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クローディウム帝国侵攻

 アルカディア歴1834年12月17日

 フレア教帝国ロイヤー侯爵領フレベリア 



 フレア教帝国南端の港町フレベリア。南の大陸サウシアンと唯一交易を行っている都市。サウシアンからの輸入品を求めて、商人が行き来するために街は活気に満ちている。

 この街を収めるのはアングス・ロイヤー侯爵。辺境ではあるが、サウシアンの賑わいのおかげで、懐は温かく、海賊対策に私兵も軍船も備えており、フレア教帝国でも無視できぬ勢力である。

 そのロイヤー侯爵は中央の政治にあまり関心はなかった。彼としては代々受け継いでいる領地を独立王国と考えており、ルゼス王家がフレア教王国に変わろうと、王家が滅んで大神官が皇帝を名乗ろうと、勝手にやっていろ、という気分であった。


 もちろん、フレア教帝国の皇帝から軍を率いてクローディウム帝国と戦えと言われたところで、無視を決め込んでいた。

 ただ、それに先立つエレノア・ウィンデアの放送はフレベリアを始め、ロイヤー侯爵領の領民たちに動揺を与えていた。

 家臣の中にも離反してクローディウム帝国に向かった者も多い。


 ロイヤー侯爵としては別段圧政を敷いている意識はない。ただ、昔からの因習に従ているだけである。客観的に見ても、ロイヤー伯爵の治世はほかの暴虐な領主に比べれば遥かにましである。

 ただ、それでも領民たちは搾取されていた。


 ロイヤー伯爵の膝元であるフレベリアでもエレノアの放送を見て、決起する者たちがあった。

 それも本来はフレア教帝国を応援するべき立場のフレア神殿が中心となっての反乱である。


 ロイヤー伯爵の関心は商人たちがもたらす財。特に大商人たちは優遇されており、いくら不正を働いても取り締まられることはない。賄賂で簡単に見逃してもらえるのだ。

 反対に貧しい者がいくら大商人を訴えても無意味なことであった。

 そのため、この街ではロイヤー伯爵とその家臣、それに大商人が私服を肥やすばかり。そのしわ寄せは他の住民にきていて、彼らは多くの怒りと憎しみを抱えていた。


 フレア神殿の神官長アーナ・メルベルはエレノアの全土放送とその奇跡の光を受けて、すっかり改宗してしまった。なにしろ、実際に神々を体験したのだ。フレア教が世界の真理なのではなく、片側しか現していないものであったのだと理解した。


