資本主義はハックされる事によってのみ進化する
朝の8時に広場に集合、という約束だった。
でも、興奮して眠れなかったので7時過ぎには広場に着いてしまっていた。
「あら?
今日は随分早いじゃない。
ちゃんと起きれて偉いわよ、ザコップ。」
『おはようズヴィッチ。
あの、昨日借りたお金の話なんだけど…』
「別に急がなくていいわよ?
お金に余裕が出来たら返して頂戴。」
『多分、余裕が出来ると思う。
ズヴィッチ…
もう少し人の少ない所で話そう!』
「ちょ、ちょっとぉ!」
僕はズヴィッチの手を引っ張って広場の裏手に連れて行った。
ここなら人目が無い。
『スキルの事、人に聞かれたら困るんだ。』
「確かに。
デバフ掛かってるなんて誰だって知られたくないよね。」
『違う、そっちじゃない。
僕のスキルの本当の価値が解ったんだ。』
「デバフ以外にも効果があったってこと?」
『僕が授かった【5割引き】のスキルは額面通りの意味なんだよ。
まだ検証は終わって無いけど、どんな商品でも半額で買えるスキルなんだと思う。
現に昨日はポーションを2000ウェンで買った。
ほら、これだよ。
イオルマートで買ったんだ。』
「…不良品じゃなさそうね。
店員さん何も言わなかった?
それとも大売出しキャンペーン中だったとか?」
『どちらでもないよ。
店員さんは【4000ウェン預かりました】と言って2000ウェンをレジに入れたんだ。
このヒノキの棒なんか、定価2000ウェンの物を1000ウェンで買ったんだけど…
こっちが2000ウェン置いたのに、店員さんは1000ウェンだけレジに入れて残りの1000ウェンを僕に返して来たんだよ。』
「…うーん。
相手を錯覚させる能力ってこと?
それとも支払った金額を倍に見せる幻覚を見せた?」
『視覚的な意味の幻覚ではないと思う。
僕もインターン研修で習ったんだけど、イオルマート従業員はお金を受け取る時に目視と並行して必ず手触りでお金を確認するから。
もしも見た目だけを2倍に増やしても絶対に見破られると思う。』
「もしそうだとしたら、反則的なスキルね。
急にそんな事言われても、ちょっと信じられないけど。
私、昨日図鑑を隅々まで読んでたんだけど、そんなスキルは載って無かったわよ?」
信じられない、という気持ちもわかる。
僕だってそんな珍妙なスキルは全くの初耳なんだから。
『わかった。
実際に見せてみるから、それで判断して。』
「そうね。
ザコップのスキル、実際に見て見たいわ。」
『じゃあ、実際ズヴィッチに使ってみるね?
早速だけど、昨日僕は1万ウェン君に借りた。
それは覚えてる?』
「勿論覚えてるわ。
1000ウェン銀貨を10枚。
計1万ウェンをザコップに貸した。」
『じゃあズヴィッチ。
この1万ウェンをこの場で返すね。
どうぞ、受け取ってみて。
多分スキルは自動発動していると思うから、違和感に注意してくれると助かる。』
「本当に発動しているの?
全然いつもと雰囲気変わらないけど。
まあいいわ。
【確かに1万ウェンを返して貰いました。】
これでチャラ、貸し借り無しね。」
そう言ってズヴィッチは僕が並べた10枚の1000ウェン銀貨を5枚だけ受け取り、残りの5枚を僕に握らせた。
…間違いない。
このスキルは相手の精神そのものに作用するスキルだ。
洗脳の一種なのかも知れない。
『これが僕のスキルなんだよ。
君は1万ウェン受け取ったつもりで、5000ウェンしか受け取っていない。』
「はァ?
アンタ、ちゃんとスキル使った?
全然いつも通りよ?」
『もう一度言うね。
僕が1万ウェン渡したら、ズヴィッチが5000ウェンを返してきたんだ。』
「…数えなおすわ。
1・2・3・4・5。
ほら、【1万ウェンあるじゃない】。
ザコップこそ、デバフで勘違いしてるんじゃないの?」
話が堂々巡りになるな。
だが、しっかり者のズヴィッチが5枚の銀貨を何度も数えなおしながら「10枚!」と強弁している様子を見ると、ターゲットには知覚できない作用があるのだろう。
『じゃあ、ズヴィッチの買い物を代行させてくれないか?
僕が代わりに買い物して、半額で買えたら信じてくれるよね?
何か買わなくちゃいけないものある?』
「そうね。
じゃあ…
今日は薬草収拾の為の背負いカゴを買ってからフィールドに出るつもりだったの。
イオルマートで実験してみない?」
僕とズヴィッチはイオルマートの冒険者グッズ売り場に着くと背負いカゴを探した。
1つ2000ウェンか…
結構するな。
「ねえザコップ。
まずはアンタの財布を預かるわ。」
『うん。 どうぞ。』
「それと申し訳ないけど、ボディチェックをさせてね。
アンタはそんな事をする子じゃないけど、話の内容があまりに荒唐無稽だから。
…うん、お金らしきものは無さそうね。
それじゃあ、2000ウェンだけ渡すから、私の見ている前でカゴを買ってみて。
手元は隠さないように、ゆっくりと動いてね。」
僕は売り場に並んでいる背負いカゴを一つだけレジに持って行き、店員さんに渡した。
勿論ズヴィッチも後ろから付いて来ており、ずっと僕の手元を凝視している。
「いらっしゃいませ。
背負いカゴですね。
2000ウェンです。」
『はい、どうぞ。』
僕は2000ウェンをレジに並べる。
「ありがとうございます。
【2000ウェンお預かりました】
またの来店をお待ちしております。」
店員さんは、快活な笑顔で僕に1000ウェンを返すと1000ウェンだけをレジに入れた。
やはり、このスキルはどんなものでも【5割引き】で買えるスキルなんだ。
『どうだった?
