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フレア教帝国の最後

アルカディア歴1834年12月20日

 フレア教帝国帝都ルーベリア



 フレア教帝国の初代皇帝ルイン・サークスは玉座で足を組み、イライラとひじ掛けを指で叩いていた。


 つい先ほどブラインがクローディウム帝国により制圧されたという報せを受けたところだ。

 ただでさえ各地で反乱が起こっているところに、この報せは衝撃的だった。


 なにしろブラインは南東の都市。

 クローディウム帝国の帝都ゴルディーヘルムからは急いでも1ヵ月以上はかかるだろう。一体、いつの間に軍が移動したのか?

 国境から引き返してくる軍とは別の軍だというから、なおさらわけが分からない。


 ルインとしては王都とその周辺の防備を固めつつも、まだ旗色を明らかにしていない地方領主に恭順をうながす使者を送るくらいしか打つ手がない。


 そこへ勢いよく扉を開き、飛び込んでくる者があった。


「陛下。大変です」


「なんだ、騒々しい。ここは神聖なる謁見の間であるぞ」


「失礼いたしました。ただ、あまりにも事態は急を要するものでして」


 報告に来た家臣はルインの右腕ともいうべき存在である。もともとは下級騎士だった者だが、その野心を買って将軍職に任命した。


「ただいま南方から早馬が到着いたしまして。その、フレベリアがクローディウム帝国軍に制圧されたとのことです」


「な、なにかの間違いではないか?」

 驚きで声が出ないルインの代わりに、そばに控えていた宰相が言った。彼も元は下級文官立った男で、ルインが取り立てたばかりだ。


 フレベリアといえば南の大都市。サウシアン大陸と唯一交易を行っている都市である。サウシアンとの交易から生まれる富ははかり知れず、もし、フレベリアが取られてしまえば大きな損失なる。

 

 至急、奪還しなくてはならないが、東からまっすぐに進んでくる大軍のことを考えれば兵を動かすこともできない。


 だが、新皇帝ルインにもたらされる凶報はこれで終わらなかった。

 そのまま謁見の間で喧々囂々(けんけんごうごう)と対策を話し合っていると、そこへまた乱暴に扉を開き、入ってくる者があった。


「陛下、大変です」


「今度はなんだ」

 ルインが怒鳴りつける。


「はっ、ノエル、フォーゴス両都市がクローディウム帝国軍により制圧されたとの報告です」


 謁見の間は水を打ったよう静まり返った。



 アルカディア歴1834年12月20日

 フレア教帝国帝都ルーベリア



 それから3日間。

 フレア教帝国皇帝ルインの元へ次々と地方都市が陥落したという報せが届いた。いったいクローディウム軍はどのような魔法を使っているのか。

 分かっているのは各地の反乱と、クローディウム軍の八面六臂の躍動により、もはや帝都ルーベリアしかフレア教帝国の支配地域が残っていないということ。


 しかも東からの大軍はもう王都のすぐそばまでせまってきていた。聞けばその数はすでに20万を越えているという。決起した平民たちや寝返った地方領主の兵士が合流したせいだ。


