗いたところ店内には男たちと似たような姿の者たちが大勢たむろしていた。
昼間から乱痴気騒ぎをしている。
どうやらアジトのようだ。
クロウはエレノアの元へと戻った。
エレノアは店の外でプリプリとしていた。
ロディがいなくなったことを怒っているらしい。
クロウ……ロディが近づくと、眦を釣り上げて腰に手を当てて睨んだ。
「ちょっと、ロディさん。わたくしを置いて、ひとりでお逃げになったのですの?」
「ああ、すみません。大丈夫でしたか、お嬢」
「大丈夫でしたか? ではありませんわ。雇い主を置き去りにするなど、御者としてといより、人としてどうなのですか」
「いや、お嬢は強いでしょう。絡まれても大丈夫だろうと思ってね」
強いと言われてエレノアが胸を張る。
「当然です。わたくしはエレノア・ウィンデアですわよ。あのような三下無頼漢など、ものの数ではありません。きっちりと退治して差し上げましたわ」
「じゃあ、いいじゃないですか。それとも、自分のかっこいいところを俺に見せたかったんですか?」
なっ、とエレノアが言葉を詰まらせ、それから、再び鋭い眼差しをロディに向けた。
「本当に口の減らない方ですわね。わたくしは、ただ、あなたのお心構えを問うているだけです」
「それはそれは。俺は、まあ自分第一なんでね。美味しい仕事は引き受けたい。面倒ごとは避けたい。分かりやすいでしょう」
エレノアが眉を潜めた。
「なぜか、わたくしの加護技が、あなたの言葉を嘘だというのです。ロディさん、なにか別の目的がおありなんですの?」
ロディは失言を悔いた。
へっ? と、とぼけた顔をして時間を稼ぎながらも頭を高速回転させる。
「じゃあ、言い直しますよ。面白そうだったからですよ。お嬢に興味があったから。どうです? 嘘ついてますか?」
エレノアは首を横に振った。今度は何ひとつ『虚言看破』に引っかかっていない。
だがエレノアは不可解だった。
『虚言看破』は『自分第一』というところと『面倒ごとは避けたい』というところにも反応したのだ。
なぜ、そんな嘘をついたのか。それが気になった。
「じゃあ、そろそろ夕食にでもしましょうか。俺、腹が減ってきましたよ」
その言葉にエレノアの怒りが再燃した。
「なにをのんきなことを。ロディさん、あなた、この街で何が起こっているのかご存じですの?」
「というと?」
「『ブラッディメテオ』とかいうならず者たちが好き勝手をしているそうですわ。先ほどご覧になったでしょう、あの方々です。女性をかどわかしたり、騙したりして、売りさばいているそうですわ」
「ほうほう、それは悪い奴らですね」
「悪い奴らですね、ではありませんわ。領主もそれを放置しているそうなのです。確か、ここはヴァミリアン伯爵が治めていらっしゃったはず。伯爵の居城もこの街にあるはずですわ。ヴァミリアン伯爵はそれはそれは英明なお方で、お爺様とも交流があったそうですわ」
「お嬢の国じゃないのに、よくご存じで」
ふん、とエレノアが胸を張る。
「当然です。わたくしはエレノア・ウィンデアですわよ。他国の主だった貴族の名前くらい、存じております」
「それで、その、ならず者連中と、我々の夕飯と、なにか関係があるんですか?」
「このお店の娘も狙われているのです。放っておけますか」
「まあ、逃げた方がいいでしょうね」
「なぜ、無辜の者が逃げなくてはならないのですか。罪なき者が悪事を働くならず者のために、生活を脅かされるなどあってはならないことではありませんか」
「お嬢に他人の心配をしている余裕がありますかね。クレイモスに行く途中でしょう」
「両手が塞がっているという理由で手を差し伸べなければ、クレイモスについたとて、わたくしはただの小娘になり下がっていることでしょう。わたくしがエレノア・ウィンデアであり続けるためには、見過ごすことなどできませんわ」