 フレア教に全てを捧げていた頃のアーナも、その善良さから、貧しき者や虐げられた者たちのために領主と戦っていた。

 領主の家臣や大商人の横暴の犠牲になった者たちのために、何度となく領主の城に乗り込み、不公正を正すように訴えていた。

 だが、領主はその場では良い返事をするものの(ロイヤー伯爵もフレア神殿とは対立したくなかった)、結局はなにひとつ変わらない。

 相変わらず、大商人も侯爵の家臣も好き放題やっているし、貧しい者に救いの手は差し伸べられない。


 エレノアの放送はアーナの心に火をつけた。

 齢65。体の節々も痛くなっており、そろそろ神官長の座を退きたいところだが、自分が隠居したら誰が弱き者のために戦うのか、と頑張ってきた。

 その彼女がまるで40年前に神官となったばかりの頃のように正義の情熱をたぎらせていた。


 エレノア・ウィンデアのことはもちろんアーナも知っている。話を聞いたときはなんという女傑か、と感動したものである。

 そのエレノアが、神々のご助力を得て大陸をひとつにまとめようとしている。

 世界を変えようとしている。

 なんとか自分たちも彼女の助けになれないか。


 アーナはすぐに神官たちに自分の考えを話した。

 さすがはアーナに従ってきた神官たちである。神官長の気持ちを共有していた。彼らもまたエレノアの放送に大きな衝撃を受け、真の教えに目覚めていたのだ。


 神官たちはすぐに動いた。

 密かに志を同じくする者たちの代表者たちと会い、一斉に蜂起することに決まった。

 フレベリアだけではない。その周辺の村や街をも巻き込んだ大蜂起だ。


 アルカディア歴1834年12月17日。

 その日、フレベリアの各所では住民たちが集い、大きな声を上げた。

 自分たちは皇帝エレノアを支持しクローディウム帝国民となる、と唱えながらも武器を手に街を歩く。

 その数はどんどん増えて神殿へと集まっていった。


 これに驚いたロイヤー伯爵はすぐに家臣に鎮圧に向かわせた。だが、すぐに家臣は戻ってきた。あまりにも相手の数が多すぎたのだ。フレベリア住民の半分以上はいた。百人程度の人数では呑み込まれるだけである。


「どうか魔術部隊の出動と大型魔術の許可を」


「よかろう。目にもの見せてやれ」

 ロイヤーはすぐに許可を出した。


 魔術部隊はロイヤー侯爵肝いりの強力な部隊である。高位の魔術が使える魔術師だけで編制された部隊で、雷を落とし、竜巻を起こし、大火を起こす。


 ロイヤー侯爵は自分を模範的な、良い領主だと思っていたので、この反乱はまったく予期しないものであった。その分、怒りも大きい。


「やれ。徹底的に蹂躙して、見せしめにせよ」


 こうして、魔術師20人からなる魔術部隊が出動。もともと冒険者だった者たちが多く、冒険者を引退後、毎日特に働きもせず、ダラダラと無駄飯を食っていたところに、突然の出動要請である。


