74.誕生日の最後に
レイモンドとはいったん離れ、寝支度を整えてからまたいつも通りに彼が来て、ベッド横の椅子に座った。
「さすがに今日は来なくてもよかったんじゃ……。さっきまで一緒だったし質問なんてないけど」
「あーあ。俺は少しでもアリスといたいのに、つれないなぁ」
もっと可愛いことを言ってくれる子を好きになればよかったのに。
「今日は誕生日なのに疲れちゃったでしょ? 明日、デートしようよ」
「え……もう花火も見たし十分だけど。普通に午前はお勉強、午後は魔法特訓でいいけど。はい、誕生日終わりましたーって気分だけど」
「……何か足りないなとか、ないの」
「何もない」
「俺からまだ何もあげてないじゃん」
「あー……」
もういらないけど。
私が今ぬくぬくと入っているお布団の横には、レイモンド手作りツチノコ抱き枕もあるし。
「もう十分。花火も見たし。むしろ今後もなくていい」
「……何かはあるかなーとか、期待くらいしてくれてもいいのになー」
期待なんて……したくない。
お小遣いはもらっているけど、なんでも買えてしまうレイモンドにあげられるものなんてないし。そもそも買い物にも一人では行かないし。
午前中には嗜みの一つとして刺繍も習っている。レイモンドのイニシャルと、何かワンポイントでもハンカチに縫おうかなぁ。
「何かあるの?」
「ツチノコは打ち止めをくらっちゃったしね。気に入ってもらえるかは分からないけど……」
袋を持ってきていると思ったらプレゼントだったのか……そんな気はしていたけど。
「お城の置き物?」
透明なガラス製……かな。中に黄色いゼリーのようにも見えるツルツルの石が入っている。魔石だよね、きっと。
「ああ。夜寝る前に手をかざしてお願いをすれば、いい夢が見られるかもしれない。光の精霊の気分しだいでね」
「気分しだいなんだ」
「ああ、それくらいのもの。起きても、そのいい夢は忘れてしまっているかもしれない」
「寝ている間に、前みたいな可愛いワンちゃんを触ったようなポワポワした気分にさせてくれる感じ?」
「ああ、そうだね」
「……絶対じゃないのがいいね。夢がある。どうかなーってワクワクするね」
「気に入ってくれた?」
「うん、嬉しい」
ベッドの頭側にある棚に置いてくれた。早速、今日使ってみよっと。
この世界にどんな物があるのか……私はまだ全然知らない。何をあげれば喜んでもらえるのかも分からない。
「でもね……レイモンド」
「ん?」
「本当にプレゼントはいらないの。返せるものがないもん。まだ、一人では外に出ない方がいいんでしょ? 何も返せない……」
「あ……いや、本当に俺は何もいらないんだ。一緒にいられるだけで十分嬉しいし幸せだ。でも、俺とばかり外に出るのは飽きるかな。うーん……そろそろ、ソフィと出かける?」
ソフィとお出かけ!
「いいの!?」
「う……嬉しそうだね。ただ、前もって日付は決めてほしい。いきなり今から行こうとかは無理だ」
「うん、ソフィにも仕事があるもんね。分かってるよ」
「後ろに護衛も分からないように付けさせてもらうけど、いい?」
「もちろん。楽しみ、ありがとう! むしろ明日はソフィとのデートでもいい!」
「――うぐっ」
あ……レイモンドが私の布団に突っ伏しちゃった。今のはダメだったかな。
でも、なんだかいきなり世界が広がった気がする! レイモンドはすぐ私が喜びそうなところにばっかり連れていって何かを買おうとするからなぁ〜。
なんでもない、ただのショッピングもしたい!
気を取り直したレイモンドが起き上がって、私の頭をなでる。
「でも、俺に何かを買おうとはしなくていいからね」
「うーん……」
「むしろ、何ももらわない方がいいに決まっているよ」
「……意味が分からないけど」
「こうやってアリスが申し訳なく思って……俺からのキスを、快く受け入れてくれるだろう?」
「………………姑息すぎ」
「ああ、姑息なんだ。姑息な俺に好かれてしまったのが運の尽きだよ。他の男なんて選べない。可哀想だから、世界で一番幸せにしてあげる」
燃えるような赤の瞳が近づいてくる。
「ま、待って。これまでだいたい三週間おきくらいにしていたと思うんだけど」
「えー、日付まで数えていたの? 無粋だなぁ」
だって、そろそろかなぁとかドキドキするし!
「い、いきなり連続はおかしいよね。意味がないよね」
それを許してしまったら、突然毎日になってしまうかもしれない。夜寝る前にベッドで会うのに毎日はまずいでしょ。だって……ほら……この世界には避妊ジェルなるものが存在するみたいだし……。
――ってことを考えちゃうのって私だけ!? もしかして私の方が変態だったりする!?
いやいや、私はおかしくない……おかしくないはず……。
「俺にはこれだけのわずかな時間でも、まるで三週間は経ったように感じるよ。本当はアリスが寝支度を整えている間も一緒にいたい」
……入浴中もって意味だよね。大丈夫、私だけがエロいことを考えているわけじゃない。
何が大丈夫なんだ!
混乱してきた!
「何も返せないことに引け目を感じて、受け入れてくれる?」
卑怯な卑怯なレイモンド。
私のために言い訳を用意してくれる。
毎日じゃないよって。今日はプレゼントをもらって、返せるものがないからするだけだよって。それならしてもいいかなって思えるように。
大義名分のないキスを受け入れるための言い訳まで用意されたら、もう――。
彼の瞳を、私で埋め尽くすように手をのばす。
――断れるわけがない。