雇用の調整弁は極めて有用である、特に決して逆流しない辺りが素晴らしい
冒険者ギルド。
定職に就けなかった者と定職に就く気が無い者の巣窟。
貧乏人とDQNの吹き溜まり。
但し、雇用の調整弁として王国経済に非常に貢献しているらしい。
(上手い具合に失業者や犯罪者を有効活用出来ている)
朝、学園を追放され
昼、徴税吏に脅迫され
午後、就職先の内定を取り消された僕は…
夕方、最後の選択肢として冒険者ギルドにやって来た。
人生でここまで激動な一日は初めてである。
流石に疲れた。
「ねえ、ザコップ。
アンタこんな所で何しているの?
今、卒業パーティーの時間でしょ?」
ギルドの入り口で話し掛けて来たのは僕の幼馴染である。
名はズヴィッチ。
女の子なのに昔から男の子の様な服装ばかりしている。
僕も出会ってから数年は同性と思い込んでいた。
ショートカットがトレードマークだったが、今は更に髪を刈り込んで丸坊主に近いベリーショートになっている。
この《ザコップ》という子供っぽい綽名はズヴィッチが付けてくれたもので、母さんが亡くなった今、他に僕をそう呼ぶ者は居ない。
『実はね…
外れスキルを引いちゃって、その場で退学になっちゃったんだ。
それで内定も取り消されちゃって…
月末までに税金払わないとだから、ギルドに登録しようと思って。
ズヴィッチは?』
「アンタと似たようなものよ。
アタシは…
スキル貰えなかったからさ。
それで追い出された。
とりあえず冒険者登録、と思ってね。」
そう言えば、先生たちが僕の他にも退学処分を下した生徒が居ると嘆いていた。
それがズヴィッチだったのか。
『僕、こんな所に入るのは初めてだよ。』
「入らずに済むならそれに越した事はないんだけどね。」
同時に溜息を吐くと僕とズヴィッチはギルドの扉を開ける。
昔は…
二人でこうやってよく遊んだっけ。
ふと思い出して、顔を合わせて笑い合う。
そういう状況じゃない事はよく分かっているんだけどね。
扉を開けた瞬間に、中に居た冒険者達が一斉に振り向く。
偏見でそう見てているだけかも知れないが、柄が悪い。
モヒカンの人や顔に刺青を入れた人、ナイフをペロペロしている人までいて…
《ああ、僕は落ちる所まで落ちたんだな》、と実感させられた。
噂ではヤクザが構成員をスカウトする時は冒険者ギルドを使うらしい。
それ位、チンピラ気質の者が多い。
「お子様ランチが来たぜーーwww」
「何時からここは託児所になったwww」
「冒険者ギルドも落ちたもんだぜwww」
僕達を見て冒険者達が嘲笑する…
と思ったのだが、ズヴィッチは別に笑われていないので、嘲笑の対象は僕だけのようだ。
「へいボクちゃん!
ここはガキの来る場所じゃないぜw
おうちに帰ってママのミルクでも飲んどきなww」
真っ赤なモヒカンのお兄さん(トゲトゲの肩パットを付けた上に、顔に刺青を入れて、ナイフをペロペロしている。)が、僕に顔を近づけて大声で笑う。
『あ、いや。
母親が死んだので、滞納分の人頭税を稼ぐ為にここに来ました。』
と答えると、「お、おう。」とか言ってどこかに行ってしまった。
どうやらマジレスしてはいけない場面だったらしい。
「ザコップ。
あそこの受付で登録するみたいよ。
行っておいで。」
『ズヴィッチは登録しないの?』
「する訳ないでしょ。
それこそ、お嫁に行けなくなるわ。
私は買取相場表を見に来ただけだから。」
ズヴィッチの言い分は正しい。
冒険者なんてどう考えても堅気の仕事では無いので、そんな所に登録しているなんて噂が立っている女の子には縁談が来ないからだ。
僕が受付カウンターに進むと、綺麗なお姉さんが満面の笑みで迎えてくれる。
「いらっしゃいませ。
冒険者ギルドにようこそ。」
そして上品な会釈。
ラベンダー系の香りがここまで漂ってくる。
『あ、あの。
冒険者登録をしたいんですけど。』
「畏まりました。
冒険者登録ですね。
それではこちらのプロフィールカードに氏名住所、職歴と学歴を御記載下さい。」
『え!?
が、学歴!?
それに職歴も必要なんですか?』
「ええ、学歴職歴は初期ランク設定に必要ですので…」
僕は絶句して硬直する。
こんなチンピラの巣窟ですら学歴が問われるのか!?
