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エレノア皇帝の大義

 アルカディア歴1834年12月14日

 フレア教帝国エクス伯爵領ブライン


 フレア教帝国東南の都市ブラインとその一帯はエクス伯爵領である。当代のエクス伯爵ジェネルはかつてのネイヴル伯爵やグリンニル侯爵と同類。要するに、平民を徹底的に搾取し、虐げる悪徳領主であった。

 彼はエレノアの放送を見て激高した。


 なにが皇帝だ。小娘がいきがりおって。


 もちろん奇跡の光などなんら彼に感銘を与えなかった。


 そのため、教王が倒れ、さらには大神官ルインが宰相派を一掃したと遅ればせながら王都の弟から聞いた彼は、領地に引きこもることに決めた。こうなれば、この地で独立して王として即位してやろう、などと考えていた。

 そのためにはまず武力、とばかりに領民を徴兵することに決めた。


 だが、そこで都市ブライン周辺の村の領民たちが北へ移動し始めたと聞く。それに呼応するように他の村々でも同じように領民が村を捨てて移動を始めたらしい。

 これにジェネル・エクス伯爵は激怒した。すぐさま都市ブラインから2百人の兵と騎士たちを率いて、追いかけた。


 なにしろさんざん領主から虐げられ、弱らされた人々である。人々は飢えており、体力も少ない。移動も遅い。

 一方、兵たちは全員騎馬。半日も経たずに平民の群れに追いついた。


「伯爵様。前方に人豚どもを発見しました」


 先行させた騎士からの報告を受けたエクス伯爵は剣を抜いた。思ってうたようにスパっと抜けることなく、途中で引っかかり、もたもたとした動作で抜刀。その剣を掲げて振り下ろす。


「皆殺しにしろ。その首を集めて街に飾ろうぞ。よい見せしめになる」


 長年暴虐の限りを尽くしてきたエクス伯爵である。当然、その家臣の騎士に心ある者は残っていない。そういった者たちは讒言ざんげんの末、処分されるか、主君を見限って職を辞していった。