これはまた、とロディは笑い出しそうになった。
本当に融通が利かない。頑固な正義の味方だ。
だが、きっと『本物』というのは、そういうものなのかもしれない。
「それはまた、結構ですけど。どうするんです? 殴りこみに行くんですか?」
「考えますわ。色々と。ロディさん、あなたのお力はあてにはしませんけれど、せめてお知恵くらい拝借したいものですわね」
「そりゃあ、構いませんけどね。とりあえず、夕食にしませんか? 俺の聞き間違えじゃなければ、お嬢の腹の音がさっきから聞こえるんですよ」
その言葉にエレノアの顔が面白いように赤くなった。上目づかいで睨む。
「聞こえない振りをするのが紳士的な振る舞いというものですわよ」
◇
ふたりが夕食を取ろうと入ったのは『北の都』亭という店だった。
チェックインしてある宿から近い、落ち着いた雰囲気の店である。平民を客層とした料理屋としてはそこそこ上等だが、エレノアは、やはり、といおうか、浮いていた。
小さな光石を一粒つけただけの、ほのかな明かりの燭台に照らされたエレノアの美しい相貌に、店中の視線が吸い寄せられている。
本人はそんなものなど気にも留めていない。無言で食事を取ったあと、ワイングラスを傾けながらも、ロディに自身の作戦を説明し続ける。
「ですがね、お嬢。そもそも、法を犯している証拠がなけりゃあ、こっちが無法者になりますよ」
ロディは、どうですか、と言わんばかりの顔で意見を求めるエレノアに言った。
「この国でも追放されたら、しゃれになりませんよ」
エレノアの作戦というのは、『ブラッディメテオ』のアジトに乗り込んで、捕まっている女性たちを解放するというものだった。
さらに幹部に自身の加護技『真実の問い』を使い、連中とつながりのある者たち(エレノアは騎士や役人の中に買収されている者がいると考えている)を探り、そちらも一網打尽とする。
かなり力技に頼った作戦である。
「ですから、何人か捕らえて、ヴァミリアン伯爵の前で、自身の罪を話させます」
「行き当たりばったりですね。そもそも、生け捕りにできるかわからないですし。ヴァミリアン伯爵がお嬢と面会してくれるかわからないじゃないですか。ヴァミリアン伯爵が一枚噛んでる可能性もある」
というよりも、ロディの見立てでは、ヴァミリアン伯爵が小遣い稼ぎにやっているのではないかとすら思える。
「最悪、返り討ちにあいますよ」
相手は伯爵である。
お抱えの騎士も兵士もそれなりに多いだろう。エレノアは確かに強いが無敵なわけではない。
「その時は、天命だと受け入れますわ」
「命は大事にした方がいいと思いますけどね。生きられるなら、長く生きる努力をした方がいい」
エレノアが下を向いた。手にしたままのグラスの赤ワインを見つめる。
「もし、一度でも、その道を選んでしまったのなら……」
自分はもう、エレノア・ウィンデアとして生きられなくなくなるような気がする。
その言葉をエレノアは最後まで言えなかった。
代わりに嘲笑するような笑みを浮かべてロディを見る。
「巻き込まれるのを厭うのでしたら、ここでお別れしましょうか? ご心配なさらなくとも、大めに給金を支払いますわよ」
「お嬢。そういう慣れない態度はやめた方が良いですよ。ただ、自分が不快な気分になるだけだ」
「本当に憎たらしいこと」
エレノアがため息をついた。
「まあ、ともかく、ちょっと落ち着きましょうか。なにも急ぎの旅じゃない。やっかいな敵を倒すには、じっくり、情報を集めてからがいい。俺の方で、情報を集めてみますよ。伯爵がどこまで絡んでるのか。悪い奴はどいつなのか。あと、『ブラッディメテオ』とかいう奴らのこともね。動くのはそれからでも遅くないでしょう?」