『そ、その。
僕には学歴も職歴も無くて…』
受付のお姉さんは一瞬だけ「嘘!? 信じられない!」という表情を浮かべるが、すぐに平静を取り戻し、何事も無かったかのように話を進める。
「それでは氏名と住所のみで結構です。
書き終わりましたら、こちらのステータスチェッカーに手をかざして下さい。」
お姉さんが指さしたのは、大きな紫色の水晶玉。
どうやらステータスを測定する装置の様だ。
『よーし、氏名住所を書き終わったぞ。
ここに手をかざせばいいんですね?
えい!』
気合を入れて水晶玉に手を伸ばした。
「ええ!
こ、この数字は!!!」
水晶玉に表示された数値を見たお姉さんの表情に戦慄が走る。
絵物語とかだと主人公のあまりの強さに周囲が驚く場面なんだけどね。
「嘘…
この子のステータス…
低すぎ!」
悪気は無いのだろうが、お姉さんは両手で顔を覆って絶句してしまう。
その反応、傷付くのでやめて下さい。
「ちょっと…
こんな数値はギルド創設以来です…
私一人では判断出来ませんので、少々お待ち下さい。」
そう言ってお姉さんは奥の部屋に引っ込んでしまう。
後ろから僕を見ていたズヴィッチが寄って来て尋ねる。
「何? 強すぎて驚かれちゃった?」
『逆だよ。
知ってる癖に。』
と僕が切り返すと、悪戯っぽく笑った。
懐かしいな、この子は昔はこんな笑い方をする子だった気がする。
いつからだろう。
ズヴィッチが笑わなくなったのは。
そんな事を考えていると、奥の部屋からさっきのお姉さんと白髪のオジサンが出てきて、僕の方を見ながら深刻そうな表情でヒソヒソ話し始めた。
嫌だなあ、この空気…
5分ほどヒソヒソタイムが続いた後、白髪のオジサンが僕に近づいて来る。
「はじめまして。
私は冒険者ギルド長のクラークだ。」
『あ、はい。
はじめまして。』
「結論から言う。
キミの冒険者登録申請は却下となった。」
『え、えええ~!?
冒険者って誰でも登録出来るって表の看板に書いているじゃないですかー!』
嘘じゃない。
冒険者ギルドの玄関には
【学歴・職歴・前科前歴・人種性別年齢不問
未経験者大歓迎!
貴方の応募を待ってます!】
と大きく書かれている。
「誰でも、か。
確かにそんな看板を掲げているな。
ただ。
…キミは《誰でも》の水準に達していなかった。
それが我々の結論だ。」
目の前が真っ暗になる。
え?
僕って《誰でも》の中にすら含まれていないのか?
思わず崩れ落ちる。
誰かが背中を支えてくれているのを感じる、恐らくはズヴィッチだろうか。
「それじゃあ、残念だけど。
これで手続きは却下と言う事で納得してくれるね?」
言葉こそ柔らかいが、有無を言わさぬ圧力でギルド長が僕の肩に手を置く。
或いは僕が弱すぎて勝手に圧を感じているだけかも知れないが、今はどちらでもいい。
どうしよう。
ギルドは僕にとって最後の砦だ。
ここで仕事を貰えなければ、他に職場がない。
昔はこの街にもいっぱい職場があったが、全てイオルマートに潰されてしまったからだ。
どうしよう、どうしよう。
途方に暮れる僕は、ふとメアリー様の言葉を思い出す。
「もしも生活に困窮して冒険者ギルドに
登録しなければならない事態に陥ったら…
《ワタクシの紹介で来た》と申請して下さい。
ギルド長には諸事申し付けておきますので。」
そうだ。
確かにメアリー様はそう言ってくれていた。
『あ、あの!
エスターライヒ家のメアリーお嬢様に紹介して貰ったんです!
