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クロウは助ける

 時間をさかのぼる。

 エレノアが単身、ゴブリン討伐へ向かったあと、クロウは手早く死んだ男の横倒しになった馬車を戻した。馬と男の亡骸、それに馬車を道の端に寄せて、なんとかエレノアの馬車が通れるようにする。


 それから『闇武装』してエレノアの後を追いかけた。


 ゴブリンが何体いたところでエレノアが遅れを取るとは思えないが、戦闘経験の浅さは思わぬ失態を招くものである。見守り、必要があったらフォローするべきだろう。


 エレノアを無事にクレイモス王国に送り届ける。それがクロウの最後の仕事である。

 誰から与えられたものではない。自分で決めたことだ。


 エレノアの後を追いかけ、洞窟に入ったクロウ。エレノアがいきなり『爆発』の魔術を連発したのは面を喰らった。

 洞窟が崩落したらどうするのか。


 やがてエレノアはゴブリンの苗床までやってきた。幸いなことに、ゴブリンは生殖活動をしている最中ではなかった。

『爆発』でおびき出したことが良かったのだ。


 正気に戻れる日が来ればいいが。


 裸体でほうけている女たちを見て、クロウはそんなことを思った。

 女の一人がクロウを見た。


 ドキリとした。

 クロウの加護技スキルのひとつ『闇隠やみがくれ』は、姿も気配も完全に断つ。見破ることができるのはよほどの強者くらい。

 心を壊した女性も偶然、見えてしまったらしい。


 クロウはそっと苗床から出た。


 すぐにエレノアも男の母娘を連れて出てくる。


 分岐点まで戻ったところでエレノアは母娘を置いて奥へと行ってしまった。

 クロウとしては、一度、ともに外へ出るべきだろうと思ったが、隠れて見ている身としては助言もできない。


 実は洞窟の入り口側にゴブリンの亜種の気配を感じる。かなり強力なタイプでキングと呼ばれる亜種だ。

 奥の方にもやっかいな亜種が2体。

 1体は人間に近い亜種、リーダー。

 もう1体は魔術に特化した亜種、メイジ。


 先にキングを倒しておくか。

 クロウがそう決断した時だった。


 エレノアにゴブリンメイジの魔術が炸裂。

 クロウは即座にエレノアのフォローに向かった。


 だが、さすがはエレノア。

 ゴブリンメイジの前に立ち塞がるゴブリンリーダーを軽々倒し、さらにメイジもあっさりと倒した。


 よし、戻ってキングを、そう思った時だった。

 ゴブリンキングの気配が急速に近づいてきていた。

 同時に轟く娘の悲鳴。現れたゴブリンキングに恐怖したのだろう。


 それに気を取られたエレノアが大きな隙を見せた。

 殺到するゴブリンたち。


 エレノアの眼前に突き出された木の槍。

 クロウはそれを寸前でつかんだ。


 ありとあらゆるものを消滅させる加護技スキル『闇消化』で溶かす。


「お願いできまして」

 エレノアが言って母娘の元へと駆けていった。


 瞬時の判断。見事としか言うほかない。


 クロウはゴブリンを手早く倒した。

 命を断つ行為は好きではないが慣れてはいる。必要があれば人を殺すことすら淡々と行える。

 洞窟の奥側にこれ以上、ゴブリンの気配が無いことを確認し、きびすを返した。


 エレノアとゴブリンキングの戦闘。

 エレノアはほとんど苦戦せずにBランク魔物ゴブリンキングを倒してのけた。


 これほどの実力なら、婚約者の王子が負い目に思うのもしょうがないかもな。

 などと、クロウは思った。


 だが勝負がついたあとが良くなかった。

 二つに割ったゴブリンキングの上体に足首をつかまれたのだ。

 ゴブリンキングの最後のあがきというところか。


 クロウは姿を現し、エレノアの足首をつかむ緑色の手を溶かした。

 そのまま、エレノアに治癒をかける。

 命の力をほとんど失っていた旅商人の男には間に合わなかったが、『闇治療』ならば、大抵のダメージは瞬時に治す。傷口も残らない。


 さらに腕を折られた旅商人の妻を治そうと近づく。怯えた顔で自分を見る母娘。

 これが正常な反応である。

『闇武装』をしている際の自分が、おどろおどろしい姿だという自覚はあるし、こういうことには慣れ切っている。そして慣れ切ってしまったからこそ、『ホライズン』を首になったのかもしれない。


「大丈夫。彼は味方ですわ」


 エレノアの言葉はうれしかった。

 闇の神シャドーと契約したことを後悔はしていない。妹を助けるためには必要なことだった。

 ただ、妹にすら存在を否定されたとき、途方もない虚しさを感じた。

 味方と断言してくれたエレノアのおかげで心の古傷が癒えた気がした。


 母親の傷を治し、さて、さっさと馬車に戻ろう、と思っていると、エレノアの声が背中にかかった。


「またお会いできまして」


 下手な答え方をすれば、『虚言看破』で見破られる可能性がある。かといって、すぐに会える、ではなにか物足りない。

 昨夜のことを思い出した。


えにしはつながっている」


 縁をえにしと言い換えたのは、ただの遊び心。これでエレノアが気が付いてくれたら嬉しいが。



『闇武装』を解いて先に馬車に戻ったクロウは、ロディとしての仕事に抜かりないことを確認する。余計なことをして正体を勘ぐられないようにしなくてはならない。


 それからエレノアの大型馬車の中に入り込んで、ゴロンと長椅子に寝そべる。いかにもロディがやりそうなこと。


 車内の壁を飾っている花が目に入った。

 

