68.王宮へ
そうして日々が過ぎて、秋になった。
私も少しは高いところが怖くはなくなった。高いところから地面へと、ふわりと降りる練習を何度も繰り返したのが大きい。当然側にはレイモンドもいてくれた。
コントロールもかなり慣れてきた。
しかし……偉い人に会うのには、全く慣れていない。
私は今日、王都へ召喚されなくてはならない。レイモンドとのあの会話から、私はずっと緊張し続けている。
『恒例の、王子と雑談する日が来ちゃったよ、アリス。君も呼ばれちゃった。しかも九月二十八日に』
『なんで私の誕生日に……』
『たぶん、誕生日おめでとうって話題を出しやすいからかな……』
『どうして知っているの』
『俺が伝えたからかな……』
『なんで伝えたの!』
『聞かれたからだね……学園に一緒に入るのかと。何歳で誕生日はいつなのか分かっているのかって』
そう言われてしまっては、仕方がない。
私をおそらく嫁に迎えるという話は、私を召喚するかなり前からしていたらしい。魔女さんが拾ってくると。他の貴族のご令嬢との婚約話が持ち込まれると厄介だからとも言っていた。
ご両親も周囲に話していたのかな。婚約って、親から持ち込まれるイメージだもんね。
あーあ……これもう、レイモンド以外選べるわけないじゃん。辺境伯息子を振った女扱いされるじゃん。
……そんなことしないけど。
「それじゃ、アリスちゃん。行ってらっしゃい。誕生日なのに、ごめんなさいね。気を付けてね」
「はい、せっかくなので王宮を楽しんできます。頑張ります」
私たちはレイモンドのご両親とは別の日に王子様たちと会うことになった。
二年ほど前からそうなっているらしい。彼なら召喚魔法の入口や出口を自らつくることができる上に、急を要する何かがあった時にご両親を呼びに行くか判断できる年齢になったというのも理由のようだ。
レイモンドのお母様に見送られ、青白く輝く魔法陣の上に乗る。隣にも似たようなのがあるけれど、そちらは帰る時のためのものだ。
以前は王家の使いの人がここまで来て魔法陣を描いたらしい。今は書簡で入口と出口に共通させなくてはならない印などが予め送られ、レイモンドがそれに応じた魔法陣を描く。
王都からここまで空を飛んでも五日以上かかるらしいし、その方がいいに違いない。
「では、行ってまいります」
私を気遣うような笑みを浮かべるお母様に、私も安心してもらうために笑みを返す。
トン、と杖で床をレイモンドが叩いた瞬間に、風景が変わった。昼食召喚の時よりもあっけない。この世界は意志の力も大事なようだし……もしかしたら意志を持たない昼食の方が難しいのかもしれない。
「お待ちしておりました。レイモンド様、アリス様」
使用人さんが待ち構えてくれていたようだ。召喚の出口をつくってくれた人なのかな。
ああ……王宮の中に、あっけなく着いてしまった……。
ここは、召喚専用の部屋なのかもしれない。さっきまで私たちがいた部屋と同様に薄暗く、蝋燭の火がゆらりと灯る。
「ああ、久しぶりだね。今日も案内を頼むよ」
レイモンドに恥だけはかかせちゃいけない……!
気合いを入れて水色のフリルがあしらわれたドレスを揺らし、イヤリングの重さを耳に感じながら、練習した高いヒールの靴で一歩を踏み出した。