91.誕生日は海で2
「あの話し方が、あそこまで消えるなんてね」
「あれ、やっぱりわざとなの?」
「だろうね。御神託にならないよう気を付けているんだと思うよ」
「……なるほど」
そういえば前に、説得力を持つからあんなふざけた話し方をしているんだろうとか言ってたっけ。
「もう少し吹く?」
「うん……吹こうかな」
今度は二人きりで、砂浜に座ってシャボン玉を飛ばす。
「懐かしいな……」
「たまに、やってたよね」
「うん、雨の日の休みにやることもなくて、光樹が不機嫌になっちゃって。ベランダで飛ばしていた。雨に当たって割れちゃうからベランダ内でしか楽しめないけど……でも、戦隊モノにはまってからは要求しなくなったかな。大樹とテレビの取り合いばっかりしていた……」
全部全部、過去の話だ。
「ねぇ……レイモンド。私のどこが好きなの? 前に優しいと思うとは言ってたけど、レイモンドには優しくしていないし、弟たちの世話も多少はしていたけど、したくてしていたわけじゃないよ」
「あはは、知ってるよ」
「知ってるんだ……」
いつの間にか私よりもずっと背が高くなったレイモンドが、ふわっと頭をなでる。
声は相変わらず優しいけれど、たまに枯れがちだ。声変わりをしているんだと思う。体つきも逞しくなってきた。
どんどんと……変わっていく。
変わらずにいられるものなんて、あるのかな。
「アリスは俺にもすごく優しいよ。でも、優しくしなくてもいいんだ。アリスと一緒にいると楽しいよ。でも、俺に楽しんでもらおうとしなくてもいい」
ジェニファー様に私が言ったのと同じようなことを言うなぁ。ここが好きだと具体的に言ってしまうと、それを要求しているみたいになるから難しい。
「アリスは俺のどこが好き? どれくらいに好き? まだ……なし崩しに結婚してもいいくらい?」
聞かれたくなかったことを聞かれてしまう。
「どれくらい好きかは……保留」
「保留かぁ」
「どこがかは……」
ジェニファー様と話したあとに思った。好きになったきっかけはなんだっけって。
私も……優しいところが好きだとは言いたくない。要求しているみたいで嫌だ。そんな一言で表せるような簡単な好きでもない。
「んっとね……徳川十五代将軍を覚えているところ!」
「そこ!? え、そこ!?」
「誰にも言うつもりないし、きっと十五代将軍を言える男の子はレイモンドだけだよ」
「え、いや……そうだろうけどさ……え、えぇ……?」
「私の好みの男の子は、徳川十五代将軍を知っている苦悶系男子なのかなー」
「意味が分からないよ……、いや、名前だけで将軍たちが何をしたのか知らないけど……」
「こっちの世界で言えるのがレイモンドだけとなると、なし崩しに結婚するしかないよね」
「なんだそれ……」
苦笑しながら抱きしめられる。
でも……前みたいに、ぎゅーっとはしてくれなくなった。壊れやすい宝物みたいに、そっと包まれる。
……私はそれが不満だ。
すごくすごく不満だ。
むぎゅーっと抱き返すと、遠慮がちにそっと離れてしまう。
あの……親善試合の夜からそうなった気がする。
「そっか。でも、それなら俺……言っちゃおうかな」
「何を?」
「アリスを大好きになった、きっかけ」
「あるの!?」
いつもいつもそうやって、レイモンドは肝心なことを言ってくれない。
「早く教えて!」
「……知りたいの?」
焦らさないでほしい。試さないでほしい。どれだけレイモンドを好きかなんて……暴こうとしないでほしい。
「教えてってば」
自分とは思えない甘い声が出る。
すごく……恥ずかしい。
「あのね……」
悪戯っぽい目で覗き込むようにして見上げられる。
「風船に、八つ当たりをしていたのが可愛かったんだ」
「え……」
「俺の好みの女の子は、風船をバッシバッシ叩く女の子ってことだね」
「はぁー!?」
「風船はこっちの世界には残念ながらないし、風船に八つ当たりをしたことのある女の子は存在しない。アリスしか好きになれないんだ、俺は!」
「な……」
私と同じような言い方をして、爽やかに彼が笑う。
「そんなとこまで見るなー!!!」
「か〜わいい」
怒る私の顔を嬉しそうに両手で包む。
「好きだよ」
ふと……思った。
元の世界では、愛の言葉はどう発音するんだろう。今度聞いてみようかな。
彼の口から発せられる、いつもの意味を掴めないその音を聞きながら目を閉じる。
――ザーッと鳴り続ける波の無限の響き。
この日の誕生日プレゼントは、潮騒の音が聞こえる貝殻と、彼の手作りゼリーキャンドルだった。
今日という日を思い出すような青のゼリーにたくさんの小さな貝殻の入った、マリン風のアロマキャンドル。火を灯すと漂うその香りは、これからもずっと私の好きな匂いになる。