86.ショタ寄り?
……ここは本当に市庁舎なの?
どう見ても宮殿だ。意味が分からない。
すぐ隣に市庁舎の一部としての迎賓館があり、そこに案内された。
案内というか……足を痛めたということで、あらかじめ話を通してくれた騎士さんの手配で窓から入室した。
……魔法がある世界って、怪我をした人にも優しいのかもしれない……。エレベーターがなくても上の階への移動を外から浮いてできちゃうっていうね。そのために窓も大きめなのかもしれない。
気軽に浮けるって便利だなぁ……。
しかし、だ。
しかし、目の前に大きな問題がある。
「ヘアアクセサリーとか取っちゃうね」
「……足を痛めただけだし、自分でできるけど」
「痛い時には何もしたくないでしょ。じっとしていてよ」
婚約者ってことになっているせいで……同じ部屋だ……。
いや、ベッドは二つだけどね?
「ねぇ、今から部屋を二つにはできないの……」
「俺が身の回りのことはやるよ」
「自分で工夫しながらするってば」
「痛いのを我慢しているのかなーって心配しちゃうし、側にいるよ。アリス、何かあっても気を遣って頼めないでしょ。護衛も廊下にいてくれるし、必要なことがあったら俺が頼むよ」
しつこい……。
ハンスも含めて、連れてきた護衛さんのうち四人が残ってくれた。廊下で交代に見張りをしてくれるらしい。
要人なんだなぁ、とあらためて感じる。
「でもなぁ……」
「足、動かすと痛いでしょ。足が揺れてしまうようなことはしないよ、大丈夫。他の人だって、そう思ってるよ」
「ううん……」
「ヘアアクセ取ったし、ベッドに移動するね。クッションで足を高くするから。すぐに冷やそう」
風魔法で勝手に移動させられる……。
あらかじめ部屋に置いてもらったらしいアイスバッグのようなものに、レイモンドがカランカランと氷を生み出して中に入れた。
なんて便利な世界なんだ。
「感覚が麻痺してきたら言ってね。一度外して時間を置いて、また冷やすね」
「……自分でやるんだけど……」
どうなの、この……自分はベッドに寝っぱなしでお任せーなこの体勢……。
バレー部の時に、一度だけ捻挫をしたことがある。感覚的には痛むものの、これは軽そう。
「慣れてる感じだね。レイモンドも捻挫をしたことがあるの?」
「昔ね。処置はその時に見て覚えたよ」
「どんな時に?」
「え……」
あ、また可愛い顔になった。
言おうか迷って私を見て、口を手に当てて……。だんだんと顔が赤らんでいく。
キュンキュンする!
痛みも忘れそうなくらいにキュンキュンする!
「ね、どんな時ってば」
「んーっと……」
もしかして、こんな顔を学園で他の女の子にも見せる可能性があるってこと? それは絶対に嫌だ! 側にいて阻止しなくては。
「子供っぽいなぁって思うだろうけど……」
「うんうん、昔のことなんだよね。子供なら子供っぽいに決まっているし、大丈夫。教えて?」
「アリス……痛いはずなのに楽しそうだね。そうだった、苦悶系男子が好きなんだっけ……学園に入ったら悩んでいそうな男を近づけないようにしないと……」
苦悶している男子を好きなわけじゃないんだけど。レイモンドだからなんだけど。
「話を逸らさないで」
「仕方ないなぁ……。素速く安全に移動できるギリギリを試すために、杖に飛び乗ってスピードを出しながらの急カーブとか色々試した時期があったんだよ……。落ちて捻挫したことが……」
男子だ!
すっごく男子感がある!
「レイモンドの小さい時が気になるなぁ〜!」
「アリスの男の好みって……ショタ寄りだよね……」
なっにぃぃ!?
「それは大きな勘違いだよ」
「どう考えても、そっち寄りだって。完全に大人の男になっても、俺のこと好きでいてもらえるのかな……」
お父様みたいなムキムキマッチョのレイモンド……泣いたり迷ったりもせず、できる男に……。
「どうかな……好きでいられるのかな……」
「ほらね!? 絶対ショタ寄りだよ! あー、心配だ。頑張って、もっと好きになってもらわないと……」
そんな悩ましげな顔で、足を触らないでいただきたい。
でも……大丈夫な気がするな。
あのいかついお父様も、悪戯っぽい顔をした時はレイモンドに似ていて可愛らしく思えてしまった。きっと、ムキムキマッチョになっても彼のよさは残っているはず。
それに……ムキムキな筋肉も触ってみたい。他の男性の筋肉を触る機会なんてないし、レイモンドにどうにかしてもらわないと一生触れない。
あ、でももしかして鍛えているわけだし、既に腹筋は割れている……?
「ねぇ。純粋な質問をしていいかな、レイモンド」
「何?」
「レイモンドって……腹筋割れてるの?」
「なんでそれが純粋なの!? どうしてそんな話になったの!?」
そういえば、我ながらなんで純粋って言ったんだろう。エロく無い意味でって強調したかったのかな。
「……なんとなく」
「えー、どっちならいいの。ショタ寄りのアリス的には割れてない方がいいの?」
「割れてる方がいい」
「それならよかった! 割れてる割れてる。見る?」
「見ない」
「それなら、なんで聞いたの……」
つい条件反射で言ってしまっただけです……。
見るって言えばよかった!
ついでに触らせてって言えばよかった!
撤回しにくい……。
「そろそろ、一度氷離す?」
「うん、そうする」
つい断ってしまったのを撤回するにはどうしたら……何を言えば腹筋を見て触る流れになるんだろう……。真剣に悩み始めたところで、レイモンドが聞いた。
「今のうちに着替える? 着替えさせてあげようか?」
「結構です」
反対の立場だったら、着替えさせてあげながら腹筋を触ったのに。