94.実技試験
実技試験の内容が何かは……具体的には分からない。ここにいる受験者は皆、校舎三階の特定の窓の中に吸い込まれるように入っていくからだ。戻ってくる時間もバラバラだ。早い人もいれば遅い人もいる。
全員、何かの魔法を行使しながらだけど。
試験官二人のうち一人がレイモンドへと話しかける。
「用紙をお渡しください。鞄もお預かりします。こちらと同じ記号の紙を持つ試験官のいる窓へと入り、指示される課題の実行をお願いします」
記号は、試験官の座る机にも貼り付けられている。毎年試験内容は変わるらしいけれど、なんだろう。
隣に座る試験官によって、この間に採点までしてしまうようだ。衝立の中に用紙を入れて確認している。……十問だしね。
「では開始をお願いします」
試験官が手を上げると、三階の窓の側に立つ試験官が後ろへと下がった。そこへレイモンドが杖を大きくして飛んでいき、中へと入る。
……と思ったら、かなり早く戻ってきたし。
空中で一度止まると、宙にゴウッと火が燃えさかった。
え……何……怖いし。
光で体を覆って、杖からジャンプしてその中に飛び込み、戻ってきた杖にまたがると同時に火は消えた。こっちに来る途中で石の階段をつくり、優雅に降りてくる。
周囲から感嘆の声が湧く。
女の子の黄色い声まで聞こえる。
なんの課題だったの……全然分かんないし。
それに目立ちすぎだ。先に行けばよかった。このあとにやりたくない。
「……以上で試験は終了です。こちらと同じ記号の貼られた玄関受付で、筆記用紙の提出をお願いします。こちらもお持ちいただきご提示をお願いします。必要な物をお受け取りになりお帰りください」
「ありがとうございました」
筆記用紙以外に……何をもらったんだろう。
ケロッとした顔をしているけど、視線の集中業火だ。よく耐えられるよね。
「先に行くね」
「……うん」
少し……気後れするな、やっぱり。
もっと平凡な男の子がいい。一緒にいてもいいのかなって、自信が持てなくなる。
試験官から同じ言葉をかけられ、文房具なんかが入っている鞄を預ける。
ベルトから杖を取り出した。今日は水色のロリ服ではなく、上質でシンプルな水色のワンピースだ。冬なので生地も厚い。他の色のワンピースも今回ばかりはソフィたちが選択肢の中に入れてくれたものの、いつもの色の方が安心できる気がして、結局水色を選んでしまった。レースの位置やささやかなリボンの配置に、レイモンドの意志を感じた気がして……我ながら毒されすぎだ。
短時間のようだしコートも預け、杖にまたがって窓へと向かう。ミニスカではないから大丈夫だろうけど、一応空を飛ぶことも考えてドロワーズも履いているから下着は見えない。そのまま中の廊下へと降り立つ。
目の前には、後ろへと下がった試験官が座っていた。
「はじめまして。課題は『複数の魔法を使って、先ほどの受付まで戻ること』です。こちらの砂時計が落ちきるまでにお考えください」
……なるほど。
だから遅い人もいたのか。
飛んでいるわけだから風魔法は使うよね。
この学園への合格はほとんど才能で決まると言っていた。最初のテストだけできっとほとんど決まっている。だから……レイモンドのように派手な魔法を使う人はそんなにいなかったんだ。
杖にまたがりながら両手の上に水の球をたくさん浮かせたり。氷の階段を風魔法で跳ぶように降りてきたり。扱える魔法の総量をアピールする人が多かった。
火はやっぱり他の人も怖いのか、誰も使っていない。だから感嘆の声があがったのかもしれない。私も正直、怖い。
どうしようかなぁ……。
あのレイモンドのあとだし……しょぼすぎてもなぁ。
ふと、誕生日の時の魔女さんを思い出して、心を決めた。
「行きます。ありがとうございます」
窓から出て水槽のように水を出現させ、光魔法で身を包み、息を止めて杖の上から水泳のように頭から飛び込んだ。そこはかとなくレイモンドの真似でもある。実際は弾いてしまっているけれど水流や水圧のコントロールで泳いでいるかのように下まで行き、もう一度旋回して上まで戻り飛び出した。
赤く染まった魔女さんが海から飛び出たように優雅に杖の上に降り立ち、水は消える。
――試験の結果がどうであれ、この会場の全ての人に実りある未来と祝福を。
祈りを捧げて会場にいる人たちへと光りを放ち、新たに出現させた水の階段を風魔法を使って忍者のようにチャプチャプと跳ぶように降りる。
こんなもんでしょ!