 騎士たちは血に飢えていた。地方では娯楽も少ない。街で平民の女を強姦したり、難癖をつけて平民をいたぶったり。そのくらいしかやることがない。

 久しぶりの狩りだ。逃げ惑う人豚どもをたくさん殺してやるぜ、などと息巻いて、我先にと、ボロを着た平民に殺到する。


 襲われた方はなすすべもなかった。体力のない子供や老人、病床の者もいる。逃げることなどできようはずがない。


 先頭の騎士が剣を抜き、馬上から老人の首に剣を振り下ろす。だが訓練不足か、剣は大きく外れて老人の頭の上を通り過ぎる。


「くそ、避けやがった」

 騎士が苛立ちの声をあげる。馬をそのまま突進させて老人を心配して振り返った子供を跳ね飛ばそうとする。


 怯えて立ち尽くす子供。


 馬の足が子供の体を踏みつぶそうと振り下ろされる。


 その時、一陣の風が駆け抜けた。

 今まさに馬に潰されそうになっていた子供も、先ほど首をはねられそうになった老人も、ともに姿を消していた。

 彼らは数メートル先に立っていて、わけもわからない様子で呆然と目の前に立つ女性の背中を見ていた。

 腰まである光を紡いだような黄金の髪。スカートから伸びた足は長く、白く、細い。女性の体からは白い光が立ち昇り、まるで炎のように揺蕩たゆたっている。


「悪党はどこにでも湧いてくるものですのね」

 女性がつぶやいた。


 獲物をかっさらわれた騎士が、突如現れた女性に目を奪われる。あまりにも美しい。だが、どこかで見た覚えが……。


「貴様、何者だ。我らがエクス伯爵様の騎士だと知って邪魔をするのか」

 居丈高に怒鳴る。


 女性がクスリと笑った。

「騎士? どこにそんな方がいらっしゃいますの? わたくしの目の前には野盗しかおりませんわよ」


 女性の姿が消えた。その直後、騎士の体が二つに割れた。腹から上がズルリと滑り、ボトリと地面へ落ちる。背を空にした馬だけが、所在なさげに立ち尽くした。


 さらにその後ろにせまった騎士とその周囲にいる兵士たちが割れる。次々と、馬にまたがる人間だけが二つに割れて死んでいく。

 村人たちは足を止め、呆然とその様子を見ていた。なにが起こっているのか分からない。


 エクス伯爵軍の馬足が止まった。

 前を走っていた者たちの上半身がポロポロと落ちていくのだ。恐怖のあまり、悲鳴をあげて、馬首を巡らせる。

 と、その者たちも死んでいく。

 突風とともに破裂していく。まさに死の風が吹いていた。


 エクス伯爵ジェネルも自軍になにか恐ろしいことが起こっていることに気づき、馬を止める。すでに半分近くの兵が死んでいる。騎士たちの中には加護技スキルや魔法で結界を張る者もいたが、まるで効果がなく、割れて死んだ。


「な、なにが起こっている。なんだ、これは」

 ジェネルは怒鳴る。

 

 と、一気に風がジェネルの元まで吹き、彼のそばにいた全ての兵が二つに割れた。


「あなたがこのならず者たちの統領ですの?」

 女が目の前の宙に浮かんでいた。


 神々しいほどに美しい女。そして見覚えのある女だ。


「エ、エレノア・ウィンデア」

 空に映っていた姿そのまま。いや、それ以上に美しい。なによりも迫力があった。


「お名乗りなさい。それくらいの時間は生かしておいて差し上げますわ」


「ま、待ってくれ。あなたに従う。あなたに忠誠を誓おう。私はジェネル・エクス伯爵だ」


 エレノアが微笑んだ。

 ほっとしたジェネルだが、その体は腹から二つに別れていた。緩んだ顔を載せたまま上半身だけが地面に落ちた。

 ジェネルだけではない。残る全ての兵士たちが上下に体を分かち、死んでいた。


「いりませんわよ。悪党の忠誠など」

 言って、エレノアは抜いた剣を鞘に戻した。


 そのままエレノアは宙を歩いて村人たちの元へと戻る。いくつかの村人の集団。3百人近くいるだろう。

 彼らの中でエレノアの正体に気づいた者のたちがおり、慌ててその場に平伏する。それに釣られ、波が起こるように他の者も平伏していった。


「頭をお上げなさい。話しづらいですわ」

 エレノアは言った。


 だが、誰も頭を上げようとしない。

 息をつめて、エレノアの言葉を待っている。

 仕方がなくエレノアは続けた。


「わたくしはクローディウム帝国皇帝エレノア。あなた方をわたくしの民として我が帝都へお連れします」


 だが、人々はうんともすんとも言わない。

「構いませんこと?」


 エレノアの問いにおそるおそる、村長のひとりとおぼしき老人が顔を上げた。


「その、本当にエレノア・ウィンデア様なのですね」


「ウィンデアの名は捨てました。今は、ただのエレノア。クローディウム帝国皇帝エレノアですわ」


 別の男が顔を上げる。初老の男。この男も村長だった。

「我々はあなたの民となることを決めました。どうか、あなたの国で暮らすことをお許しください」


「ええ。もちろんですわ」

 自分は性急に話を進め過ぎたらしい、とエレノアは反省した。彼らにしてみればようやく状況が認識できたところなのだろう。


 そこへ遠くの方から四角い箱が向かってくるのが見えた。エレノアはホッとした。村人たちを守るためにひとり先行してきたのだが、そのせいで彼らに不安を与えてしまったかもしれない。


「さあ、わたくしの家臣が来ました。ここからは楽をできますわよ」


 四角い箱は一つではなかった。何十と続いてくる。半透明の黄色金属ミスリルで出来た長方形の箱で、長さが30メートル近く。幅は10メートル。高さも10メートルという巨大さ。しかも、空に浮かんでいる。

 上部の側面はガラス張りになっており、中に何人もの人間がいるのが見える。


 黄金都市ゴルディーヘルムにあった統一王国アルカディア時代の遺物、乗用箱である。コントロールはドワーフしかできない代物である。


 箱が次々と村人たちのそばで着地。壁面の一部が開いて、そこから魔法金属で武装したトロルやエルフ、ドワーフ、レプラコーンが出てくる。もちろん、ヒューマンの戦士もだ。

 着ている物は全身をおおった甲冑だが、体に密着しており、色彩豊かで服のように見える。部分的に青色金属アダマンタイトであったり、黄色金属ミスリルであったり、白色金属オリハルコンが使われている。

