ホライズンの凋落①
アルカディア歴1824年4月22日
ルゼス王国バルス子爵領アストロ
ルゼス王国南部ギール大洞窟。
そこは冒険者にとって『始まりと終わりの場所』と言われている。
アストロ街の周辺10キロ四方に渡って小さな洞窟がいくつもあり、それらは互いにつながり、あるいは分岐し、地下に向かって縦横無尽に伸びている。
最終的には光の神フレアと敵対する邪神シャドーの住む『闇の国』へとつながっていると伝えられている。
なぜ始まりと終わりなのか。
それは前述の通り、ギール大洞窟の入り口が現在発見されているだけでも百を越えるからである。
そこに住む魔物も多種多様で、それ故に難易度もまるで異なる。
まだ駆け出しの者に最適なルート。
中級冒険者に向いているルート。
上級冒険者ですら手こずるルート。
さらに最上級冒険者は洞窟の最深部へ向けて潜り続ける。
またアストロ街にはギール大洞窟から得られた様々な素材が集まるため、それを目当てに多くの商人が行き来する。
冒険者目当ての商売も充実しており、王都のような絢爛さはないものの、代わりに雑多な賑やかさがある。
冒険者のおかげで発展し、冒険者を支援するために存在する街。冒険者にとって、その居心地の良さは、ほかの街とは比べ物にならない。
そんなアストロ街のひとつの酒場で話題のパーティ『ホライズン』の面々が、不機嫌顔でテーブルについていた。
時間は午後2時。比較的値段と格調が高い『心の酒』亭は、まだ空席ばかりで静かだ。『ホライズン』の4人がついているテーブルの周囲も空いている。
「だから、このままでは埒が明かないと思うんだ。どうにかしなくてはならない。みんな、打開策を言ってくれ」
アルベルト・アルクが言った。
鮮やかな緑色の髪を金属のヘアバンドで逆立てた青年。ちまたでは『勇者』と呼ばれる戦士で、パーティのリーダー。さらにはルゼス王国の第1王子でもある。
「と言われてもねえ。もう少し低難度のルートにするか。強い仲間を迎えるかってくらいしかないんじゃないかしら」
レイアが肩までの濃い紫色の髪を片手でいじりながら言った。
攻撃魔術師。体に張り付くような服を着ていて見事なボディラインを際だ立たせている。
「あと1回、依頼未達成だとBランクに落ちてしまいます。恥ずかしいですよね」
治癒魔術師のエルシュニーア。穏やかな笑顔を浮かべたまま、まるで他人事のように言う。
「恥ずかしいの嫌だな」
その天才的な治癒魔術と得難い加護技から、『聖女』の名で呼ばれる少女。そしてクロウの妹である。
「当たり前だ。Bランク落ちなんて。私の『ホライズン』は、なんとしてもSランクにならなくてはならないんだ。『勇者』と『聖女』がいるんだからな」
アルベルトがニーアを睨んだ。
ふふっ、とニーアが笑った。
「アルベルト様、焦ってる。困りましたね」
アルベルトはそれに不快感を感じた。
クロウがいた時は気づかなかったが、ニーアには人としての感情に欠落した部分がある。
いつでも穏やかに笑っていて、どんな時でも優しく包み込んでくれる。
アルベルトはそんなニーアに惹かれたわけだが、それは『聖女』としての彼女しか見ていなかったからかもしれない。
すでに男女の関係になっているが、どこまでいってもニーアは、どこか他人事だった。好意を持っている発言はする。体を重ねているときは積極的に快楽を貪る。だが、どうしても心の距離が縮まったように感じられない。
アルベルトはそれがクロウのせいだと考えていたが、彼がいなくなったあとも、ニーアは変わらなかった。
それどころか冷たくなった気さえする。
もちろんアルベルトがニーアの欠点に気が付かなかったのも、クロウが細々とフォローしていたからである。その事実にアルベルトは気づきかけていたが、プライドが自分の洞察力のなさを認めない。
クロウといえば、今、まさに話し合っている問題。要するに『ホライズン』の大幅なる戦力低下問題は、間違いなくクロウがいなくなったせいである。