「やれやれ、魔術なんて久しぶりに使うな」


「本当になあ。ちゃんと発動させられるかどうか」


 などと頼りないことを言う。

 彼らを招集した指揮官は、やる気のない魔術師たちを見て眉をひそめた。


「おい、ずいぶん人数が少ないじゃないか」


「忘れたんですか? ウィッツもアイラもエレベスもロックサンも加護技スキルを無くして追い出されちまったじゃないですか」


「ああ、そうか。そういえば」

 指揮官もすっかりたるんでいる。

「まあいい。とにかく、頼むぞ」


 そんなわけで神殿を中心に集う住人たちの元へと向かった魔術部隊。だが、近付くとその人数に圧倒された。


「いやいや、こりゃあ、無理ですよ。下手に魔法を使ったら、連中、なだれ込んできますよ」

 魔術師のひとりが言った。


「下手な魔法じゃなければいい。ロイヤー侯爵様は徹底的に蹂躙せよと仰せだ。連中を蹴散らしてやれ」


 魔術師たちは顔を見合わせた。

 反乱者たちは密集している。さすがに人の中心に魔法を打ち込むのははばかられる。彼らとしては、適当に被害の少ないところに2、3発打ち込もうとと思ったのだ。


「早くやれ。なんのために、今まで無駄飯を食わせてきたと思っているんだ」


 仕方がない、と魔術師たちは諦めた。

 悪いのは無謀な反乱を起こした方である。

 何人死のうが知ったことではない。


 魔術師たちも無能ではなかった。

 しっかりと時間をとって呪文を詠唱。宙に魔法陣が描かれる。


 エレノア皇帝の名を叫ぶ住人たちの間で、突如、大火が起こった。炎は人から人へと燃え移り、広がっていく。

 そうかと思えば凄まじい突風が起こり、炎をさらに大きくした。


 人々が炎から逃れようと退く。

 だが密集しすぎていて退くに退けない。その混乱の中にさらに魔法が打ち込まれる。

 その場はみるみる地獄絵図と化した。


「なんということを」

 神殿からそれを見ていたアーナは怒り、顔を赤らめる。


 貸しなさい、とそばで弓を構える神官から弓を奪うと、一矢をつがえ、放った。

 その矢は見事に魔術師のひとりを撃ち抜いた。アーナの加護技スキル、『命中』の効果である。


 反乱者たちが怒号を発して、あるいは前に進もうと侯爵軍にぶつかっていく。侯爵軍はそれを容赦なく斬って捨てるが、やはり相手の数が多い。

 兵士たちは瞬く間に怒れる群衆に呑み込まれ、引き倒された。


 それを見ていた後方の魔術師たちは恐怖した。群衆を退かせようととっておきの魔術をしかける。

 魔術師のひとり、ロズ・バラードという男の加護技スキル『火属性』を使った魔術。10人の魔術師が連携したおかげで、それはすぐさま発動した。


 大きな竜巻がその場に発生する。しかも炎の竜巻だ。炎の竜巻は群衆を蹴散らし、燃やし、さらには街に火をつけていく。

 もはや、この混乱は収まりようがないかと思われた。


 アーナは炎の竜巻をなんとかしようと、止める神官たちを振り切って、前に進む。炎はそこらかしこに立ち昇り、火傷を負った人々がうめき声をあげる。


 ああ、なんということ。私は早まったのでしょうか。


 情熱に突き動かされ軽挙を行った。これはその結果なのだろうか?


 ふいに、誰かが空を指さして声をあげた。


「なんだ、あれは」


「こっちに来るぞ」


 そんな声。アーナが見上げると、確かに、黄色っぽい長方形の箱のようなものがいくつも空に飛んでいるのが見えた。

 それはどんどん近付いて来る。


 先頭の箱から藍色の光線が伸びる。それは未だ街中で暴れる続ける炎の竜巻に突き刺さる。炎の竜巻が消えた。

 さらに、箱たちはそれぞれ幾条もの水柱を噴射。各所に燃え広がっていた炎が瞬く間に消えていく。


 さらに大音声が響いた。

「我々はクローディウム帝国軍です。これより、この街は我が帝国の支配下に入ります。無駄な抵抗はやめ、我々の指示に従ってください」


 アーナは驚いた。周囲の人々も驚き、目を見開いて空を見ている。

 その空の箱からなにかギラギラと陽光を反射させて次から次へと人が飛び降りてくる。彼らはまるで鳥のように、自由に空を飛び回ると、ある者は放水して、炎を消し。ある者はオレンジ色の光を発して怪我人を治していく。