 これもアルカディア王国時代の軍服である。


「陛下、おひとりで先に行ってしまわれて。せっかくのクローディウム帝国軍の初陣でしたのに」

 エルフの側近シンフォニアが言った。他の者もそうだが、頭部はフルフェイスの兜におおわれており、顔の部分は黒いバイザーで隠れている。


「仕方がありませんわ。乗用箱では間に合いませんでしたもの」

 エレノアは悪びれずに言った。

「さあ、我が帝国民を保護いたしますわよ。早く彼らを安心させなくてはなりません」


 エレノアの言葉で兵士たちが一斉に動いた。未だ平伏している村人たちを優しく起こして乗用箱の中へ連れていく。乗用箱の中はフカフカのソファが並んでおり、ゆったりとできる仕様。温度湿度も快適に保たれている。

 入った村人たちは、まるで楽園かと思ったほどだ。


「食事や水分補給が必要な方は言ってください」


 兵士からそんなことを言われ、空腹で今にも倒れそうだった女性が、子供になにか食べ物をください、と訴える。


 兵士が壁面の一部を操作すると、女性の座る座席の上から金属でできた手のようなものが現れて、コップと皿の乗ったトレイを女性とその子供たちの前に置いた。さらに別の手が伸びてきて、皿にパン、肉団子とサラダを、コップにオレンジジュースを注ぐ。

 子供たちがパンにむしゃぶりつく。それはあまりにも柔らかく、美味しかった。美味しい、美味しいと、声を上げる子供たち。すると、様子をうかがっていた他の村人たちも、次々と食事を所望。すべての座席の上部から何本もの金属の腕が伸びて、食事の準備をする。


 そうしている間にも乗用箱は移動していた。にもかかわらず中には振動ひとつない。もちろん音もない。


 一方、乗用箱の外では、ドワーフの兵士のひとりが、エレノアに言った。

「では、儂らはこのままブラインを制圧してきます。陛下は彼らとともに帝都へお戻りくだされ」


「あら、わたくしもブラインへまいりますわよ」


「いえいえ、陛下はもうしっかり暴れたじゃないですか。あとは、我らにお任せください」

 エルフの兵士が言った。

「我らエルフは戦闘も得意ですからね」


「それにやはり陛下は帝都においでいただいた方が良いですよ。我らの代わりはいくらでもいますが、陛下の代わりはおりませんからね」

 トロルの兵士が言った。


「分かりましたわ。では、あとはお任せいたします。よしなに」

 言ってエレノアは村人を収容した乗用箱の一つに乗り込んだ。



 アルカディア歴1834年12月14日

 クローディウム帝国帝都ゴルディーヘルム



 少し時間をさかのぼる。

 大神官ルイン・サークスがアレキサンデル王を弑逆し、皇帝を名乗っていた頃、エレノアは黄金都市ゴルディーヘルムで忙しい日々を送っていた。

 次から次へと黄金都市へとやってくる、ゴブリンほか三種族を解放し、その間に帝国の法整備や組織作りを進め、さらにはクレイモス王国と別動隊のアルベルト軍と密な連絡を取り、協議を重ね。


 そんな中、フレア教帝国各地で起こる民衆の反乱。街や村を捨てクレイモスに逃げ込む者たち。あるいは義勇兵としてアルベルト軍に合流する者たち。そして、黄金都市ゴルディーヘルムに来る者たち。

 平民だけではない。アルベルトとともにエレノアの家臣と化した地方領主の関係者たちも当然、各地で決起。クレイモスへの侵攻軍の第一陣には加わらなかった者でも、エレノアの放送により感銘を受け、立ち上がった者もいる。


 皇帝ルインが考えているよりも、彼が掌握している者たちはずっと少なかったのだ。


 黄金都市ゴルディーヘルムの黄金城の設備の一部に大陸中を上空から俯瞰した巨大な地図がある。それは地図というよりも、魔法により天空から地上の映像を映しているというものである。

 情報精査が得意なトロルたちが24時間態勢でその地図を確認。異常があれば、逐一、報告をする。


 現在、大軍を率いて王都へ向かっているのはアルベルト軍。そこに次から次へと平民やフレア教帝国から離反した者たちが合流している。

 今やその軍の規模は10万近くまで膨れ上がっていた。


 さらに、エフィレイアでは王都から軍が出ている。その数2万。各都市からの兵を集めながら、東へと向かっている。クローディウム帝国の敵となるか、味方となるか、未だ判断がつかないところである。


