72.お姫様抱っこ
「つ、つ、つ、疲れた……」
へろへろになって帰ってきた。
あのあとは気を遣った。
王子様たちの元に戻る時に疲れた顔をしては、ジェニファー様の印象を悪くしてしまう。とても優しくしていただきましたと、ニコニコして戻らないといけなかったし……。
「ごめんね。ありがとね、アリス」
「うん……そこのソファに少しの間、倒れ込んでいい?」
「いいよ」
召喚される前の場所……薄暗い部屋の中でソファへと進み、靴を脱いで髪のセットが崩れないようにうつぶせで倒れ込んだ。化粧がつかないよう、自分の片腕を枕にする。
レイモンドは杖を動かし何かを呟いて魔法陣を消しているようだ。
もう無理だしー、疲れたしー、王子様なんかと無縁の生活だったしー、あんな喋り方が似合うタイプじゃないしー、自分の恋バナなんてしたこともなかったしー、やってらんないしー、ムリカベムリカベー。
ムリカベ……。
ここでの無理って言葉とムリカベって言葉は残念だけど別物だ。ここではギャグにもならない。妖怪の名前として覚えているだけ。ムリとカベのそれぞれの音の、元の世界での意味を察することができるだけだ。
「ここでは誰にも、ムリカベは通じないんだね……」
「相変わらず、アリスの感想は意味が分からないなぁ。でも今薄っすらと思い出したよ。光樹くんの広げていた妖怪辞典に載っていた気がする。妖怪ポスターにも載っていたかな。無理ってことだよね」
……通じた!?
その無駄なところに頭のよさを発揮するの、やめなよ……。そういえば徳川十五代将軍も、結構早く覚えていたっけ。漢字を思い出せないのが悔しいな。
ジェニファー様にどこが好きなのかって聞かれたけど、もしかしたらアレがきっかけになったのかもしれない。それからどんどんと絆されていったような……。
ソファの前に跪いて私の手を握ったレイモンドにお願いする。
「ねぇ……レイモンド」
「ん?」
「徳川十五代将軍、まだ言える?」
「……本当に意味が分からないよ、アリス。王子たちに会ったあとにどうしてそれを聞くのかな。言えるけどね。家康、秀忠、家光、家綱、綱吉――」
「もういい」
「せっかくだし、最後まで言わせてよ!」
だんだんと疲れがほぐれてきた。
うーん、私っておかしいのかな。好きな男の子の前で、こんなに落ち着いちゃうのって。
「ジェニファー様とは何を話したの?」
「んー……」
人格者……って言われたなぁ。もしかしたら、魔女さんに拾われたってことを知る人にはそう思われちゃうのかな。
「レイモンドは私にさ……」
「うん?」
「変態だよねって言われるのと、人格者だねって言われるの、どっちかしか選べないならどっち?」
「まさかの質問返しで内容がそれ!?」
だって疲れたし。
本来の私に戻りたい。
「どっちも選びたくないけど……選ぶなら前者かな……」
おかしな質問にも答えてくれるし。私に向かう感情も言葉も、全部好きなのかもしれない。
「変態のフレーズ、好きだったんだ。次から遠慮しないね」
「遠慮してたの!? 好きなわけないじゃん! もうどこから突っ込んでいいのか分からないけど、人格者なんて言われたらアリスに何もできなくなっちゃうよ」
そう言って、握っている私の手にキスをする。
また、自分がすごく愛されている女の子になった気分になって、頭がふわふわぁと……。
「どうしたの。ジェニファー様に人格者って言われたの?」
うん、そろそろ疲れはとれてきたし、ちゃんと話そう。
「魔女さんに拾われたってことでね、そう信じられているみたい。ジェニファー様には親しくなりたいって言われたの。親しくなっても問題ない相手でしょ、私。楽しい学園生活を送りたいみたいだよ」
「ああ……だからか」
帰る時にも、アリスって呼ばれていたしね。
「ジェニーって呼んでって言われちゃった。同い年だし身近には感じたかな。まだ緊張はするけど好きになれそう」
「そっか。よかったよ」
もう行こっかな……。
「そういえば、アリス。フランを気に入ったの?」
あれ……誤解していた?
「全然。背が高くなったら後ろから見た時にレイモンドと区別つくかなーって。髪の色、似てるよね。フランシス様ほど髪が長くなる前に切ってほしいなーって思いながら見てた」
「……アリスはアリスだなぁ」
どういう意味だ。
さて……さすがに起き上がろう。
レイモンドから手を離して身を起こす。
「もう行けそう?」
「んー……」
ヒールの靴……もう履きたくない……。
手を広げてお願いする。
「この靴、今日はもう履きたくない。部屋まで連れていって」
「…………っ。い、いいよ、連れていく」
期待通りにお姫様抱っこをしてもらった。
いいよね?
魔法で軽くはできるし。
一度……してもらいたかったし。
今日はお姫様みたいな格好をしてるし、いいよね?
レイモンドが魔法を使って扉を開き、部屋から出た時……しまったなって思った。部屋が薄暗いから気を大きくしてしまった。
この状態で私は……自分の部屋まで……。
「やっぱり降ろして。自分で歩く」
「履きたくないんでしょ、靴。俺が連れていくよ」
自分の迂闊さを呪いながらの移動中……なぜかご両親にまで会ってしまった。
「アリスちゃん、どうしたの!? 怪我でもしたの? 王宮で何かあったの?」
足が痛くて息子様を使っているとも言いづらい。そもそも自分で浮いて戻ったっていいわけで……私が顔をやや背けて絞り出すように言った言葉は――、
「す、すみません。甘えているだけです……」
恥!!!