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クロウの追放

創造神は世界をお創りになられたあと、ふたつにお別れになった。

 つまり、光の神と闇の神の創造双神。

 創造双神はまぐわい、世界のことわりを司る7色の神をお産みになられた。


 すなわち。

 火を司る赤色神。

 命を司る橙色神。

 水を司る青色神。

 風を司る藍色神。

 宙を司る緑色神。

 地を司る黄色神。

 霊を司る紫色神。

 

 疲労した創造双神は大陸の中央でお休みになられた。

 それがこの地、ミッド大陸である。

         

             アルカディア聖教始まりの書より

 



 アルカディア歴1824年3月10日

 ルゼス王国アルダト子爵領バル村



「クロウ。君はこのパーティに相応しくない。パーティを出て行ってくれないか?」

 男が言った。


 鮮やかな緑色の髪を半透明の黄色金属オリハルコンのへアバンドで逆立てた若者。同じく黄色金属オリハルコンのタイトなしつらえの甲冑を着込んでいる。


 アルベルト・アルク、18歳、戦士。

 ここ、ルゼス王国の国王ドーマン・アルクの第一子であり、Aランク冒険者パーティ『ホライズン』のリーダーでもある。


「こんな時にか。あんたが、俺を追い出したいのは知ってたが、時と場所をわきまえた方がいいんじゃないか?」


 リーダーからクビを言い渡された男は、動揺するでもなく、いつものシニカルな表情で迎え撃った。


 長い黒髪は腰まで届くほど。前髪も長く、顔の左面を完全におおっている。前髪に邪魔されながらもかろうじて露出している右眼の瞳も漆黒。

 黒革の上下を着込んでいる。

 武器は手にしておらず、それどころか、小袋ひとつ身に着けていない。当然両手も空いている。

 クロウ、17歳。『ホライズン』の探査師スカウト


 クロウがそう言うのも仕方がないことだ。

 まだ火のくすぶり続けている家屋がいくつもあり、今にも雨の振りそうな曇り空へと煙が吸い込まれていく。

 傷つき、倒れ込む人々。火傷を負った者もいるが、怪我のほとんどは刃物による裂傷である。


 盗賊の焼き討ちにあった村。

 偶然、近くの街へ来ていた『ホライズン』は、村人の救援要請に応え、急ぎでここへ駆けつけた。


 盗賊団との戦闘。


 30対5。だが、戦いは一方的だった。『ホライズン』は、さしたる苦戦もせず、剣で、弓で、魔術で、盗賊たちを次々と倒した。


 まもなく動ける盗賊はいなくなった。

 半分は死に、半分はまるで彫像のように固まったままダラダラと汗を流している。

 クロウの力で動きを封じられたのだ。


 そこでアルベルトとクロウの口論が起きる。盗賊、ひとりひとりに止めをさしていこうとする、アルベルト。それを止めるクロウ。

 やがて日頃の鬱憤うっぷんを爆発させるように、アルベルトが冒頭の言葉を吐いたのだ。


「ああ、私は以前から不満だったさ。邪神の力を使う君が、『勇者』や『聖女』と同行しているのは、あまりにも不似合いだ。違うか?」


「邪神じゃないと何度も説明したけどな」

 クロウは頭をかいた。


 だが、アルベルトの言い分もわからないではない。

 今や、その出自もあいまって、アルベルトは『勇者』と呼ばれている。

 そしてクロウの妹ニーアはその加護技スキルから『聖女』の称号を受けている。


 闇の神シャドーと契約をかわし、その加護技スキルを使用するクロウは、確かに彼らの仲間にそぐわないだろう。


 クロウはアルベルトの後ろに立つ妹ニーアに視線を移した。


 白いゆったりとしたローブに金属製のメイス。首には光の神フレアのシンボルである二重正円のアミュレットを下げている。

 兄クロウと同じ長い黒髪。クロウの髪がボサボサと波打っているのに対し、ニーアの髪は、癖ひとつなく、細く柔らかい。

 黒曜石のような黒い瞳をクロウへと向けて、彼女はいつも通り無邪気に笑っている。


「兄さん、私、もういいと思うの」

 ニーアが場にそぐわない、楽し気な口調で言った。

「私にはアルベルト様がいるもの。兄さんがいなくなっても構わないわ」


 アルベルトが勝ち誇った顔をする。

 クロウに見せつけるようにニーアの肩を抱く。

「そういうことだ。ニーアにはもう君は不要だ。このパーティにもね」


「そりゃあ、結構なことだが。でも、あと一年、我慢しないか? そうすれば、お望み通り、あんたの前から消えるよ」

 クロウは言った。


 ニーアが兄離れしたことには満足している。そうなるようしむけてきたのはクロウだ。肩の荷が降りた気分だ。


「ダメだ。君とはここで別れる。それでいいだろう、バッツ、レイア」


 アルベルトの言葉に、『ホライズン』の残りのメンバー、戦士バッツと魔術師レイアがうなずいた。