「使者を送ってみてはいかがです? ゲートを使えば、半日とかかりませんよ」


 エフィレイア軍をどう判断したものかと考えていたエレノアに、側近のエルフ、シンフォニアが言った。


 エレノアは首を横に振った。

「まだその時ではありませんわ。今は帝国の力を見せつけるときですもの」


 アルベルト軍にはゴルディーヘルムからもゲートを使って次々と援軍と物資を送っている。アルカディア時代の装備。工場で次々と生産される食料。通信設備。もちろん、それを運用できる者たちも。


 エレノアの戦略としてはアルベルト軍にフレア教帝国との決着を付けさせるつもりであった。

 それはアルベルト自身が望んだこと。


 父アレキサンデル王や弟を殺されたと知ったアルベルトは大きく動揺した。大神官ルインの発表では宰相一派が簒奪さんだつを図って、ということであったが、アルベルトは信じなかった。

 宰相やそれに加わった者たちの性格を知っているからだ。

 なにより、ルイン・サークスが皇帝を名乗ったことで、彼の野望は透けて見えていた。


「聖職者を名乗りながら、なんということを。必ずや家族の仇、取らせてもらうぞ」

 アルベルトは決意し、その旨をエレノアに相談した。


 エルフの魔法により遠く離れたアルベルト軍とゴルディーヘルムのエレノアは簡単に会話ができる。それどころか、通信設備を使って、クレイモス王都のフレベル王とアルベルト軍の軍幹部、ゴルディーヘルムのエレノアとその側近たちとの会議を開くこともできる。


 当初、エレノアとしては自身でフレア教王国王都へと乗り込むつもりであった。『聖女』によって魂を変容させられたアレキサンデル教王や大臣たちを治そうと思ったのだ。

 だが、ことここに至っては、アルベルトに決着をつけさせるのが筋だろう。


 エレノアは当面、ゴルディーヘルムにあって、大陸全土の動きに目を向けることにした。

 そんな時に、地方都市ブラインの周辺の村々で住民たちが移動を開始したという報告が来た。さらにブラインからそれを追いかける兵士たちが出ていくという報告も。


「エクス伯爵領の評判はよくありませんね。長い圧政により、領民はずいぶんと弱り切っているようです」

 トロルの側近ルヴァーシが言った。すでに離反したフレア教王国の者たちから、王国の内情の聞き取り調査をしている。


「では、この王都にお招きいたしましょう。わたくし自ら向かいますわ」


 これには反対の声も上がった。

 さすがに皇帝自ら救援に向かうなど大げさすぎる。


「ここのところ城から出ておりませんもの気分転換ですわよ」


 エレノアは言って、すぐに城の地下にあるゲートへと向かった。

 黄金城の地下には大陸の各地へ転移するためのゲートがいくつも備わっている。悪用されることがないよう、それぞれのゲートは城側からしか開くことができない。


「陛下。村人たちをゴルディーヘルムに招くならば乗用箱が必要でしょう。彼らが圧政にり弱り切っていることは確実でしょうし」

 追いかけてきたルヴァーシが言った。


 それでエレノアがようやく足を止めた。

「それはそうですわね」

 最短のゲートからでもブラインへは50キロ近く離れている。弱り切った村人たちには長い旅路だろう。

「軍用のゲートを使いましょう。乗用箱の用意も」


「せっかくですし、ついでにブラインを制圧してしまってはどうですかな?」

 ドワーフの側近ジェロリンが言った。


「そうですわね。いずれ、地方都市を制圧していくつもりでしたし。予定を早めることにいたしましょう」

 エレノアの決断は早い。


 こうしてエレノアは30個の乗用箱(軍用。武装あり)を引きつれて、ゲートで移動。乗用箱の収容人数はひとつにつき百人。3千人の軍である。


 乗用箱内の設備には周辺地図が映し出される。黄金城の支援あってのものだが、それもただの地図ではなく上空からの俯瞰した映像である。最高速度を出して村人たちを救援に向かう。


