62.アリスからのキス
「あ〜、美味しかった。レイモンド、ありがとう!」
「ああ。初めての食べ物も口に合ってよかったよ」
最後にのんびりとハーブティーを飲みながら、お腹を落ち着かせる。
このハーブティーは前の世界にあったのかなぁ。あまり詳しくなかったから、ここだけのものか似たようなのがあって言語変換されているのかサッパリ分からない。
分からないものは分からないままでいいよね。もう帰れないわけだし。
このハーブティー、美味しいなぁ。語彙力がないから上手く表現できないけど、軽く草っぽい味がして落ち着く。やや緑茶に似ている。名前はパッションフラワーティー。
覚えておこっと。
食事中に飲んだチェリチェリベリージュースも美味しかった。知らないものを頼むのに、はまりそうだ。
「アリスにさ……渡したいものがあるんだ」
……尽くす系だよね、レイモンド。駄目な嫁を持つと、散財されまくって酷いことになりそう。
「私、まだ誕生日でもなんでもないけど」
「アリスが俺の世界で生きていてくれるんだから、毎日祝いたい気分だよ」
ときめくから、やめて。
自分が単純すぎる。
「散財しないで。申し訳なく思っちゃうじゃん」
「いや、お金はかけていないよ。俺が……作ったんだ。あ、作ったことは内緒にしてね。君の世界と違って……男性の貴族がこういうことをするのは、よくは思われない」
「う、うん。言わない」
レイモンドが鞄を開いた。
鞄の中にはさっき保育園からもらったエプロンが入っている。次からは持っていくらしい。魔法教育施設にはレイモンドの家からも出資しているから、気兼ねなく使っていいと言われた。
奥の方から取り出した、それは――。
ま、まさか、この世界でコイツと出会うことになるとは……!!!
「いつも、中学校の鞄にくっつけていたからさ」
「うん……つけていたね……」
「実は、ずっとこれがなんの動物か分からなくてさ。光樹くんの持っていた動物図鑑にも載っていないようだったし。何かのキャラクターなのかとも思ったけど、本当に分からなくて。でも、かなり似せて作ったと思う」
「うん、そっくりだね」
「これ……なんて動物だったの?」
他の子の鞄と区別するため、いつも一つだけキーホルダーをつけていた。小学生の時も他の子と手提げバッグがかぶっていたから、手で持つ部分につけていた。これも金具付きだ。
そうか……めちゃくちゃ好きだと思われていたのかもしれない。
他の子の鞄と区別できればいいって理由だけで、お母さんからもらったんだけど……。
「……ツチノコだよ」
「ツチノコ?」
「うん。本当にいるのか分からない、未確認動物。懸賞金までかけられている、幻の生物」
「幻の生き物だったのかぁ。アリス、ホームシックっぽかったからさ。いつも持ってたやつ、あったほうがいいかなって思って」
「……レイモンドが作ったの?」
「そうそう、こんな生物いないしさ。せっかくなら俺が作ったやつ、持っていてもらいたいじゃん。大樹くんも夏休みの家庭科の宿題で裁縫していたし。それなら俺にもできるかなーって。似ても似つかないのもできちゃって、遅くなったけど……ア、アリス……?」
「作ったんだ……」
また涙が出てしまう。
どうしてもう、この人は……。
「ご、ごめん。よけいに辛くなっちゃうかな。思い出さない方がよかった? えっと、俺……」
普通……逆だよね。
格好いい男の子がキュンとくるのってさ、あっちではよく分からなかったけど……物語の中だと、ニコニコしていつも優しいとか、ご飯をつくるのが上手いとか、すごい知識を持っているとか……そーゆーのが多かったはず。
私、何もないのに……。
「嬉し泣きだから気にしないで」
ぎゅぎゅーっとレイモンドに抱きつく。
こんなにしてくれるレイモンドにあげられるものなんて、私にはこの身一つしかない。全部全部、あげたくなってしまう。
「そ……んなに、ツチノコが好きだったんだ……」
ツチノコ、どうでもいい!
「レイモンド……もうすぐ私が来て一ヶ月だよね……」
頭の中で警鐘が鳴っている。
今だけの感情に流されてるって。
せっかく待ってたのにって。
「う……うん、そうだね……」
ずっと気になっていた。
次のキスは、いつするのかなって。
寝る前にさらっとするの?
特別にデートとか準備してくれるの?
儀式みたいなのを装うの?
レイモンドがどう考えているのかなって、知りたかった。
それなのに、私は今――、
「忘れるといけないから、今しておく」
どうしようもなく、目の前にいるレイモンドが愛しくなって。
――ぐっと彼の顔を引き寄せて、自ら唇を合わせた。