アルベルトはクロウをクビにした当初、ようやく目障りだった奴がいなくなったと、実に晴れ晴れとした気持ちだった。
だが次に受けた依頼。どうということもない商人の護衛依頼。別の街へ移動するついでに受けたような依頼だったのだが、これで失態を犯した。
「クロウもいないし。護衛依頼は辞めといた方がいいんじゃない? 失敗したらシャレにならないわよ」
依頼を受ける前にレイアはそう言った。
はっきりとした反対というよりも軽く忠告したというところ。彼女もアルベルトが自分の意見を取り入れるとは思っていなかった。
実際、アルベルトはレイアの意見を一蹴。
「クロウがいないからなんだというんだ。彼のパーティでの役割を誰かはっきりと言えるかい? 言えないだろう。要するにクロウは大した役割を担っていなかったということだ」
レイアもそれ以上食い下がりはしなかったので『ホライズン』は商人の護衛依頼を受けた。
商人は王都に急ぎの用があり、魔物の巣くう危険な森の近くを通らなくてはならない。そのための護衛である。
護衛パーティは『ホライズン』のみ。Bランクパーティを3組雇うよりも高値の依頼料。
「高名な『ホライズン』に護衛していただけるなんて、光栄ですよ」
依頼人の商人はそう言って笑った。
彼としては、依頼にかこつけてルゼス王国の次期国王にコネクションを作っておきたいという打算があった。
アルベルトが『ホライズン』に加入してから、こういったことはよくある。
そのため別の街へ移動する際、ついでに護衛仕事をしながら、というパターンが多い。護衛なのにむしろ商人に歓待してもらい『ホライズン』の面々もご機嫌、というわけである。
この時は今までのように気楽にはいかなかった。
いつもはクロウが加護技『周辺感知』で、魔物や賊の気配をいち早く察知。先手を打って敵を減らしたり、消耗させていた。
常に圧倒的に有利な状況を作り出していたのだ。
もしクロウがいたならBランク魔物であるオーク(オークはミッド大陸固有の魔物。他にゴブリン、コボルト、オーガーも同大陸の固有種とされている)30体の群れなど、ものの数にも入らなかっただろう。
クロウの警戒網を無くした『ホライズン』はあまりにも無防備であった。
両脇に木々を望む森の道を談笑しながら進んでいた一行は、突如、左右から放たれた矢の数々に混乱した。
矢は商人の乗る馬車馬を倒し、さらには馬車にいくつも突き刺さった。オークは知能が高く鉄器や武具を使いこなす。剛腕から放たれる矢は、クロスボウの矢に匹敵するほどの威力がある。
「敵だ。ニーア、防御魔術を頼む。バッツ、君は右手の敵を倒せ。私は左側をやる。レイア、魔術で援護を」
盾をかざして矢を防ぎながらアルベルトは指示を出した。
全身鎧のバッツが戦斧を持って木々の間に飛び込んでいく。
ニーアが天に向かって手を伸ばす。地面に白色の魔法陣が浮かび上がる。馬車を囲むように白い光の膜がドーム状に周囲を覆った。膜が矢を弾く。
アルベルトは光の膜の外に飛びだし、バッツとは反対側の木々の中に分け入った。
青緑色の肌を銀色の全身鎧で覆った豚頭の大男たちが、矢を捨て剣を抜く。
その数、10体。
豚どもが。剣の錆にしてくれる。
アルベルトは腰の剣を抜いた。
その剣は柄と鞘の割には刀身が短すぎた。30センチといったところか。
「いでよ。『光の剣』」
アルベルトが叫ぶと白色の光が短い刀身を補うように伸びた。2メートルはあろう、長い光の剣。アルベルトの加護技『光の剣』である。
雄たけびをあげながら敵に向かって疾駆する。
1体目。胴を二つに割った。
2体目。頭から股まで縦に割った。
3体目。首をはねる。
4体目。斜めに両断。
だが5体目に取りかかろうというところでアルベルトの動きが鈍った。
彼の足に蔦が幾重にも絡みついている。魔法だ。
鎧をまとったオークたちのさらに奥に、ローブ姿の豚男が杖を構えて立っている。
オークメイジ。
「小賢しい真似を」
アルベルトは蔦を切り払った。