 対してフレア教帝国軍はせいぜい2万。

 それもならず者のような者たちを含めた数である。


「だが敵は大軍。しかも、平民どもの義勇軍が占める割合が多い。長引けば物資が不足することは目に見えている」


「いや、それが、そうでもないようなのだ。クレイモス王国は我が国との戦争に備え、大量の備蓄をしてきたようで。東から続々と補給物資が届いているそうなのだ」


「なんとか、エフィレイア軍が来るまで持ちこたえれば」


「しかし、彼らは本当に味方なのか?」


「『聖戦』を助けるとフランツ王は宣言したそうだぞ。軍を自ら率いているという」


 そんな家臣たちの話し合いをルインは目を閉じて聞いていた。

 考えているのは別のことである。


 ルインは現実主義者である。もはや自国に勝ち目はないことは分かっている。問題はこれからどうするべきか、である。


 さっさと降伏してしまうか。『聖女』にすべての責任を押し付けてしまうという手もある。それとも、可能なうちにエフィレイアに亡命するべきか。


「『聖女』か」

 つぶやいた。


 思えば、すべての発端は『聖女』エルシュニーアだ。彼女がルゼス王国のフレア神殿を動かし、王国を動かした。ならば、すべてを押し付けても良いのではないか。


「アルシアンに至急使者を送り、クローディウム帝国皇帝との対話を望む旨を伝えよ」

 ルインは言った。


 その言葉に家臣たちの多くがホッとした顔になる。誰もが敗北は必至だと分かっていたのだ。


「フレア教帝国はクローディウム帝国に降伏する」

 続く宣言。


 ルイン・サークスの短い天下は終わった。



 ルーベリアから西側で最も近い位置にある都市アルシアンは、すでにクローディウム帝国の支配下にある。

 ここを制圧されたことで、フレア教帝国は喉元に短剣を突き付けられたような具合になっていた。さらには東からは本命の大軍団(総大将アルベルト)である。


 ゲートと乗用箱を使い各地方都市を電撃的に制圧していったクローディウム軍は、それぞれの都市にそのまま行政官を置いていった。

 エルフ、レプラコーン、ドワーフ、トロル、ヒューマンの混成。どうもアルカディア時代に発達した魔法や魔法道具は、各種族の魔法を組み合わせることにより、強力な力を生み出している。

 五つの種族が交じり合わった状態の方が、能力を発揮できるのである。


 さてアルシアンの仮設行政府にフレア教帝国皇帝からの使者がやってきたことを受け、当行政府はすぐにエレノアとの謁見の手筈を整えた。

 といっても、エルフの通信魔法で連絡し、エレノアがアルシアン行政府に映像を送ってくるまで5分とかからなかった。


 皇帝ルインから送られた使者は目の前に投影されたエレノアのあまりの美しさに、呆然自失。


「わたくしが、クローディウム帝国皇帝エレノアです」


 エレノアが名乗り、ようやく使者の男は自分の使命を思い出した。

 すぐに取り繕ってかしこまり、フレア教帝国皇帝ルイン・サークスがエレノアと対話を望んでいる旨を告げる。


「承知いたしました」

 エレノアの返答は短かった。


 使者は具体的な話を詰めようと次なる言葉を口に出そうとする。だが、その前にエレノアの姿は消えてしまった。


 ともかく役目は果たしたことであるし、使者はルーベリアへと帰還。主にエレノアが会談を承知した旨を伝えた。

 恐らく、追って連絡を寄こすだろう、と私見を述べる。


 それから半日も経たず、ルーベリアの上空に巨大な漆黒のドラゴンが現れた。アークドラゴンである。

 アークドラゴンは城へ降り立つと、その禍々しさと雄々しさに怯える兵士たちをよそに、体を丸めてしまった。

 その頭から飛び降りたのは、クローディウム帝国皇帝エレノアである。


「わたくしはクローディウム帝国皇帝エレノア。フレア教帝国皇帝ルイン陛下と対話をしに参りました」

 言うと、未だ怯えて、遠巻きに立ち尽くす兵士たちに鋭い視線を投げる。

「さあ、ルイン陛下の元へご案内くださるかしら。わたくしはあまり気の長い性格ではありませんのよ」


 それでも兵士たちが動こうとしないので、エレノアは案内を諦めて、勝手に行くことにした。

 見えない階段を上るように、宙を上り、歩く。兵士たちの頭上を越えて、さらには城の壁をすり抜けて城内へ入る。

 公爵令嬢時代に来たことがあるので、間取りは分かっている。それでなくとも、神々と邂逅して以来、エレノアは人間を逸脱した存在と化しており、知ろうと思えば、すぐに必要な情報が入ってくる。闇の神と契約し、その力を得ていたクローディアスに近いだろうか。