 金属のようなきらびやかな鎧のような服のようなものをまとった者たち。頭部は兜でおおわれていて、顔の部分だけ黒いガラスのようになっている。


 アーナの近くにもひとり降りてきた。小柄で、子供の用に見える。


「怪我人はこちらへ集まってくだしゃい」

 クローディウム帝国兵が呼びかける。

 だが、誰も彼も恐々と彼を見ているばかり。


「完全回復。範囲最大」

 兵士が声をあげて、右手の手甲のようなものをいじる。


 すると凄まじいオレンジ色の光の爆発が起こった。

 ああ、とそこらかしこで声が上がる。

 アーナはすぐに光が治癒魔術の光だと理解した。それも最上位のものだ。

 すぐに光は収まった。周囲の者たちが神を見るような目をクローディウム兵に向けている。


 アーナが驚いたことにオレンジ光はそこらかしこで起こっていた。地獄絵図が一変。

 クローディウム軍のおかげで大火傷を負って瀕死の者たちもたちどころに元気になり、笑っている。


 対して、ロイヤー侯爵の兵士たちは黒い粘土のようなものに囚われて首だけが出ている。

 クローディウム兵がその粘土を手から放射して、兵士たちを無力化しているようだ。

 魔術師たちも同様。黒い粘土によって首だけしか自由に動かない。いや、よく見ると口元までおおわれていて、話すことすらできなさそうだ。


 アーナは空を見上げた。

 黄色い箱のいくつかは城へと向かって飛んでいく。


 ロイヤー侯爵も年貢の収め時ですね。

 アーナはニヤリと笑った。



 フレベリアの中心にあるフレベリア城では、ロイヤー侯爵アングスが泡を食っていた。

 クローディウム軍の放送は彼にも聞こえていた。慌てて空を外を見ると、四角い妙な箱がこちらへ向かってくる。


「くそ、すぐに迎撃しろ」

 家臣に向かって怒鳴る。


 ロイヤー侯爵に言われるまでもなく、城ではすでに迎撃準備が整っていた。反乱が起こった当初から城は徹底的に防備を固めていたのだ。

 遠距離攻撃の加護技スキルや魔術が、近付いてくる黄色い箱を攻撃する。

 だが、それらは黄色い箱に命中する前に、なにか半透明な壁のようなものに遮られて、霧散してしまう。


「すぐに敵対行動をおやめください。従わない場合は、当方も反撃をいたします」

 黄色い箱からの大音声。


 それにより戦意をくじかれた兵士も多いが、さらにムキになって攻撃する者もあった。すると、黄色い箱から黄色い光が伸びる。それは兵士たちの体をおおい、黒い粘土のようなもので固めてしまう。


 さらに黄色い箱から人が飛び降りてきた。

 巨人もいれば小人もいる。そのうち、巨人がひとり、逃げようとしていたロイヤー侯爵の部屋へとやってきた。


「あなたがこの街のご領主ですか?」

 派手な色使いの金属の服のようなものを着た巨人が窓の外から言った。身長は5メートル近くあるだろう。


「そ、そうだ。私がロイヤー侯爵だ。そちらの最高指揮官と直接話したい」


「交渉は不要です。抵抗をやめ、従うのならば乱暴な真似はいたしません」

 巨人はにべもなく言った。


「エレノア皇帝と話したい。これは重要なことだぞ」


「我々にとってはさほど重要ではありませんよ。まあ、どうしてもというのならば、陛下に連絡をとっても構いませんけれど。陛下はお厳しい方ですから、即決で処刑されるかもしれませんよ」


 実際にエレノアは圧政を敷いた者たちには容赦がない。その巨人、トロル兵士は親切心から言ったのだ。


「とにかく、エレノア皇帝と話をさせろ」


「わかりました」

 トロル兵士は右腕についた操作パネルのボタンをポチポチと押した。


「フレベリア制圧の任に当たっている、第52部隊。隊長ガザックです。領主、ロイヤー侯爵を名乗る男性が、陛下との直接交渉を求めています。はい、よろしくお願いします」

 トロル兵士が右手の平を窓に向ける。

 驚いたロイヤー侯爵はさらに逃げ腰になるが、その目の前に、等身大の女性の姿が現れた。少し、透けているが、まるでその場にいるかのように鮮明な映像。


 美しい。

 ロイヤー侯爵はエレノアに見惚れた。すぐに自分の状況を思いだし、その場にひざまづく。


「わたくしがクローディウム帝国皇帝エレノアです。フレベリアの統治を任されたご領主殿ですの?」


「そう、そうです。私はアングス・ロイヤー。故アレキサンデル陛下より侯爵を位をたまわっております。私は、これより、陛下に忠誠を捧げます」


「あなたの忠誠を受ける前に、おうかがいしたいことがありますわ」


「はい、なんなりと」


「わたくしがお聞きしたいことは一つだけ」

 エレノアの両目が白く輝いた。

「あなたは貧しき者たちをどう思っておりますの?」


 エレノアの光がロイヤー侯爵に移った。エレノアの加護技スキルのひとつ、『真実の問い』だ。


「貧民など目障りなだけですな。できれば目に入れたくもない」


「なるほど。よくわかりました。ガザック、その者は我が帝国には不要です。他の兵士たちと同様の扱いでかまいませんわよ。もし、その者が公正な統治をしてきたのならば、誰かどうか手を差し伸べるでしょう」


「了解しました」


「ま、待ってください。私がいなくてはサウシアン大陸との交易もままなりませんぞ」


「興味ありませんわ。ごきげんよう」

 エレノアの姿は消えた。


 顔を赤らめて、エレノアを罵るロイヤー侯爵。その頭に窓から伸びた巨大な手が叩きつけられた。ぺちゃりと潰れる。


「陛下に対する暴言。万死に値しますね」

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