しかし、切っても切っても伸びてくる。
その間に、オークたちが後退し、次々と矢を放ってくる。
アルベルトは、そのうちの一本を受けて体を折った。
タイトな全身甲冑が胸部に喰らった一撃を防いではくれた。
だが衝撃までは殺しきれなかったのだ。
オークごときが。
アルベルトは胸を押さえながら、うめいた。そうしている間にも、足を縛める蔦は、幾重にも巻き付いてくる。
矢も次々と飛んできており、なんとかかわすのが精一杯。
強弓が頬をかすめて矢じりが赤い線を顔に描いたとき、アルベルトの意気は一気にしぼみ、代わりに恐怖に支配された。
突風が吹いて、飛んできた矢ごとオークたちをなぎ倒さなければ、アルベルトはみっともない悲鳴をあげていたことだろう。
オークたちが再び弓を構える前に、アルベルトは必死で足もとの縛めを引きちぎり、逃げるように馬車の元へと戻った。
「レイア、なにをやってる。早く、オークどもを倒せ」
次の魔術のために呪文を詠唱していたレイアは、カチンときたが詠唱をやめるわけにはいかない。呪文を唱えて宙に魔法陣を描き続ける。
レイアが怒るのも無理はなかった。
先に飛びだしていったバッツがオークに囲まれて袋叩きにあっていたので、そちらを『魔術矢』で攻撃。
なんとかバッツが持ち直したところで反対側を見ると、今度はアルベルトが大ピンチである。
急ぎで、『突風』の魔術を使ってアルベルトを支援。さらに次の攻撃魔術を準備しているところなのである。
しかも、すぐそばではニーアが、ひとり、無関係というように、暇そうにたたずんでいる。彼女は自発的に行動するタイプではない。いつも、クロウが指示を出していたのだ。
レイアの魔術が完成。発動言葉で真っ赤な閃光が起こり、白色の魔法陣が赤色に変わる。
魔法陣から直系30センチほどの赤色の球体が宙に現れる。
レイアが杖を振ると宙に炎の軌跡を残しながらも、アルベルトに迫っているオークたちの前で炸裂。爆発と業火を巻き起こし、森を焼いた。
これはダメね。
レイアは炎の中から現れたオークを見て思った。
思った以上に敵はタフで、ちょうど爆発の中心にいた個体以外、致命傷を負っていない。
アルベルトの『光の剣』で倒してほしいが、彼はニーアの造り出した結界の中から動こうとしない。
そうこうしているうちにバッツがまた袋叩きにあっている。
レイアはため息をついた。
結局、戦闘はアルベルトに叱咤されたニーアがケリをつけた。
彼女の強力な加護技『魔力吸収』で、次から次へとオークたちを干からびさせたのだ。
アルベルトもそれに勢いを取り戻し、『光の刃』で敵を切り倒していった。
戦闘には勝った。
だが馬車は派手に傷つけてしまったし、馬車馬も2頭とも死んでしまった。さらには、『ホライズン』の乗り馬も一頭を残して死んだ。
最初に矢の攻撃を受けてしまったのがまずかったのだ。
残った1頭に馬車を曳かせたが、旅足は遅くなった。
商人は気にしなくても良いと言っていたが顔が青ざめていた。急ぐつもりが大幅に遅れてしまったせいだろう。
◇
その護衛仕事以降も、ひどいものだった。
Aランク魔物のオーガー退治では、倒すどころか逃げ帰る羽目になり。
最高級魔術石の素材となるSランク素石を求めて火山に行けば、火トカゲのサラマンドラの群れに負け。
ともかく、戦闘はひと休み、と魔法金属(黄色金属、白色金属、青色金属)の転売に手を出せば、ボッタクリにあって元金すら回収できず。
さんざんな目にあってきたのである。
一度、初心に返ってフォーメーションを見直そうと、冒険者の街アストロへとやってきた。
AランクルートではなくBランクルートでギール大洞窟へと潜るが、それすら途中で逃げ帰ることとなった。
そして、この『心の酒』亭での話し合いとなったのである。
「おい、バッツ。なにかいいアイデアはないのかい? 戦闘がうまくいかない原因の大半は君がのろまなせいなんだぜ」
アルベルトが苛立ちをぶつけるようにバッツに言った。