 そうだ。今のうちに花を出しておくか。

 クロウは寝そべりながら『影倉庫』を開き、中から薄桃色の花を束で取り出した。


 ニーアが喜ぶので綺麗な花を見つけては摘んで入れておいたのだ。ストックはまだまだ十分ある。


 馬車の中は妙に落ち着く。

 エレノアの気配がそうさせるのか。

 外から聞こえる虫の音と鳥の声。青葉の鳴る音。


 ここでなら眠れるかもしれないな。

 そんなことを思う。


 シャドーと契約してからクロウは睡眠をとっていない。眠る必要がなくなったのだ。おかげで夜の間に様々なことができる。

 どちらかといえばクロウには恩恵である。限られた寿命の中で時間を十分に使えるのだから。

 

 外から話し声が聞こえてきた。

 エレノアの声。母娘を少しでも元気づけようとしている。

 本当に優しい人だな。


 母と娘が大きな声をあげた。男の亡骸を見たのだろう。できるだけ綺麗にはしておいたが死体には変わりない。

 死者は今後の人生をともにすることはできず、ただ過去に残していくしかないのだ。


 ドアが乱暴に開いた。


「ロディさん、こんなところにいたのですか?」

 怒った声。


 クロウ……ロディはあくびをしながら体を起こした。

「ああ、お嬢、ご無事でしたか。結構、結構」


「結構、結構、ではありませんわ。わたくしがゴブリンと戦っている隙に、惰眠をむさぼって。どうなのですか、男として」


「なんです、お嬢。やっぱり、心細かったんですか? 俺が実は追ってきて、助けてくれるなんて期待させちゃいましたか?」


 エレノアが顔を赤くした。

「そんなことは、まったくありません。わたくし、あなたには期待などしていませんわ。ただ……ええと……」

 言葉に詰まった。

 それから続きを思いついたらしく、さげすんだような笑みを浮かべる。

「同じ男でも、ずいぶん違うと思っただけですわ。あの方と、あなたでは、まるで違った生き物です」


「あの方? 誰ですか、そいつは」


「わたくしを助けて下さった殿方です。どこかの御者と違って、勇ましくて、頼りがいがあって、立ち振る舞いもエレガントで」


「まあ、俺は俺ですからね。それで、あの人の妻子は?」


「わたくしはエレノア・ウィンデアです。口に出した言葉はきちんと実行致しますわ」


「それは、本当に結構ですね。彼女たちだけですか?」


「女性が5人捕らえられていました。彼女たちの救助はお手伝いいただけまして?」

 皮肉っぽく言う。


「はいはい、それくらいしますよ。俺が行ってきますから、お嬢は休んでいてくれていいですよ。あの人の家族についてあげててくださいよ」


「ですが、あなたひとりでは……」


「ゴブリンはもういないんでしょう? まあ、なんとかしますよ」


「それならば、よしなに」

 エレノアはホッとしたように言った。



 エレノアが思っていたよりもずいぶんと早く、ロディは裸の女性たちを連れてきた。

 エレノアは気が付かなかったが、彼女たちの足は裸足で歩いてきたとは思えないほど綺麗だった。

 当たり前である。ロディが、一度、『影倉庫』に入れて移動したのだから。


「わたくしの馬車に彼女たちを乗せましょう。馬車馬を1頭、あちらに移せば、問題なく曳いていけるはずですわ」


「お嬢はどうするんです?」


「あちらにリアーさんと乗ります」


 リアーは旅商人の娘である。妻のサイラには御者をやってもらう。


「なんだ、俺と仲良く御者台に座らないんですか。お嬢にはガッカリです」


「それならば、わたくしが隣に座ってみたいと思わせるような魅力的な男になることですわね。まあ、ロディさんにはちょっとご無理でしょうけど」


「お嬢は男を見る目がないからなあ」


「はっ? それがジークフリート王子のことを指しているのならば、とんだ言いがかりですわ。あれはわたくしのお爺様がお決めになった婚約です。将来の伴侶に好意を持とうと努力するのは当然でしょう?」


 エレノアはすでに御者にあらかたの経緯を話している。これこれ、こういった経緯で自分は命を狙われています、と話しておかなくては不公平だと思ったのだ。


「わたくしは人を見る目は確かですわ」

 言った後に、エレノアは宰相ハリス・ローゼンの人柄を見誤っていたことを思い出し、ため息をついた。

「まあ、多少は」


 山を越えたところに街があるというので、そこで母娘と女たちを下ろすことになった。


 ゆっくりと山道を進む。

 ロディは馬を操りながら前を行く馬車を眺めていた。ホロのかかった荷馬車。その中で旅商人の娘リアーとエレノアが向かい合って座っている。


 荷馬車の中にはリアーの父アズラックの亡骸も横たわっており、そのかたわらには、ロディが出した薄紫色の花が置かれている。


 乗せられた商品で狭く、乗り心地も悪いだろうにエレノアは苦にした様子もない。

 リアーを少しでも元気づけようとしているのが分かる。


 本当に変わった貴族だな。


 貴族の中には平民と話すことすら不快に思う者もいる。平民を虫かなにかのように思っている者もいる。

 むしろ、そういった差別意識を持っていない者の方が珍しいのだ。


 エフィレイア王国も惜しいことをしたな、と思った。

 エレノアが王妃となれば、平民の不満は和らぎ、貴族の横暴は抑えられただろう。

 彼女の強い意志と行動力は、王国に改革を起こし、かの国を蘇らせたはずだ。

 

 まあ、まだその目がないわけじゃないさ。


 クレイモス王国でエレノアは雌伏の時を過ごせば良い。いずれエフィレイア王国で大きな内乱が起こるのは間違いないのだから。

 その時にこそ、英雄として立ち上がれば良いのである。


「可愛い英雄様だ」

 ロディは、エレノアの横顔を眺めながら、つぶやいた。

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