エレノアは意外そうな顔でを見た。
「あなたがそんな言葉をおっしゃるなんて、以外ですわね。もう少し、こう、ものぐさで、やる気がない方かと存じ上げていましたけれど」
「お嬢はどんな目で俺を見てるんですか」
「それは、もう……」
言いかけて、クスリと可愛く笑った。
「なんだか、駄目な感じで、小ずるい感じで。でも憎めない感じの」
ロディは頭をかいた。
エレノアの仕草の可愛さに、つい、当てられてしまったのだ。
◇
翌朝、エレノアとは宿屋のラウンジで簡単な朝食をとった。
トーストに目玉焼きを乗せたものとスープ。ナイフとフォークを店員に所望してステーキのようにいちいち切って食べるエレノアに、ロディは微笑ましさを感じた。
「なんですの。人の顔を見てニヤニヤと。失礼ですわよ」
「いや、お嬢が可愛くて見惚れてたんですよ」
「本当に、ご軽薄ですこと」
エレノアが睨む。少し口元がゆるでいるのは可愛いと言われて満更ではないのだ。
「まったく、少しはあの方をお見習いになっていただきたいものですわ」
つぶやく。
ロディは、そのあの人は、エフィレイアにいた頃の知人のことだろうと気にしなかった。まさかエレノアが『闇武装』した自分のことを言っているとは、想像だにしなかった。
「ところで、お嬢。調べてきましたよ。『ブラッディメテオ』の奴らについて」
「昨日の今日でですか? 適当に酒場でお酒を飲んで世間話をなさってきただけではないでしょうね」
「まあ、その辺は否定しませんよ。酒場ってのは、いろいろな情報が集まるもんですからね。あっ、後で酒代くださいよ。必要経費ってことで」
「……まあ、良いですわ。けれど、もったいぶって、大した情報ではなかったら、お覚悟なさい」
「お嬢はもう少し俺を信じてくれてもいいと思うんだけどなあ」
言ってからは、昨夜、酒場で集めた情報について話した。
酒場で酒を飲んだのは本当である。ただ、ロディがその気になれば、酒場も情報の集積場になる。店の片隅で交わされるヒソヒソ話さえ聞き漏らすことはないのだ。
「まず、ヴァミリアン伯爵ですが、ここ5年ほど、病に伏せっているそうです。代わりに、後継者たる甥のアーキスが、領主代行をやっている。これが、また評判が最悪で、要するに、『ブラッディメテオ』の連中が好き放題しているのは、アーキス領主代行のせいなわけです」
「ああ、それにもう一人。フランベル商会の会長リクサス。ヴァミリアン伯爵が病にかかってすぐに、御用商人になったんですが、領主代行に『ブラッディメテオ』を仲介したのはリクサスのようですね。暗愚なアーキスに色々と入れ知恵しているのも、どうもこいつのようですよ。ヴァミリアン伯爵家には、それなりにできる譜代の家臣がいたんですが、そいつらは街から遠ざけられた。特に伯爵家筆頭騎士ライオス・ベラルルや、執事長フラッツ・ジオラあたりがいなくなったのがでかいでしょうね」
「では、『ブラッディメテオ』の悪行をヴァミリアン伯爵はご存じないということですのね。それならば、ならず者たちと、御用商人、そして領主代行をなんとかいたしますわ。ロディさん、あなた、思っていたよりも有能ですのね」
「お褒めにあずかり、光栄の至りですけど。俺を舐めてもらっちゃあ、困りますよ。まだまだ情報はありますからね。まず、『ブラッディメテオ』だが、こいつらは、いわゆる盗賊団ですね。もともとは、『流星団』っていって、セクプトの街でずいぶん昔から根を張っている組織みたいです。現統領のゴッツってのに代替わりしてから、悪さがひどくなった。暴行、人さらい、殺し、好き勝手やっている。ずいぶん、恐れられてますよ、連中。中でも『ブラッディメテオ』の奴らが、ここのところ力を入れてるのが、奴隷商売ですね。いちゃもんつけて、女子供をさらっては、南方の貴族や他国に売ってる」