人の良い大男は困ったような顔になった。
「俺はいつも通りやってるんだが」
「それがいけないんだ。君はあいつがいた頃と同じようにやっているが、それではダメに決まっているじゃないか。5人が4人になったんだから、相応の戦い方をするべきだ。そうじゃないか、レイア?」
「まあ、そうよね」
レイアは自分に火の粉がかからないように同調した。
「バッツはもう少し考えて動くべきね」
「レイア、そんな。俺、ちゃんとやってるはずだ」
バッツがおろおろとする。
恋人にまで責められ、動揺しているのだ。
「ちゃんとやっていないから、こうなっているんだ。君がもう少し前衛としての役割を果たせば……。そう君は私たちの盾として、壁としての役割を果たすべきなんだ。私が剣、君が盾、そうじゃないのか?」
曖昧で具体性の乏しい話にバッツがますます困惑する。もともと頭が良い方ではない。
「つまり、どうすればいいんだ?」
「敵の攻撃を引き付ける。敵を足止めする。味方を守る。囮になる」
「全部は無理だ。俺、不器用だし」
「そういうところが問題なんだ。できなければ君を首にして別の人間にやってもらう。そうだろう、レイア」
「まあ、仕方がないわね」
レイアはバッツと男女の関係になったが、それはあくまでもクロウへの当てつけだった。特に気があるわけではない。
矢面に立ってまで庇う気はなかった。
アルベルトはとにかく自分のプライドを守るために責任を人に押し付ける。もしバッツを庇えば、今度はレイアを責めてくるだろう。
レイアにしてみれば、そもそも今の戦力でAランクを維持し続けるなど、どだい、無理な話なのだ。
自己中心的で他人に興味の薄いレイアが、自分のものにしたいと願ったほど、才能にあふれていたクロウ。彼が中心となってパーティは機能していた。最大戦力でもあるニーアを、うまく使いこなせるのも兄の彼だけだろう。
アルベルトの指示には、「なんだか、大変そうです」とか「そういう気分じゃないんですよね」とか言って、拒否をすることが多いが、クロウが言ったことを拒否したところは一度も見たことがなかった。
だからこそニーアがクロウを裏切ったことが、いまだに信じられない。
「俺、頑張るよ。だから、見捨てないでくれ」
バッツが言って、レイアを真剣な眼差しで見つめる。
レイアはそれに微笑みを返した。
愚鈍な男だが利用価値はある。いよいよとなったら、バッツとパーティを抜けても良い。
いきなりニーアが笑い出した。
最初はクスクスと。それからタガが外れたようにケタケタと。
レイアはギョッとなった。
バッツも唖然とニーアを見ている。
「なにがおかしい、ニーア」
アルベルトがニーアを睨んだ。
「だって、こうなったのは、アルベルト様
が兄さんを追い出したからじゃないですか。それを無理やり人のせいにするから、おかしくって。そう、とっても滑稽です」
ニーアは、なにもアルベルトを馬鹿にしているわけではない。彼女はどこまでも素直で正直なのだ。
「クロウがいないからなんだというんだ」
アルベルトの額に青筋が浮かぶ。顔は真っ赤だ。
ニーアは人差し指を唇に当て、う~ん、と首を傾けた。
「オークの時なら、近づく前に半分は減らしてたんじゃないかな。アルベルト様が苦戦してたオークメイジも先に片付けて、あと、バッツさんの援護もしたかな。兄さん大忙し」
そのまま次々と、今までの失敗時に、もしクロウがいたらどうなっていたか、を話し続ける。それは具体的であり、無理のない想像であった。
「もういい。やめろ」
たまらずにアルベルトが怒鳴った。
それから、そんな風にみっともなく怒鳴った自分に腹を立て、その怒りをニーアにぶつける。
「そんなに、クロウが優秀なら、なんで彼を追い出すときに止めなかったんだ。たったひとりの兄を庇いもせずに。ずいぶん、兄想いの妹だな」
「だって、兄さん、あと1年で死んでしまうんだもの。最後くらい、自由にさせてあげたいたいじゃないですか」
ニーアの言葉に、ほかの3人が凍り付いた。




