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小夜、召喚。




 東京の医科大学に特待生として通うごくごく普通の大学生、黒宮小夜くろみやさよはある日突然、異世界へと召喚された——。

 それも、Tシャツにジーンズ、スニーカーという軽装で。




 冒頭ではごく普通と言ったものの、黒宮家は一般家庭に比べると大分貧しかった。家族構成は母、小夜、そして食べ盛りの弟が3人でそれなりの大所帯だ。

 母の花枝はなえは看護師をしており、子ども達に苦労をさせまいと休む間も無く働きに出ている。

 そんな母親の姿を見て長子である小夜は少しでも家計を助けようと最近アルバイトを始めた。授業終わり、週に3日3時間程を全国的にチェーン展開されているコンビニエンスストアでの就労に費やしている。


 未だ陽の高いうちに本日分の授業を全て終えた小夜は、いつものように大学から歩いて10分程の職場へと向かう。

 しかし、その日はいつもとは違うところがあった——。



 人も疎らな横断歩道、視覚障害者用付加装置から流れるカッコウのさえずりを聴き流しながら縞模様の路面標示を見下ろし足早に歩を進める。提出期限が来週に迫るレポートの構成を考えながら歩いていると、不意に視界がぐにゃりと歪んだ。


(⋯⋯勉強のし過ぎ? 疲れが溜まっているのかも)


 そう思った小夜は、揺らぐ視界と傾く頭を支える為に頬に手を当てる。


 しかし、小夜の願いとは裏腹に一向に症状は改善しない。それどころか益々酷くなる有り様だ。

 極め付けにはキーンと耳鳴りもする始末で、若さと元気だけが取り柄の自分の身体にもとうとうガタがきたかと自嘲じちょうの笑みをらす。


「っ⋯⋯うぅ⋯⋯⋯⋯」


 足元が揺れ、天地の境界が曖昧になる。自分が立っているのか、はたまた座っているのかすらも怪しくなってきた。


(倒れるにしても流石に道路のど真ん中は不味い⋯⋯っ!!)


 アルバイト先はもう目と鼻の先だというのに如何したものか。困り果てた小夜は込み上げる吐き気にギュッと目を瞑る。

 瞬間、ふわふわと身体が浮いているような感覚に襲われた。




 どれくらいの時間をそうしていただろうか——。それは数十秒にも数分にも感じたが、実際には一瞬の出来事なのかもしれない。


 幾分か症状がマシになった頃、小夜はそっと瞳を開いた。


「え? は⋯⋯? はぁッ!?!?」


 いつの間にか地面に座り込んでいた小夜は弾かれたように立ち上がる。


「何これ!? 何処ここ!?」


 混乱する小夜はしきりに辺りを見回す。

 目の前にはザワザワと風で怪しげに揺れる木々、太陽の光は遥か遠くすぐ近くでは地の底から這い出るような獣の唸り声が聴こえる。

 小夜がよく知る歩行者への配慮など皆無で猛スピードの車が行き交う交差点も、目前に見える筈の心優しき店長が待つアルバイト先のコンビニエンスストアも跡形も無く消え去っていた。



(勉強のし過ぎで遂に私、頭が可笑しくなったの!?)


 小夜は呆然と立ち尽くす。

 鬱蒼とした森の中、気付けば頭が割れそうな程の激しい頭痛も、つんざくような耳鳴りも、身体の奥底から込み上がる吐き気でさえも綺麗さっぱり無くなっていた。


「これは⋯⋯夢?」


 その時、一際ひときわ強い風がビュウと吹き付けた。目も開けられ無い程の強風が小夜の傷んだ栗色の髪を乱す。

 ぶるりと小さく身を震わせた小夜は自らの頬を力いっぱいに摘んだ。


(痛い——)



 ヒリヒリと痛む頬、やけにリアルな濡れた芝生の感触、鼻腔をくすぐる雨上がりで一際濃くなった土の香り。

 それらがこれは夢などでは無く、紛れも無い現実なのだとまざまざと知らしめてくる。

 それはまるで、微睡みが見せる幻覚であれと願う小夜を嘲笑うかのようであった。






貴重なお時間をいただきありがとうございました!

ここまで読んでいただけて嬉しいです!

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