81.二回目の花火とプレゼント
「あーあ、やらかしたー。レイモンドのせいで」
「最高に楽しかったよ。アリスのお陰で」
白薔薇邸に戻って庭園の芝生に座る。そのままゴロンと寝転ぶと、頭が地面につく前にすかさずレイモンドが腕枕をする。
今日はもう少ししたら、花火が打ち上がる。前回とは違って毎年恒例だとか。ここからもよく見えるらしい。
「ねぇ、アリス。本当に戻らなくていいの? 地味な服に着替えてからもう一度、出店を見てもいいのに」
「んーん、今日はもういい。欲しいなーって思うものもなかったし、疲れちゃった」
「ここ、寒いでしょ。バルコニーの方がいいんじゃない?」
「過保護だなぁ。一度、寝そべって花火を見てみたかったし、ここでいいよ」
「それなら空飛ぶベッドで見る?」
それも……捨てがたいけど……。
「そのまま寝そうだし、やめておく」
「寝てもいいのに。ここだと風邪を引いちゃうかもしれないよ」
「うーん……」
確かに、地面は思ったよりも冷たい。コートの上からでも感じる。
悩んでいるうちに花火が打ち上がった。
「やっぱり綺麗だなぁ……」
「いくつか見たら、せめて座ろう。体が冷えちゃうよ」
母親かって言いたくなるなぁ。
バーンバーンと破裂音が二人きりの独特の空気を打ち消してくれて、ほっとする。
今なら……渡せるかな。
「私ね、レイモンドにクリスマスプレゼントがあるの」
「えっ! また手紙でもくれるの?」
ウキウキしている。
前の……短いメッセージじゃん。手紙って言えるほど長くはなかったけど。
「んーん。コレ」
一度起き上がって、ポシェットからハンカチを二枚取り出した。
「刺繍したの。私なりには頑張った」
「あ……ありがと……」
あれ。また涙ぐんでいる?
うーん……普通はこれくらいでそうはならないよね。私のために尽くしてくれているから、こうなるんだよね。
そこまで勉強をしないで受かった英検はほっとする程度だったけど、結構頑張って覚えた漢検で満点をとって特別な満点合格証をもらった時には泣きそうになったし。そーゆーのって、頑張りに比例するよね。
いずれあっちの世界から存在ごと消すつもりの私を見ながら日本語を覚える作業……悲痛な思いがなかったとは考えられない。
相手が私でなければ、もっと可愛い言葉とか言ってもらえて、もっともっと嬉しいことがたくさんあったかもしれないのに。
ハンカチには、男の子と女の子の柄を縫った。もちろん女の子は水色のワンピースを着ているし、男の子の髪は金髪だ。レイモンドのイニシャルも入れた。二人の頭上には幸せの青い鳥。くちばしには四つ葉のクローバーをくわえさせた。
もう一度、寝っ転がる。
「自分用にも二枚縫ったんだ。私のイニシャルで」
「ありがとう、アリス。大事にする。アリスのことも、絶対に……幸せにするから」
「もう幸せだよ」
「ずっと、ずっとだよ……」
レイモンドが私をひょいっと半回転させるように体の上に乗せた。
この体勢は初めてだ。包まれている感じがしてドキドキはするけど、安定性は悪い。
それに……花火、見えないけど。
しかも胸が当たる……どころか潰れる……コートがあるから、そんなに感触はないかもしれないけど、あれから半年経つのにまだ小さいとか思われていたらムカつくんだけど。
まぁいっか。レイモンドなら小さくても愛してくれるはず。でもなぁ……もっと大きい方がいいなとかひっそりと思われていたら嫌だなぁ。
「なんで難しい顔をしているの」
「ん? んー……汚した時のためにハンカチ、三枚のがよかったかなって」
「誤魔化したよね。今、何かを誤魔化したよね」
「………………」
「本当は何を考えてたの。早く言って」
「ウザい……しつこい……」
「大丈夫、アリスから言われ慣れてる。ねぇ、何を誤魔化したの」
「……この体勢、キツイ。降りていいかな」
「体重、全部預ければいいじゃん。膝で支えなくていいよ。地面、冷たいでしょ」
「さすがに全体重は重いと思う」
「気にしないで。預けて預けて」
ぐいぐいと押し付けられる。
「あーもう、花火が見えない! 音しか聞こえないし!」
「確かにそうかぁ……」
私を降ろすついでに、彼も鞄へと手をかけた。
やっぱりあるのか……クリスマスも誕生日も何かもらっていたら、物が増え続けるよね。そんなにいらないんだけどなぁ。
私も座り直す。
「はい、プレゼント」
「んーと……笛?」
紙袋を開けると、凝った装飾の小さな金の笛が入っていた。五センチもない。金具付きだ。
「アリスが吹くと、俺の笛も鳴る」
「……また、レイモンドはもー……。ありがと」
「夜、怖い夢でも見たら呼んでよ。飛んでいくからさ」
……そんなことでレイモンドの眠りを邪魔したくない……。
「……レイモンドの笛を鳴らすと?」
「アリスの笛も鳴る。……起こさないから大丈夫だよ」
「呼んでもいいよ。レイモンドの見る怖い夢は聞いてみたい」
「夜中に二人きりになるために?」
「やっぱりダメだった」
「ざーんねん!」
そーゆーこと、聞かないでほしいな。
思ってもいないことを言うのは、少し胸が苦しい。本当は夜中だって一緒にいたい。
笛を、杖と同じ場所に留める。そこにツチノコキーホルダーも留めてある。汚れても予備を作ってあるって言われて、遠慮無くいつも身に着けている。
レイモンド好みの服で、レイモンドにもらった小物を身に着けて――、
「これから、何回一緒に花火を見られるかな」
こっちでは長生きできるといいな。
レイモンドと一緒に。
「きっと、数え切れないほど見られるよ。同じ回数だけ一緒にね」
同じ回数……?
なんでわざわざ回数まで断言したのかな。
聞き慣れなかったはずの言葉がレイモンドの口から紡がれる。それはもうよく知る言葉になっていて……意味の分からないその音を、私も発することすらできる。
三週間おきだったそれは、いつの間にかもうほとんど二週おきだ。何も言われずにそうされてしまえば、私に文句を言うことなんてできない。
――いつものように、私たちは顔を近づけた。