95.婚約
な、ななななな……!?
薔薇のアーチが一定間隔で続く正面玄関外の、門に近いその場所にレイモンドが立っている。私の姿が見えて、中央へと移動した。
おかしいのは彼の周囲だ。
なぜ……観客のように人だかりが……。
これ、知ってる。
既視感がある。
私と光樹は十一学年違った。私をお母さんが産んだのは二十六歳と若かったからだ。だから小学生になってからも二回、両親の兄弟の結婚式に参列したことがある。
門へと真っ直ぐに続く石畳。
薔薇のアーチ。
周囲の人だかり。
風景は違うのに、なぜか挙式のあとのフラワーシャワーを思いだす。
なぜだ……!!!
緊張しながら噴水の横を通り抜け、何かを企んでいそうな彼の前に立った。
「受かった?」
「受かった」
さっきの前フリは偶然だったのかな。本当に何もなく、この予定だったわけ?
だってコレ……それしかないよね。
「おめでとう、アリス」
「ありがと。あなたもね」
周囲には人が多い。言葉遣いも気を付けないと。
初めて会った時よりも大人っぽくなって……もっともっと前よりも格好よくなった。太陽の陽射しに照らされた彼は物語の王子様のように綺麗で優しげなのに、獲物を狙うような赤の瞳は変わらない。
――彼が、指輪を持って跪く。
「必ず幸せにするよ。俺と正式に婚約してほしい」
乞われているはずなのに逃げ道は閉ざされている。
あんた……言ってたじゃない。無理にとは言わないよって。入学までに考えておいてって。在学中にその気になったらでもいいよって。
……本当に姑息。
周囲にはダニエル様とジェニファー様までいる。断れる状況ではなくして私に受けさせるって?
久しぶりに感じる強い執着。彼への道以外を潰される。
でも、こうさせたのは……きっと私。その道を笑顔で選んでくれると、これまでの年月で思わせた。
言葉を失う私に、彼が少しだけ不安の色を瞳に灯す。私のために不安になってくれる。
心が満たされる。
満たされていく。
私の好みは最初から歪んでいたのか、それとも彼が歪ませたのか。
「残念だったわね、レイモンド」
「え……?」
気取った口調で彼へと満面の笑顔を向けてみせる。
「明日まで待っていれば、私からお願いしたのに。お揃いの指輪をつけたいのって」
「――――!?」
ぜーんぶ、嘘だ。
勝手に私の選ぶ他の道を潰そうとするなら、ちょっとくらい悩めばいい。どうやってお願いするつもりだったのかなーって、無意味なことでも考えてしまえばいい。
私はあんたしかもう……選ぶつもりなんてない。それを思い知ればいい。
「明日の予定が一日早まったけれど、いいわよ。受けてあげる。私を幸せにしてちょうだい」
一緒に幸せになりましょうとか言う場面なのかもしれない。
でもあんたは……私がいれば幸せなんだよね? そう言っていたよね? だったらもう、あんたがずっと幸せなのは決まっているようなものじゃん。
――今の想いを、持ち続けてくれたのならだけど。
「一日だって早い方がいいに決まっている。幸せにするよ。好きだよ、愛している」
彼が指輪を私の左手の薬指にはめる。思ったよりも細い。レイモンドのご両親が結婚指輪と重ねづけしているのも分かる。
ダイヤのような小さな宝石が埋め込まれていて通常の指輪のように思えたけれど、付け根に届いた瞬間に吸い付かれるような感触のあと、はめている感覚すらなくなった。
……一体化……?
まぁ……なくさないで済むし、いっか。
「私もはめてあげる。あるんでしょ? 渡して」
苦笑しながら、彼がコートのポケットからもう一つを取り出した。ケースを開けてくれるので、中の指輪をそっと受け取る。V字になっているので、上下が分かりやすい。
スルスルと彼の左手の薬指にはめる。
あーあ、もう。
こんなにたくさんの人の前でなんて、まいっちゃうな。
涙で声が出なくなる前にと、彼に向かって大きな声でずっと言わずにいた言葉を放つ。
「いつか結婚したいくらいに、大好き!」
そう言って、彼に飛びついた。
周囲から歓声が湧く。
黄色い声もいっぱい。
男の子のヒューッなんて声まで。
涙があふれる私をそのままレイモンドが抱き上げて、びゅーんと回してぎゅぎゅーっと抱きしめる。
こんなに力強くされたの……久しぶりかもしれない。渇望していたものが全部、ここにある気がした。
「君の祈り……ここにいる全員に届いていたよ」
そっと小さく彼が言う。
「レイモンドこそ、こんなに人気者なんて知らなかったな」
あんなに遠くに住んでいるのに、普通こんなに人を集められる?
「いいや、あの光を放った彼女に婚約をここで申し込みたいから盛り上げてって声をかけただけだよ」
「――え」
「この周辺にいた人たち全員に」
ひっどいな、もう……。
「じゃ、逃げよっか!」
「空を飛んで?」
「いいや、ここでは走ってだよ!」
この言葉も周囲の人に聞こえているよね……。
「それじゃ、皆ありがとう! 学園で会ったらよろしくね!」
たくさんのおめでとうの声の中、二人で門まで走る。
「魔女さん、来てよ!」
またそれか。
「楽しそうねぇ〜、お二人さん」
「最高にね!」
まるで宮殿のような学園と、こちらに向けられる輝くたくさんの笑顔に手を振って、私たちは――、
思いもよらない場所にワープした。
レイモンドにとっては、予定通りなんだろうけどね!