 バッツは大柄な体を白い武骨な甲冑でおおっている。杖のように地面をついている長く大きな戦斧。

 今は兜をしていないので、刈り上げた金髪に柔和そうな顔立があらわになっている。25歳。


「あんたがいいなら、それでいいんじゃないか。アルベルト」


「私も賛成だわ。クロウは勝手な行動ばかりするもの」


 体に張り付くようなピチッとした黒いワンピースの上から、紫色のマントを羽織っている。

 頭にはやはり紫色のつばの広いとんがり帽子。手には長い杖。攻撃魔術師ウィザードのレイア。28歳。パーティでは一番年上だ。


 クロウを何度もベッドに誘っているが断られ続け、現在はバッツと男女の仲になっている。

 パーティでは、クロウ、ニーアの兄妹につぐ古株である。


「前から思ってたのよね。クロウがパーティの荷物になっているって」


 バッツが、うんうん、と頷く。

「確かにそうだ。お前は足手まといだ、クロウ」


 具体的にどう足手まといなのか突っ込んだ方がいいのか、とクロウは意地悪な考えが浮かんだが、口に出さない。

 バッツには自分の考えというものがないので言動にも責任を持たない。


「あと、クロウは私をいつも嫌らしい目で見ているしね。いつ襲われるんじゃないかって気が気じゃないもの」

 レイアが自分の大きな胸を隠すように両手で肩を抱く。少し演技過剰だ。


「そうだ。俺は気づいてたぞ。クロウ。そしてレイアは俺の恋人だ」

 バッツがレイアをかばうように前に出る。

 今にもクロウにつかみかかりそうな勢いだが、決してそんなことはしないだろう。 


「なあ、笑ってもいいのか?」

 クロウはあまりの茶番に失笑した。


 レイアが「バッツに襲われた」と夜中に泣きながらクロウのベッドに入ってきたのは3ヵ月ほど前だったか。

 もちろん即座に叩きだしたが。


「分かったか、クロウ。みんな君にパーティから出ていってほしいと願っているんだ。今すぐにでもね」

 アルベルトが言った。

 せいせいするという顔を取り繕うこともしない。


「荷物持ちとしては優秀だと思うんだがなあ」

 クロウは言った。


「素直で勇敢な者を新しく雇うさ」


「そうか。だけど、本当に、1年間我慢できないのか?」


「その手には乗らない。君は、その猶予で、ニーアやレイアを懐柔するつもりなんだろう。そして、1年後にはこう言うわけだ。あと1年我慢しないか、とね」


「はっきり言って、もう1日だって一緒にいたくないわ」とレイア。

 ざまあみろ、という冷笑。


「俺もだ」

 バッツが重々しくうなずく。


「兄さん、もう諦めて、消えてしまって。今まで、ありがとう。さようなら」

 ニーアが言った。

 やはり、無邪気な笑顔で。


 クロウはため息をついた。

 ニーアの、人として大きく欠落した部分が、『聖女』という称号で綺麗に隠されている。

 それは兄としては好ましかったが、この先被害を受ける者がいるかもしれない。


「分かった。出ていくよ。荷物はドレスマウスのギルドに預けておくからな。持ち逃げを疑うなら、ここで出してもいいが。あと数分で、雨が降り出す」


「そこまで疑いはしない。今まで、ありがとう。私が必ずニーアを幸せにするよ」


 アルベルトの言葉にニーアが顔を赤らめ両手で頬を押さえる。相変わらず満面の笑み。


「話は終わりだ。ニーア、早く怪我人を治してやれ。アルベルト、そいつは貰ってくぞ」


 クロウは言うと、彼らのすぐかたわらで片膝をつく盗賊に近づいた。

 若い。12、3歳といったところか。

 武具もサイズの合わない物を無理に身に着けているという様子だ。


「盗賊に慈悲など必要ないと思うがな。お前は甘すぎる、クロウ」


「命はさ、あんたが思っているよりも、ずっと貴重な物だよ」


「今まで何人も殺してきておいて、よくそんな言葉が出る」


「救いたい命は救うってのが、俺の信条なんで。救いたくもない命は救わないさ。例え、もったいなくてもね」


 クロウは盗賊の少年の頭に手を置いた。

 少年の体の下に、黒い影がスッと水たまりのように広がった。その中に少年が沈み込んだ。


「じゃあな。アルベルト、ニーアを頼んだ。できるだけ大切にしてやってくれると嬉しい。レイア、バッツ、楽しかったよ」

 ひとりひとりに向き合い、笑顔を向ける。皮肉なものではなく、優しい笑顔だ。

「ニーア。幸せにな。長生きしろよ」


 言うと、クロウは仲間たちに背を向けて歩き出した。

 畑の間を抜け、森の中へと入っていく。

 ポツポツと、雨が降り出した。


 それはすぐに土砂降りとなり、クロウを瞬く間にびしょ濡れにした。


 クロウは空を見上げた。

 木々の枝に切り取られた黒い空が、稲光いなびかりまたたいた。

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