82.親善試合開始
そうして春になった。
保育園ではリコルルちゃんたち年長組が卒園した。保護者の前で得意なことを披露もするし私たちまでいると気がそぞろになってしまうかもしれないので、卒園式の数日前におめでとうを言いに行った。
卒園したら、次は小学園という学校へ入るらしい。七年間の就学が義務付けられ、卒業したら二年間の希望進路別の学校に入ることが平民は一般的だとか。
騎士学校やメイド養成学校などの他にも、お店を継ぐ予定の子は財務会計専修学校であったり、魔道具製造系に進みたい子は魔法工科学校であったり……色々あるようだ。
前の世界でいうところの中卒の年齢で働き出すのが普通で、王立魔法学園や魔法に特化はしていない王立聖学園はその上にあたる。王族や貴族は家庭教師より学び、どちらかに入るのが一般的らしい。
ラハニノスのように国境と接する貴族の領地にも同様に、人数は王都と比べて少ないけれど魔法学園と聖学園がある。通うのは平民がほとんどだ。富裕層が多いけれど、才能があれば特待生としても入れる。領地内や周辺の貴族がそこへ通うこともある。
この地域にもラハニノス魔法学園があるけれど、レイモンドが言っていたように保育科は設けられていない。ただの保育士さんには養成学校を卒業して試験に受かればなれるし、聖学園にも選択科目として保育課程が存在する。
次の春は王立魔法学園にいるのかなと思うと緊張感が高まる。
今は……違う緊張が走っているけれど!
私が座っているのは、隣国ユンブリッジ王国との親善試合を観戦する特別席だ。野球ドームのような……または歴史の教科書で見たコロセウムのようなところにいる。普段は騎士同士で戦うとか。西部基地である第四施設団の中から選ばれるらしいけれど……国境の領土に接している領主の息子も、学園に入る前年度に参加するのが慣例となっている。
一応その場合は勝たせることにはなっているようだ。けれど、明らかに実力が劣っている場合、観覧者にはどちらの実力が勝っているか分かってしまう。だからこそ、その場合も若さのせいにできる今の微妙な年齢に参加させられる。
ただまぁ……国境にあたる部分が領地の貴族はレイモンドのように大体強いと相場は決まっているらしい。血筋なのかな、やっぱり。
「大丈夫よ、アリスちゃん。今日は付き合ってくれてありがとう」
「は……はい」
「私たちは前の席に行ってしまうけれど、一緒に見ましょうね」
「はい」
ハイしか言ってない!
でも……何を言ったらいいのか……。
レイモンドのご両親は、会場に張り出された特別席の一番前に座った。隣国のノヴァトニー侯爵夫妻と少し隙間を空けての長机に座っている。周囲には護衛さんも何人もいて……、私はご両親の後ろの関係者席に座っている。
もう……試合開始前なのに精も根も尽き果てた……。
ここまでは、早朝から午前いっぱいかけて魔法の馬車みたいなものに乗って飛んできた。馬には引っ張らせない。庭園のガレージハウスのような場所にあったもので、空中移動用の神風車だ。ハンスも含めて護衛の人がその前後に座って飛ばしてくれる。ご両親とは別々の神風車だった。
騎士の方たちも何人かが護衛として周囲を警護しながら飛んでくれていた。
この会場のバカでかい駐車場のような広場には、こちらと相手の乗り物が置いてあった。お互いのほとんどの騎士は、それに乗ってきたんだろう。
どちらも……移動用小型迎撃用空中要塞って感じだった。戦争が起きたら魔導騎士団が相手の攻撃をアレで防ぎながらガンガン魔法攻撃をしまくるのかもしれない……平和が続くことを祈るのみだ。
そんな景色を見るだけでもお腹いっぱいだ。お互いの騎士団の団長やレイモンドのお父様とノヴァトニー侯爵の挨拶、レイモンドやお相手の騎士の挨拶も聞いて……正直なところ、自分が女であることを神に感謝したい気になった。
今後、挨拶をしたり社交的なことが必要になったとしても、男性ほど表には立たないで済むことにほっとする。
レイモンド……頑張ってね……せめて結婚したら私ももっと、彼を癒せるような可愛い言葉をかけるように務めよう……。
「両者ともご準備はよろしいでしょうか。それでは、試合を開始いたします」
会場から司会の方も退場し、どこからかバーンとシンバル音が鳴った。
――試合開始だ。
まずは剣技。
剣は、それっぽい形をしているだけで鋭い刃はついていないらしい。
こうやって見るとレイモンドの若さが際立つ。
あっちの世界で私は、百六十センチ弱の身長だった。体が巻き戻った誤差はあるだろうけど、レイモンドは私の少し上だから、たぶん百六十五センチくらい……相手との身長差もあるし体格も違う。どうしても心配になってしまう。
簡易な鎧も着ているけれど、重そうだ。
大丈夫だと思うけど怪我はしないで……!
互いに間合いをはかっている様子のあとに、足元から砂埃が立つのが見えた。