83.アリスの決意
魔法でのサイモンとの戦いを一度見ていると……少し地味だな。でも怖い。
剣が右に左に振られるたび、本物の刃のようにきらめく。互いの剣がぶつかり合い、独特の音に息が止まってしまいそうだ。
激しく交錯し後ろに下がると、また空気を切り裂くように鋭く迫る。
レイモンドが格好いい……こんな関係者席じゃなくて、普通の観覧席で誰にも気付かれずにキャーキャー言いたい……。同じ中学校にいる剣道部のレイモンドに憧れていたら何かしらのラブドッキリハプニングがあって溺愛されました、みたいな平凡なストーリーがいい……。
何度かの打ち合いのあと、激しいレイモンドの一撃に相手が剣を落とす。
……たぶん、わざとなんだろうな。今回は見せ場をつくってレイモンドに勝たせるのが相手のお仕事だ。
互いに騎士の礼をとると隅の方へ行って簡易な鎧を外し、また中央へと戻る。身軽に動ける方がいいのかもしれない。
私たちの目の前に淡く光るシールドが張られ、もう一度、試合開始の音が鳴った。
次は魔法による親善試合だ。
レイモンドたちの体がスーパーなんとか人みたいに光り始めた……けれど、それも万能ではないことはもう知っている。盾と矛のどっちが強いか問題と同じだ。
大丈夫だと思うけど怪我はしないで……!
祈るように見つめる。
両者の体が宙に浮かび、瞬時に無数の石槍がレイモンドの周囲に出現した。相手へと勢いよく向かっていく。
火や水と違って魔法で出現させた石は意識しなくても勝手にそのうち消えてくれるから、レイモンドは好んでいる気もする。
相手からは水の矢が繰り出され、近くに迫った石槍は砂状に破壊される。消える運命の魔法による石はそんなに頑丈ではない。水の矢も当然、レイモンドには届かない。生み出された石槍によって相殺される。
二人とも、ただの挨拶ですよって顔だな……。
いきなりレイモンドの光のバリアが分厚くなった。それを合図に、両者が稲妻のようなスピードでぶつかり合う。激しい炎がレイモンドの杖から繰り出され続け、宙に浮いている二人の足元にまで、何もないところから火が生み出された。
――空中に浮く炎の池だ。
相手の鋭い氷の刃が増殖しながらレイモンドを追っていく。避けながら生み出した石で急旋回すると、氷の刃を切り裂いて、その破片すらも弾丸のように舞い踊る炎の隙間から相手を狙う。
炎に隠れた地面から土が突然隆起し、相手へと襲いかかる。それを高く跳んで避けると、分厚いプールのような水が火を消していく。その間も、両者の攻撃は止まらない。
……なんで平和な世の中に、こんなことができるの……。
親善試合。ただのお遊びではないことは知っていた。両者とも国を背負っている。相手もわざと負けることは決まっていても、強さは見せなくてはならない。
戦争になれば、どちらの国も無事ではない。それを確認し合うための催し物だからだ。
こんな魔法を行使できる人たちが戦争で何人もぶつかったら、タダじゃすまないよね……。
自室に置いてあった『洗脳戦争の歴史』の本を思い出す。
神様のご加護が目に見えていても、罪悪感があると使えないなんて制約があったとしても、人は戦うことから完全に逃れることなんて、できないんだな……。
教会にも、苛立った時に攻撃的な魔法を内部に繰り出してもいい頑丈で大きな箱が置いてあると聞いた。八つ当たりボックスだ。優しいだけではいられないのが人間というもの。
それでも……ここは地球とは違う。常にどこかの国で内紛くらいは起こっていた、あの世界とは違う。定期的な聖女の出現と目に見える神の加護によって人々の心は比較的安定し、罪悪感があると魔法を使えないという制約のお陰もあって戦争も内紛も回避はできる。
こうやって、牽制し合うことで……。
「私にも、何かできたらいいのに……」
つい、呟いてしまった。隣によく知った護衛さんがいたからかもしれない。
ここには魔道士ランクの高い護衛さんしか連れて来られなかった。執事のサイモンは留守を預かっているし、ハンスはすぐにレイモンドへと駆けつけられる位置の関係者席に座っている。
だからソフィたちもいないけれど……でも、白薔薇邸内の知り合いは結構もう多くなっている。
「アリス様は、お優しいですね」
「つい、思ったことが口をついてしまったわ」
よそ行きの言い方で肩をすくめる。
――これ、収拾つくのかな……。
激しすぎて、決着のつけどころが見えない気がする。息継ぎをする暇すらなさそうだ。
「ねぇ、アリスちゃん」
レイモンドのお母様が、立ち上がって私の横に来た。なんだろう。
「もしアリスちゃんにその気があるのならだけど……」
「は、はい」
こしょこしょと、とんでもないことを耳打ちされる。
「えっと、私……あまり目立ちたくはない気が……」
「あら、いつかは目立つわよ。やりたくなければいいの。決着もいずれはつくわ。ただ……両者とも楽しんでしまっているから長引きそうなのよね」
「楽しんで……ますか」
「思い切り力を出しても大丈夫そうだと、お相手の騎士様も楽しまれているようね。普段なら、もう同じくらいの力を出して派手に相殺し合って終了している頃なのだけど。レイモンドも楽しくなっちゃっているわね」
「……それ、逆に何かすると迷惑になってしまうんじゃ……」
「いいえ。もしその気があるなら、今からすぐに関係者各位に伝えるわ」
「お、お父様は……」
レイモンドのご両親のことは、お父様やお母様と呼んでいる。差し支えなければそう呼んでと言われたからだ。
「大丈夫。さっきのアリスちゃんの言葉を受けてすぐに相談をして、了解をもらったわ」
私の独り言のせいか!
ああ、いかついお父様が優しい笑みをこちらに……いや、悪戯っ子みたいな? あれ、こんな表情をするとレイモンドによく似ている。
会場に目を移すと、バッシバッシ相変わらずやり合っている。まるであのアニメのようだ。
でも……扱っている魔法の総量はレイモンドの方が上かな。確かにわざと圧勝せずに引き延ばしている感じはする。
「迷惑じゃないなら……やってみます」
「そうこなくっちゃ。関係者に連絡しているうちに勝負がついたらやめましょうね。肩書きはどうしようかしら。魔女様の……か、それともレイモンドの……か。ただの女の子ではさすがに無理。好きな方を選んでちょうだい?」
お母様も、お父様とそっくりな表情をしている。
二人とも、実は悪戯好き?
クリスマスの夜の私が放ったあの光は、当然ご両親にも届いていた。今の私が行使できる力の大きさもご存知だ。レイモンドや執事のサイモンからも報告があがっているはず。
あの日の夜のレイモンドのような顔をしているよね。
やっぱり……家族なんだな。
少し、羨ましくなってしまう。
よし、やっちゃおうかな。
あの日と同じくヤバイヤバイって思うだろうけど、彼をびっくりさせちゃおうかな。
「レイモンドの方で、お願いします!」
私も、ご両親と同じ表情で微笑んだ。