僕、クラスメートで!』
エスターライヒの家名を聞いた瞬間、ギルド長が驚いて振り返る。
そりゃあそうだろう。
領主様の苗字なんから。
「え、エスター…
ではキミがズヴィッチ氏なのか?」
『あ、いえ。
ズヴィッチはあそこに居ます。
僕はその幼馴染で…』
ギルド長は慌てて僕の申請書を読み返す。
「ああ、ザレガノアス氏というのはキミか…
失礼。
2人登録しに来る、と名前だけ聞かされていたものでね。
まあいい。
メアリーお嬢様の御学友というなら、私も最大限知恵を振り絞ろう。
キミの状況だが…
《好ましくないスキルを授けられてしまって窮している。》
それで間違っていないね?」
『はい。
そのおかげで就職内定を取り消されてしまったので…』
「卒業式の日に内定取り消しはキツいな。
わかった…
それではこうしよう。
現時点のキミのステータスでは冒険者登録はさせられない。
よって依頼を斡旋出来ない。
ギルド憲章で登録必須基準が定められているからね。
だが、買取所・ギルドショップの使用は認める。
つまり近場で薬草などを摘んで来てくれれば、それを換金してくれて構わない。
ステータスが上がれば改めて登録の便宜を図ろう。
とりあえず、全ての数値を20まで上げて貰えるかな?
どのみち、冒険者として本格的に活動しようと思えばALL30は必要になってくるからね。」
ギルド長の救済案はありがたい。
何とか首の皮一枚で繋がった、というのが実感である。
『す、すみません。
助かりました。』
「加えて、キミが仕事に慣れて来たら昇格試験の受験も許可しよう。
その場合最低のGランクスタートになってしまうが…
まあ、そのステータスだ。
最初は街の近隣で植物や鉱石を収集する事をお奨めするよ。
勿論、人気の多い昼間以外は外に出ないようにね。
今なら薬草の原料のハーブ類。
これの買取強化キャンペーン中だから。
それを狙って集めてみる事を推奨するよ。」
『あ、ありがとうございます!』
やはり領主であるエスターライヒ家の影響力は絶大で、メアリー様の名前を出した瞬間にギルド長の態度が豹変して親切になった。
結局、世の中権力なんだよなあ…
「あ、そうだ!
理解していると思うが外は危険が多い。
最低一本はポーションを所持しておくように。」
部屋に戻りかけたギルド長が振り返って付け加えた。
「ねえ、ザコップ。
日没まで後2時間くらいあるから、最低限の買い物だけしときなさい。
ギルド長も言っていたけど、ポーション位は持って無いとヤバいわよ?」
『ポーション持ってないんだ…
後、お金も4000ウェンしか持ってない。』
「ザコップって割と人生詰んでるよね。」
『あの…
ズヴィッチ…
言いにくい事なんだけど…』
「お金なら貸してあげるけど…
借金を癖にしないようにね。
それで人生終了する人、いっぱい見て来たから。
明日から私も採集行くから。
8時に広場で待ち合せしましょう。
寝坊はしちゃ駄目よ?」
『ありがとう、一人じゃ心細かったんだ。
それと、いきなりお金借りちゃってゴメン…
一刻も早く稼げるようになるよ。』
こんな遣り取りがあって、ズヴィッチに1万ウェン借りてイオルマートに向かう。
相変わらず巨大なモールだ。
そして客でごった返している。
就職試験で見知った社員さんが何人か居たので、
追い返されるかと思ったのだけど、皆さん走り回らされているのでその心配はなさそうだ。
客が多すぎて、一人一人の顔など一々覚えていられないのだろう。
僕は冒険者グッズ売り場を覗いて、護身用の棍棒を試し振りさせて貰うが、重すぎて持ち上げるのがやっとだったので、ヒノキで作られた細長い棒を装備品にする事に決める。
(老人が山登りをする時に用いるものらしい。)
うん、これなら何とか振れるし何より歩き疲れた時に杖として使えそうだ。
2000ウェンか…
まあいい、流石に丸腰で街の外に出かけるのは自殺行為なので、このヒノキの棒を購入することにしよう。
レジには初老のくたびれた雰囲気の店員が立っていた。
驚くべきことにイオルマートでは、客が居ない間も立ってなければならないんだそうだ。
街の個人商店で、そんな酷い接客ルールがある店なんて一つもないけどね。
「いらっしゃいませ。
ヒノキの棒ですね。
2000ウェンです。」
『あ、はい。』
僕は1000ウェン銀貨を2枚出す。
貧乏人にとっては結構な出費だ。
「ありがとうございます。
【2000ウェンお預かりました】
またの来店をお待ちしております。」
ん?
店員のオジサンは僕の出した2000ウェンのうち1000ウェンだけレジにしまうと
残りの1000ウェンとヒノキの棒を手渡して来た。
『え?
あ、あの。
このヒノキの棒、確か2000ウェンですよね?』
僕は慌ててオジサンの間違いを指摘しようとする。
どうしてこの人は2000ウェンの商品で1000ウェンしか受け取らなかったのだろう?
