73.特別な記念日
「我ながら酷かった……」
レイモンドのお母様には「誕生日だものね。甘えたくもなるわよね。ええ、ええ、分かるわ! 頑張ったんだものね」と、ものすごくニッコニッコされてしまった。
お父様も穏やかな微笑みを浮かべていた。
いたたまれない……忘れてほしいけど、絶対に忘れてくれない……。
「ごめんね。すぐに上手い言葉が思いつかなくて……」
申し訳なさそうにソファに降ろされた。
こういうところも好きなんだよね……。
甘えてくれていたんだねとか、俺たちの子供のことまで考えていたのとか、からかったりしない。
だから……他の人の前では堂々と、好意を口に出せてしまう。レイモンドは建前だと思っているのかもしれないけど。
「あんまりお腹すいてないなぁ」
「ケーキもたくさんあったしね。夕食の前に着替える?」
「うん。この服……綺麗だけど疲れる。アクセサリーも重いし」
「はは。最初に見た時にも言ったけど、アリスにすごく似合っていて綺麗だよ。可憐に咲く花みたいだ。でも、疲れないのが一番だし普段もすごく可愛いよ。メイリアたちを呼ぶね。夕食は遅めにしてもらうよ。もらった魔石もしまっておく。今度一緒にアクセサリーのデザインも、デザイナーを呼んで考えよう」
「ん……ありがとう」
そういうの好きそう。
むしろ全部任せたい。
「じゃ、待っていてね」
レイモンドが立ち去っていく。
結局……褒めそびれちゃったな。
レイモンドの服も正装で、まさに貴族って感じだった。こんな格好をする人に好かれているんだーってドキドキして……今日のどっかで似合っているねくらいは言おうと思っていたけど……言えなかった。
なんでかな。
たった一言なのに。
◆◇◆◇◆
そうして、メイリアたちに着替えさせてもらって一息つくと、レイモンドと一緒に遅めの夕食を食べた。
当然のようにお誕生日仕様だ。
いつもより花もたくさん飾られていて、ハッピーな感じだった。
おめでとうってお祝いしてもらって、またケーキも少しは食べて……一緒に私室に戻ってきた。
今日の砂糖摂取量は考えたくない。
「もうすぐだよ、アリス。一緒に待とう」
バルコニーへと手を繋いで向かう。
月明かりが闇夜を照らしている。見慣れた欄干もいつもより冷たそうだ。
そこに置かれているテーブルには……。
「相変わらず用意がいいね」
私の部屋のはずなのに違う場所みたいだ。飾りつけがなされていて、レイモンドが用意してあるシャンパンをグラスについでくれる。
ううん、お腹がいっぱい。
飲めるかな……。
「だって今日は、特別な日だもんね」
可愛い言葉も言えない私に、どうしてこんなに尽くしてくれるんだろう。
「レイモンドと一緒だと、特別な日だらけになっちゃうね」
あの二回目(夜のも入れたら三回目だけど)のキスから今日まで……既に二回している。庭園の大きな池で手漕ぎボートに乗せてもらいながらだったり。保育園で手作りレインスティックを子供たちと作った日の夜だったり。
その度に特別な日って言うから、早々に日付を覚えるのは諦めた。日記には何回目とだけ書いてはいるけど、見返して恥ずかしくなるのは嫌なので何の回数なのかすら書いていない。
「アリスと会えるだけで、毎日特別だよ」
こんな言葉を言われる度に、好きになっているんだと自覚する。ハイハイって流せない。ガラにもなく浮かれてしまう。
パンっと発砲音が鳴った。
「合図だ」
実は何が起こるのか、私は知らされていない。
レイモンドが杖を動かして無数の光の珠を生み出し空高く飛ばすと、弾けてキラキラと雨のように地面へと降り注いだ。
呼応するように、懐かしい音がした。
――パァン。
空に浮かぶ大輪の花。
花火だ。
「綺麗……」
いいのかな。
私のために、こんな目立つことをして。
静かな夜を一定間隔おきに、たくさんの色が鮮やかに彩る。その色を目で追いかけても、花弁のようなその光はすぐに消えるだけだ。
そしてまた、私の視野いっぱいに広がる。
「アリスの十四歳に乾杯だね」
「本当は、とっくの昔に十五歳になっていたはずなのになー」
あっちでは八月だったはずなのに、ここに来たら六月末だし、もう訳が分からないよね。ここは一ヶ月が三十日って決まっているから、ズレているんだろうけど。
「それなら、十五歳に乾杯にする?」
憎まれ口にも嫌な顔をしないし……。
「んーん。もうそっちの年齢は考えないことにする。分かんなくなりそう」
「じゃ、新しい年齢に決めた記念日ってことにもしようか」
「もー、なんでそんなに乙女なの」
「え……こーゆーのを乙女扱いしていたのか。なんで乙女って言うのか疑問だったんだよね」
……自覚なかったの。裁縫までして服のデザインまで考えていたら、乙女自覚くらい普通はするでしょ。
「じゃ、レイモンドが乙女自覚をした記念日に乾杯だね」
チョイとグラスを上にあげる。
グラスは高価なほど繊細で割れやすい。ぶつけ合ってはいけないことも、ここで習った。
「自覚なんてしていないよ」
本当にわずかにレイモンドがグラスをぶつけてきた。
「ダ……ダメでしょ。なんで……」
「悪いことをした記念日にもしようかなって」
「何それ」
笑い合いながらシャンパンを飲み、花火を見る。
「変なの」
つい呟いて、くすくすと笑う。
「何が?」
「だっておかしいじゃん。私の人生で、まさか王子様に会って公爵令嬢と友達みたいになって、将来結婚するかもしれない男の子と花火を見ながらシャンパンを飲む日がくるなんて思わないし」
「…………っ。アリスはすぐにそうやって、俺を手玉に取ろうとするんだ」
て、手玉……?
「……欄干の近くで見ようよ」
彼が立ち上がって、手を差し出す。
目的は……分かっている。
「いいよ」
二人並んで……でも、お互いに花火は見ていない。
また、知らない言葉をレイモンドが呟く。
それが私たちの合図。
彼の顔が近づき――、
いつもより少しでも長くと、彼の後頭部に手を回して目をつむった。