 ルイン・サークスは謁見の間にいたため、エレノアは最短距離で城内を移動し、2人の甲冑姿の騎士が守る扉の前に立った。


「クローディウム帝国皇帝エレノアです。勝手に入りますわよ」

 言って、驚く騎士たちを無視して扉をすり抜けた。


 謁見の間。スタスタと赤い絨毯を歩いて玉座へと向かう。玉座に座る50男は皇帝を名乗るにはどうも小物に見えた。

 玉座の周りで話し合っている家臣たちを、ぼんやりと眺めている。

 と、その視線がエレノアを捕らえた。

 表情が凍り付く。   


「お初にお目にかかりますわね。わたくしはクローディウム帝国皇帝エレノアですわ。対話をお望みだと聞きましたので、さっそく参りましたの」

 その声でその場に居る全ての者がエレノアに気付いた。

 驚き、その美しさに呆然となる。


 いち早く自失から立ち直ったのは皇帝ルインである。いかなる方法でエレノアが来たのか、それは問題ではない。とにかく、彼女と対話ができる、それが重要だ。ここは勝負時。


 ルインは玉座から立ち上がると早足でエレノアの元へと向かった。反対にエレノアは足を止めて、ルインを待つ。

 ふたりの距離が5メートルほどになった。

 そこでルインが膝をついた。


「エレノア陛下。フレア教帝国は今よりクローディウム帝国の支配下に入ります」

 無条件降伏宣言である。


 エレノア・ウィンデアの逸話を聞くに、彼女の潔癖性は明らか。下手に保身に走れば、では決着をつけてから改めてその首をいただきます、などと言われかねない。


「承知いたしました。貴国の降伏、受け入れましょう」

 エレノアは言った。

「ただし、わたくしは一切の保証をいたしません。あなたにもあなたの家臣たちにも。それを不服とお思いならば、戦にて勝敗を決しましょう」


 思った通りのエレノアである。

 だが、それはルインの想定内である。


「ご寛大なお言葉ありがとう存じます。これよりは陛下に忠誠を尽くす所存でございます。なにかお役目をお与えいただければ、粉骨砕身、励みます」


 エレノアの『虚言看破』はそこに嘘を嗅ぎつけなかった。嘘はないのだ。だが、エレノアはそれほど甘い性格ではない。

「特にあなたの忠誠は必要ありませんけれど。どうしてもというのならばひとつ、審査をいたしましょうか」


 エレノアはかがみこむと、ひざまづくルインと目線を合わせた。エレノアの目が白く輝く。


「わたくしが聞きたいことはただ一つ。フレア教王アレキサンデル陛下とそのご家族が弑逆しいぎゃくされた真相ですわ」


 エレノアの目の光がルインに移った。

 そこからルインは滔々(とうとう)と語りだした。教王とその家族を監禁していると宰相一派を断罪し、城に兵を乗り込ませたこと。教王とその家族を殺し、その罪を宰相に着せたこと。


「なるほど、よくわかりました。ごきげんよう」


 エレノアは立ち上がった。

 そのままひざまづき呆けたような顔をしているルインのかたわらを通り過ぎる。


 ルインの首がポトリと落ちた。首を失った胴体から血が噴水のように吹き出す。


 その場にいる者たちは何事が起こったか把握できず、立ち尽くしたまま。

 エレノアひとりが玉座へと向かって歩く。

 すると、壁に並ぶ騎士たちの首が飛んでいく。居並ぶ文官、武官も首を失い倒れていく。

 大臣たちが怯えて、逃げる。あるいは腰を抜かしてくずおれる。もちろん、彼らもすぐさま首を失った。


 その場でただひとりの生者となったエレノアは、玉座に腰を降ろすと足を組んだ。


「やはりわたくしは気が短いのでしょうね。アルベルト殿に首を残しておくべきでしたのに」

 はあ、とため息をつく。


 そんなエレノアの肩に影人形クロが現れて、ポンポンと優しく彼女の頬を叩いた。

 エレノアはクロに頬を寄せた。

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