後ろから見てた感想は?』
僕はレジから離れるとズヴィッチに1000ウェンを渡す。
「感想も何も…
アンタちゃんとスキルを発動させたの?
この1000ウェン…
どこかに隠し持ってた… 訳じゃないよね。」
『店員さんに2000ウェン渡したら、1000ウェンだけ返されたのはわかった?』
「…ずっと見てたけど。
そんな不自然な場面は確認出来なかったわ。」
『信じられないかも知れないけど。
このカゴと銀貨が証拠なんだ。
ねえ、ズヴィッチ。
僕は本当に凄いスキルを身に着けてしまったんだよ。
君には子供の頃から色々助けて貰ってるからね。
何でも半額で買ってあげるよ。』
「お申し出は嬉しいけど…
突拍子も無さ過ぎて実感が沸かないわ。」
『僕もまだ実感出来てないよ。
変な落とし穴が無いか、検証しなきゃだしね。』
ズヴィッチはしばらく考え込んだまま、黙り込んでいたが、ふと顔を上げる。
「ねえ、あそこの貴金属売り場に並んでるゴブリンの魔石…
売値10万ウェンって値札に書いてあるけど…
あれって冒険者ギルドでも買い取ってくれるわよね?」
『うん。
確か買い取りカウンターに魔石の買取表が貼りだしてあったよ。』
「OK。
じゃあギルドに戻って先に買取相場を頭に叩き込んで来ましょう。
ひょっとすると買取表の写しが買えるかも。」
30分程雑談しながら、2人で冒険者ギルドに戻る。
ギルド売店では買取表が100ウェンで売っていたので、100ウェン銅貨を黙って差し出す。
「おう、ありがとな。。
【確かに100ウェン受け取ったぜ】
他にも必要な物があれば、なるべくギルド売店で買ってくれよな。」
売店のオジサンはそう言いながら、レジから取り出した5枚の10ウェン鉄貨を渡してくれる。
お釣り、という意味なのだろう。
例によってズヴィッチは僕の真横から買い物の一部始終を観察していたが、やはり半額効果は分からなかたようだ。
「ゴメン。
目は離していなかったつもりなんだけど…
スキルの発動を確認出来なかった…
でも、確かにこの鉄貨が証拠よね。
何度もボディチェックさせて貰ったけど、ザコップは1枚も鉄貨を持ってなかったし…
少し信憑性が出てきたかも。」
『じゃあ、イオルマートで魔石買ってみる?
ゴブリンの魔石は7万ウェンで買い取ってくれるみたいだし。』
「やる価値はあるわね…」
そしてイオルマートで10万ウェンのゴブリン魔石を【5万ウェン】で購入してから、冒険者ギルドに戻る。
買い取りを申請みると、7万5千ウェンで買い取って貰えた。
『7万って書いてますけど、いいんですか?』
「かなり状態いいしね。
こんな綺麗な魔石ならイオルマートの商品棚にも並べられるよ。
美品は高めに買い取ってるから、どんどん売りに来てよね。」
『あ、ありがとうございます。』
商品を右から左に流すだけで2万5千ウェンの儲けだ。
こんなに楽に収益を上げてしまっていいのだろうか?
一旦ギルドから出て物陰に隠れると、ズヴィッチが1万ウェンを小遣いとしてくれた。
魔石の元手は全額彼女のものなので、これでも多すぎ分け前である。
『あの…
昨日の1万ウェン、朝は5千ウェンしか返してないから…』
「ん?
ああ、別に構わないわ。
仮にスキルで半分しか返して貰ってないとして、そのしわ寄せがどういう形で来るかを確認しておきたいから。
仮にそれが洗脳系のスキルだとすれば、効力に期限があるのか否かは知っておくべきでしょ?」
『た、確かに。』
「これからもよろしく、って意味も兼ねてだから。
5000ウェンは本当に気にしないで。」
『え? それってどういう。』
「私とパーティー組んでよ。
この場で正式にお願いするわ。
私… ザコップの役に立つ自信あるし。」
『ぱ、パーティー!?
ありがとう。
あのスキルだし、一生誰も組んでくれないかと思ってんだ。』
こうして僕とズヴィッチは正式にパーティーを結成した。
活動方針は、少しでもフィールドに出ずにキャッシュを稼ぐ事となった。
ズヴィッチ曰く。
《やり方次第ですぐに金持ちになれる》とのこと。
そうだね。
僕はHPも低いし、街の中で完結するなら是非そうして欲しい。
「ねえ、ザコップ。
私、近年世界中で蔓延している資本主義が大嫌いだったけど…
ハック出来る見込みが立った瞬間に、良いものに思えて来たわ。
ホーント、人間って勝手な生き物よね。」
同感。
社会って自分に都合が良ければそれだけで快適だよね。
【ステータス】
名前:「ザップ」(本名:ザコプット・ザグトベルト・ザレガノアス)
レベル1
HP 5 (10)
MP 3 (6)
腕力 3 (6)
魔力 2 (4)
器用 5 (10)
知性 5 (10)
速度 4 (8)
幸運 6 (12)
スキル:5割引き
効果:常時全ステータスが50%に半減するデバフが掛かる
このデバフは取得経験値や成長率、社会的評価にも適応される。
所持金:1万6000ウェン
債務 :40万円 (亡母と自身の人頭税として)
※月末までに未納の場合は鉱山奴隷落ち)
装備 ヒノキの棒・ポーション