「奴隷ですって」
エレノアが驚いた。唖然とした顔である。
エフィレイア、ルゼス、クレイモスの三国は、もともと、統一王国アルカディアが内乱の末に割れたものである。統一王国アルカディア時代に、奴隷制度は廃止されているのだ。
「そんな野蛮な行為が現代で行われているなんて。信じられませんわ」
「野蛮で禁止されているからこそ、裏でやれば儲かる。『隷属』って魔術を知ってますか?」
「相手を意のままに従える魔術。『禁術』ですわね」
「この『隷属』を付与した首輪をノーシアン大陸から取り寄せて、使っているみたいです。この辺はリクサス商会の仕業でしょうね。で、厄介なのはここからですが」
「まだあるのですか? ロディさん、あなた、どこかの諜報士にでもなった方が良いのではないかしら」
「いえいえ、お嬢みたいに、見て、麗しい、話して楽しい、相手のためじゃないとね」
「……」
照れて、とっさに言葉がでないエレノアであった。
ロディは続けた。
「この『隷属の首輪』が曲者でね。一度、つけると、主人以外には外すことができない。自ら命を断つことも、逃げることもできない。どんなに離れても主人の声は聞こえるそうで、主人の命令に従わないと激痛を受けるみたいなんですよ。『ブラッディメテオ』はこいつを使って、ある騎士を捕らえている。さっき言った、筆頭騎士ライオスの娘で、『紅騎士』の二つ名を持つレミー・ベラルルだ」
「『紅騎士』ですって。わたくしも聞いたことがありますわよ。剣も魔術も超一流。数年前に冒険者になったという噂でしたが」
エレノアの顔に憧れの色が浮かぶ。
「ヴァミリアン伯爵が病になってから、伯爵家を出て冒険者になったようです。この国じゃあ、Aランク冒険者として『紅騎士』は有名でしたよ。だが、2年ほど前にパタリと消息が途絶えた。ここからは、ただの噂ですが、つい半年前、ある冒険者一行が、依頼人の娘を取り戻すため、『ブラッディメテオ』とやりあったそうなんです。その時に、『紅騎士』が現れて、冒険者を片付けたって話だ。『ブラッディメテオ』の統領ゴッツが言っていたそうですよ。『紅騎士』は俺の奴隷だと」
テーブルが大きな音をたてた。
ラウンジの客の視線が集まる。
ロディは苦笑いして、さっとエレノアと自分の気配を隠した。
テーブルに手を叩きつけたエレノアは自分の無作法さに気が付いて、顔を赤らめた。だが怒りは去っていないようで、唇を噛んで震えている。
「なんということを……」
絞り出したような声。
「ほかにも、腕のたつ奴らを抱え込んでるみたいですよ。なにせ、金と権力を抱きこんでますからね。『ブラッディメテオ』は。やりあうには、大きな騎士団でもないと無理じゃないですか。お嬢が強いのは分かりますけど、『紅騎士』には勝てんでしょう?」
「ええ、そうですわね」
エレノアは素直に認めた。
小さい頃、祖父から聞かされたものである。ルゼスにいる『紅騎士』のことを。18歳で成人後、ルゼス王都で開かれた『剣闘大会』にて、準優勝したこと。ルゼス最強の剣士バージル・ルドロックをして、実戦では勝ち目がないと言わしめた女性。
「エレノアも彼女のように強い女になれよ。正しくあるには、強さも必要なのだからな」
祖父の言葉が蘇った。
同時に、その直後にした質問と、祖父の答えも。
「ではお爺様。もし、自分よりも強い悪党がいたら、どうしたら良いのでしょう」
幼いエレノアはそう問うた。
祖父バイゼルは莞爾と笑い、彼女に答えた。
その言葉をなぞるようにエレノアはクロウに言った。
「相手を選んで正義を振りかざすなど、ただの自己満足の道楽ですわ。相手が強くても、そこで引けば、よりどころとする正しさすら失います。違いまして?」




