デュースター村の現状
「話は終わったか?」
納屋の薄い扉越しに声を掛けられる。ルッツだ。
「え、ええ。終わったわ」
小夜は扉を開ける。
「婆さんは何処行ったんだ? 姿が見えないようだが⋯⋯」
小夜の顔を確認した後、ルッツはそう言いながら室内をキョロキョロと見回した。
「私にもよく分からないのだけど、急に消えてしまったの」
小夜は話が稚児こしくなるのを防ぐ為、老婆の正体が実は男性であった事と謎のウイルスに感染したスマートフォンの事は伏せて大体の事のあらましを話した。
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「あの婆さんが言ってた事は強ち嘘でも無かったって事か⋯⋯?」
「言ってた事?」
「ああ。あの婆さんはあんたが来る少し前、突然何処からともなく現れたんだよ。自分は王宮に仕えている魔女だ、これから聖女召喚の儀を行うから手伝えってな」
「そんな怪しい人を信じたの?」
「俺も今ならそう思う。あの時は正気じゃ無かった。何故だかやらなくちゃいけない事だと思っちまったンだよ」
ルッツは首を傾げながら言った。不思議そうな顔を見るに、如何やら彼にも何が何だか分からないらしい。
(あの男は⋯⋯一体何者なの?)
老婆の話は聞けば聞くほど謎が深まるばかりだった。しかし、このまま此処で何もせずに足踏みしていても無益な時間が過ぎて行くだけだ。
(今はどれだけ考えてもきっと答えは出ない。私はこの国を蝕む呪いを解く為に喚ばれた。そして、あの男は私に出来るはずだと言ったわ。彼奴に近付く為にも先ずはそれを証明して見せる!)
決意を固めた小夜は、ルッツに向き直る。
「呪いを如何にかして欲しくて聖女を喚び出したのよね? ⋯⋯もしかしたら、私も力になれるかもしれないわ。取り敢えずこの村の状況を見せてくれる?」
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夜が直ぐそこまで迫った頃、ルッツの案内の元、小夜は改めてデュースター村の悲惨な現状を目の当たりにした。
この村に住む人々の数は100にも満たない。ルッツによればその内の約半数が呪いに罹っており、既に大勢の命が失われているとのことだ。
「これは⋯⋯」
予想を絶する惨状に小夜は言葉を失った。
村全体が薄暗く湿気を帯びており、全体が背の高い木々に囲まれ北西に位置するこの場所は昼でも殆ど太陽の光が届かない。人間が生活を営むのに不向きな環境である事は一目瞭然である。
そして、杜撰にも路上に放置された生ゴミに飼養家畜の排泄物。そこには虫が群がり、鼠は我が物顔で闊歩していた。
(この村の立地も最悪だけど衛生状態はもっと悪いわ。上下水道や生活廃棄物の集積場が完備された現代ではまず考えられない光景ね)
呪いに罹った村人の状態も見せて貰った。
高熱に浮かされ嘔吐を繰り返す者や、頭痛や悪寒、倦怠感を訴える者。更には強い精神混濁症状の者までいる。
(う~ん⋯⋯此れだけじゃ断定出来ないわね)
問診から触診に移る。
更なる手掛かりを得る為、小夜は呪いに罹っているという若い女性の服を捲り、右手の人差し指と中指を使い優しく肌に触れてみた。軽く力を入れて押してみる。
「⋯⋯っ!!」
触診を始めてから間もなく、高熱に浮かされる女性の身体に現れたとある特徴的な腫瘍を見つける。
クルミ程の大きさのそれは、感染の疑いがある村人たちの太ももや腋窩など身体の至るところに点在していた。これはリンパ節での菌の増殖及びリンパ節組織の壊死が起こった為である。
また、打撲時の痣に酷似している黒紫色の斑点まで浮き上がっていた。
「間違いない、此れは——」
ハッと息を呑んだ小夜の視線は一心に腫瘍と斑点に注がれている。疑惑が確信に変わった瞬間だった。
一通り村内を見て回った小夜は真剣な面持ちで口を開く。
「これが⋯⋯この国全土でこの“呪い”が流行っているの?」
「ああ。俺が知ってる限りではな」
「そう⋯⋯」
(ルッツを始めとしたエーデルシュタイン王国の人達は呪いだと思い込んでいるようだけど此れは呪いなんかじゃないわ。私は此れを識ってる——)
小夜にはこの村を蝕んでいる呪いに一つだけ心当たりがあった。
実際に目にしたことは無く、知識としてのみ認識しているそれは、小夜が暮らしていた日本では遥か昔のことで今ではすっかりその脅威が忘れ去られた病。
病状の進行により身体が黒ずんで見えることから“黒死病”とも呼ばれたその病はかつて人々を恐怖のどん底に突き落とし、猛威を振るった感染症“ペスト”であると——。
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