87.フラグ
「それなら着替えている間、俺は違う部屋にいるよ。着替えを持ってくるね」
来たすぐに、レイモンドが職員さんに色々と聞いたり用意してもらったりしていた。
貴族の息子とは思えないよね。魔女さんとのお泊り経験とか、まさかないよね……。
「買い取りで下着も用意してもらったからその……もし着替えたかったら……。あと、今着ている服を入れる袋はコレね」
ちゃんと下着は見えないように渡してくれる。そんなものを手渡されるのも恥ずかしいけど、私と目を合わさずに渡されるのも、なぜかときめく。
可愛い系なのに頼れる男子か……前の世界ではいないタイプだよね。
ソフィと買ったベビードールでも着て、ガバァっと見せたくなってくる……レイモンドの前にいると、経験もないのに痴女的発想をしてしまう気がする。
ショタ寄りの痴女に襲われないか、私が心配だ。
大丈夫、レイモンドは強い。催眠魔法も存在しない。大丈夫だ、狙われてもレイモンドなら逃げられる。
「レイモンド……痴女に襲われても、ちゃんと逃げてね」
「なんでいきなり俺の心配をしているの! もー、アリスは分かんない。ほんっとに分かんないよ」
「だろうね、ごめん。私の頭の中では繋がっているんだけど」
「着替えを渡すのと俺が痴女に襲われるのが?」
「うん。不思議だよね」
「まぁ……頭の中が痛みで占められるよりは、ずっといいよ。ちゃんと魔法を使ってね。無理に立ち上がろうとせず、魔法で腰を浮かせてドレスを脱いだり工夫してよ。俺もあっちで着替えてくるから。着替え終わったらまた冷やそう」
言って、レイモンドが立ち上がる。
「待って。お風呂は?」
「入る気でいたの!?」
レイモンドが電撃に撃たれたような顔をしている。
「駄目だよ、温めちゃ!」
「でも流すくらいはしたいよね。捻挫の時にも、あっちでもシャワーくらいは……」
「今日くらいやめようよ」
そりゃ、レイモンドもいるしやめたいけど……。緊張していたせいか、汗かいたんだよね。
ぶっちゃけ私、今……軽く汗臭い気がする。レイモンドに支えてもらうたびに、臭っていたらどうしようと気が気ではなかった。明日にはもっと臭くなっているかもしれない。
好きな男子がいる部屋で一人でお湯浴びと、好きな男子に臭いと思われるなら、絶対前者のがいい。
「軽く汗かいたし気持ち悪い。流すだけしたい。前の世界でも気を付けながらそれくらいしたし……」
「お、俺が手伝うのは……」
「絶対駄目」
「……女性職員を呼ぶのは……」
「知らない女性に見られたくない」
「ううん……流すだけだよ。洗面器にお湯を入れて、かけるだけで我慢してよ」
「分かった」
「浴槽にお湯を張ってくるよ……。その間は自分で冷やしていて。中に入ったら駄目だよ。浸からないで。あくまで手早くお湯を準備するためだ。お湯をくむのも魔法でやってね。体は動かさないようにね。はぁ……心配だなぁ……」
さっきまで使っていたアイスバッグらしきものを手渡され、レイモンドが浴室へと向かった。
◆◇◆◇◆
魔石に力を込めるだけなので、すぐにレイモンドが戻ってきた。
「ここ、シャワーがあるタイプだったよ。そっちも魔石に手を当てれば上部にある水槽にお湯がたまる。それは俺がしておいた。もう一度手をかざせば一定時間お湯が小さな複数の穴から勢いよく出てくるから、それを浴びてもいいと思うよ。使わなければ、そのままでいい。あとで俺が使う」
「ありがとう」
洗髪にはシャワーがあった方が楽だけど、さすがに今日はやめておこうかな。
白薔薇邸の浴室にはシャワーがない代わりに、美容院の寝ながら洗髪してもらえるような感じの寝そべられる長いタイル椅子とシャンプー台があって、バスタオルを上にかけながら髪を洗ってもらっている。
入浴を手伝ってもらうなんてと最初は思ったけれど、大事な部分も含めて手が届きやすいところは自分でやるし背中もしっかり泡々にしてもらえるし、実は快適だったりする。
でも、たまには一人で入りたいよね。たとえ、お湯をかけるだけでも。
「じゃ、そろそろ入ろっと」
「包帯はとる? このまま固定しておいた方がいいと思うけど」
「んーん、足はまぁ……今日は洗わなくてもいい。光魔法で弾いておく」
「分かった。連れていくよ。着替え……本当に気を付けてね」
また、動かないように足を支えられたまま浮かばされる。お姫様抱っこのような感じだ。持っているのは体ではなく足という……背中にも軽く手を当てられているだけ。魔法がなければ確実に床に落ちている。
「便利だなぁ、魔法」
「ヒールを履いている時は、今後数ミリ常に浮かばせておこうか?」
「駄目。歩いているように見せるのが大変そう。しかも足音がなくて幽霊みたいじゃん。それよりは足をもっと鍛える……頑張る……」
「幻覚魔法があればね。ヒールに見せかけるフラットシューズが作れるんだろうけど」
発想がなぁ……独特だよね。
「じゃ、入るね」
「ああ、気を付けてよ」
着替えも受け取り、久しぶりの一人お風呂空間にわくわくしながら脱衣所の扉が閉められるのを待った。