 だが、それでも間に合いそうもない。

 それほど状況は切羽詰まっていた。


「わたくしは先に行きますわ。大切な帝国民をひとりでも傷つけさせるわけには行きませんもの」

 言うなり、エレノアは乗用箱内から姿を消した。

 文字通り風に姿を変えて高速で移動する。


 こうして、あわや村人たちが虐殺されるところを間一髪救ったのである。


 無事、村人たちを収容して黄金都市に戻ったエレノア。城に戻ったところで、ブランを制圧したという報告を受ける。


「では、ブラインの人々を安心させなくてはなりませんわね。放送いたしますわ」

 はあ、と憂鬱そうな顔でため息をついた。


 実はエレノアは、この放送というものがあまり好きではないのだ。最初に大失敗をしたせいで苦手意識が芽生えている。

 それでもその有用性ははかり知れず、使わないわけにはいかない。


 すぐにレプラコーンとドワーフとエルフによる放送スタッフが魔法道具の機材を持ってやってきた。玉座でも放送できるがその場合、生放送になるので編集ができないのだ。


「陛下。いつでも大丈夫でしゅよ」

 鏡のようなものを持ったレプラコーンが宙に浮いて言った。


 コホン、コホン、コホンとエレノアは咳をして、レプラコーンの持つ鏡を見た。


「陛下、もっと柔らかい表情でお願いしましゅ」


「微笑んでいるつもりなのですが」


「目が怖いでしゅ」


「……」


 エレノアは目を閉じて楽しいことを考えた。楽しいことといえばクローディアスとの思い出。そういえばクローディアスにも表情が硬いと言われたことがある。

 あれは彼がまだロディと名乗っていた頃。セクプトからアロアーに向かう道すがらだった。


「お嬢はどうも周囲を威圧しすぎますね。無駄に」


「まあ、また失礼なことをおっしゃって。そんなことはありませんわよ」

 エレノアは小窓から御者台の青年を睨んで言った。


「なんというか、もう少し柔和な表情を心がけたらいいんじゃないですか?」


「そんな、面白くもないのに笑えませんわよ」


「こんな風に」


「あら」

 エレノアは御者の青年の微笑みに少しドキリとした。優しくさわやかな微笑み。

「ロディさんは本当に顔だけは良いですわよね」


「その言葉、そっくりお返ししたいですね」


「わたくしは、他にも色々特技がありましてよ。剣とか魔術とか。ダンスも得意ですし」


「ダンスはともかく、前の二つは物騒すぎますね。それこそ、もう少し普段から柔らかい表情を心がけないと怖がられますよ。無駄に」


「柔らかい表情といっても。こうかしら?」


 それにロディが吹き出した。


「……良い覚悟ですわね」


「ちょっとお嬢、剣を収めて。そういところが物騒なんですよ」


 ふふっ、とエレノアは笑っていた。

 懐かしい一幕。少しおどけたところのあるロディはクローディアスの性格とは少し違っていた。けれど、やはりそれはクローディアスで。クローディアスの誠実さと優しさの土台の上に築かれたお調子者の人格だった。


「とても良いですよ、陛下。そのまま、そのまま」

 エルフのスタッフが筒のような魔法道具を向ける。


 エレノアは、コホン、ともう一度咳をすると、ブラインの住民に向かって話始めた。

 領主であるエクス伯爵を討ったこと。村を捨てた住民たちを保護し、帝都ゴルディーヘルムに招いたこと。ブラインおよびその周辺はすでにクローディウム帝国軍の制圧下にあること。


「わたくしに不満を持つ者はすぐに街から出てお行きなさい。わたくしはわたくしを受け入れる者は帝国民として遇します。そして、わたくしはわたくしの民のためには労苦を厭わぬつもりですわ。わたくしはいつでも必要があれば、ブラインのために駆けつけます。ですから、ブラインの方々。クローディウム帝国民として恥ずべき行動は慎みますよう」


 ここまで言ってから、どうもあまり安心させている感じではない、とエレノアは気づいた。


「ともかく、あなた方の街ブラインは、クローディウム帝国のものとなりました。歓迎いたしますわ」

 最後に花が咲いたような笑顔を向けた。


 この映像は南東の都市ブラインの上空に放映された。住民はその日、歓喜し、お祭り騒ぎとなった。誰もがエクス伯爵を討ち、圧政の時代を終わらせてくれたエレノアに感謝の気持ちを抱いていた。

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