……って、足が冷たい。水の階段を降りる時も光魔法で覆っておけばよかった。乾かそう。
「……以上で試験は終了です。こちらと同じ記号の貼られた玄関受付で、筆記用紙の提出をお願いします。こちらのご提示もお願いします。必要な物をお受け取りになりお帰りください」
レイモンドの時と同じ言葉を聞いて、戻ってきた二つ折りの筆記用紙と小さな本のような物を受け取る。机に貼ってある記号ではなく、身元確認欄の横に新たに書かれた記号を指差された。
「ありがとうございました」
視線も気にしたくなかったし、校舎へとすぐに戻りながら渡された物を見ると……。
生徒手帳じゃん!
え……この世界、こんなのあるの……もう名前まで書いてあるし。
「アリス様、待ってはいただけないですか」
歩きながら見ていると、いきなり話しかけられた。タイミング的に、他の場所で同時に試験を受けていた人かもしれない。
「は、はい……」
誰なの。なんで私の名前を知っているの。
「すごいですね、さっきの光魔法。俺の心に突然爽やかな風が吹いたようだ。まるで話に聞く聖女様のようです。クリスマスの夜もそう思いました」
胡散臭い男……。学年的にはたぶん、同じ中学三年生の終わりでしょ? 浪人していなければ。見た目は赤い髪に青い瞳で熱い男って感じだけど、その年齢でこのしゃべりはナイよね。
まぁ、都市ラハニノス出身なんだろうな……知らない人だけど、丁寧に対応しておこう。
「恐縮ですわ。ありがとうございます」
「俺の名前はカルロス・ブラウン。丁寧語なんて必要ないですよ。俺と違って高貴な身分だ」
高貴な身分……かな……。だからといって身分は何かと言われると……。説明も面倒だし、とっとと結婚したくなってきた。
「それなら、あなたもなくていいわ。同郷で、しかも同じ学園に通うかもしれないのなら必要ないわ」
「……お優しいですね、さすがアリス様だ。実はこの学園を受験することに決めたのも、お二人が志望されると聞いていたからなんです」
え……なんで聞いていたの。
今後の警備上の問題で、少なくとも騎士団や城の関係者は知っているはず。その息子かなぁ。
ううん……会話が難しい。どんな感じで接すべきかよく分からないし、逃げよう。
「優しくはないわよ。申し訳ないけど、玄関前でレイモンド様が待っているの。男性と二人で話しているのを見られたくはないので……」
「ああ、気付かなくてすみません。合格おめでとうございます。先にどうぞ」
「ご、合格……?」
「ええ、身元がしっかりと判明していて今日の試験の合格基準を完全に満たしている場合のみ、あの場で生徒手帳を渡されます。ほとんど貴族の方ですね。他は後日の掲示か、お金を払って郵送をお願いするかですね。高額ですが」
だから、どうしてそーゆー肝心の説明がないの! レイモンド!
落ちないか前に泣いて心配しちゃったし、この場でプレッシャーをかけないためかなぁ。
「身分の差をあからさまにするのもよくはないので、公式発表はされていませんけどね。ただ……結構皆知っていますよ。過去の受験者や卒業生から聞いている人は多い」
「そうなの……」
「受付にきましたね。どうぞあちらへ」
「ありがとう」
確かに受付が分かれている。彼は違う方へ行ったようだ。
カルロスって名前だったっけ。学園で会うかもしれないし、ラハニノス出身ならなおさら覚えておこう。
「お願いします」
「はい、お受け取りします。試験合格ですね。おめでとうございます。案内をお持ちください」
……このために、やや大きめの鞄を持っていこうと言われたのか……。
学園案内を受け取ると、外へと出た。