半額シールなんてどこにも貼ってないよな?
「はい。
2000ウェンで間違い御座いませんが?
何か商品に不具合が御座いましたでしょうか?
レジを退出されてしますと返品は承る事が出来ませんので
商品の不具合が御座いましたら、ここで指摘下さいませ。」
『あ、いえ。
商品は問題ありません。
いい買い物を出来たと思います。』
僕がそれでも何かを言おうとすると、後ろに並んでいた冒険者グループから怒られる。
「おい、坊主!
買い物が終わったのなら早くレジから出ろよ!」
「最近の子は非常識ね!」
「俺達は忙しいんだ!
ヒノキの棒如きを買うのに時間を掛けるなよ!」
『す、すみませんでしたあ!』
ベテランぽくて怖そうな人たちだったので、走って逃げだしてしまった。
イオルマートは客が多いので、買い物をしたらすぐにレジから出なければならない暗黙のルールがある。
みんな忙しいからね。
それにしても…
2000ウェンの商品を1000ウェンで購入出来てしまった…
そして僕のスキルは【5割引き】。
これはひょっとして…
いや、流石に幾らなんでも。
『よし、検証してみよう!』
僕は薬品売り場に移動するとポーションを一瓶レジに持って行く。
このイオルマートではポーションが4000ウェンで売られている。
ちなみの世間一般のポーション相場は5000ウェンだ。
(この圧倒的価格差で、イオルマートが出店した地域の個人店は全て駆逐されてしまっている。)
さて、もしも僕のスキルが推測通りだとすれば…
「いらっしゃいませ。
ポーション一本で4000ウェンとなります。」
『あ、あの…
これ…』
僕は2000ウェンだけをおずおずと出した。
「ありがとうございます。
【4000ウェン丁度頂きます。】
本日は御来店ありがとうございました!」
店員は満面の笑みで僕の出した2000ウェンをレジにしまい込んだ。
「お待たせしました!
次の客様どうぞ。」
次の客が早足でレジ前に進んで来る。
神経質そうな顔のオバサンである。
僕はポーションを鞄に入れるとゆっくりと店を出る。
『これ…
半額で買っちゃった…』
【5割引き】
そう。
スキル授与の儀式の日に、このスキル名を見た瞬間。
僕は買い物に関するスキルだと思ったんだ。
《何でも半額で買えるスキルだとしたら凄い事だぞ!》
《あ、だけれど… ズル過ぎるから逮捕されちゃうんじゃないだろうか?》
思い出した。
授与直後は、そう感じたんだ。
説明文を司祭様が読み上げて周囲が失笑するまで、僕は強すぎるチートスキルを貰っちゃったんだと舞い上がっていた。
皆からゴミスキル扱いされて、そんな気持ちは霧消しちゃったけど。
でも、本当は僕の直感が正しかったんじゃないだろうか?
これ、何でも半額で買えちゃう気がする。
ただ、もしも本当に全ての商品を【5割引き】で買えると周りに知られたら
詐欺師予備軍として逮捕されるかも知れない…
いや、もっとひどい目に遭わされるかもだ。
あ!
そうか。
【効果:常時全ステータスが50%に半減するデバフが掛かる
このデバフは取得経験値や成長率、社会的評価にも適応される】
こんなに酷過ぎる説明文のおかげで、僕は周囲から無警戒なんだ。
特に【社会的評価】も半減しているから、こんな特異なスキル名にも関わらず精査されずに放置して貰えたのだろう。
…あ、ヤバい。
このスキル。
多分、桁違いのチートだ。
もしも全ての商品を半額で買えるとしたら…
勇者とか賢者とか剣聖とか…
そんなの比べ物にならないレベルの超絶無敵ハイパーチートスキルじゃないか。
皆、ゴメン。
君達と同じ時代に生まれちゃってゴメンね。
僕、洒落にならないレベルで無双しちゃうと思う。
【ステータス】
名前:「ザップ」(本名:ザコプット・ザグトベルト・ザレガノアス)
レベル1
HP 5 (10)
MP 3 (6)
腕力 3 (6)
魔力 2 (4)
器用 5 (10)
知性 5 (10)
速度 4 (8)
幸運 6 (12)
スキル:5割引き
効果:常時全ステータスが50%に半減するデバフが掛かる
このデバフは取得経験値や成長率、社会的評価にも適応される。
所持金:1万1千ウェン
亡母の人頭税を20万ウェン滞納中。
債務 1万ウェン (ズヴィッチ)
装備 ヒノキの棒・ポーション