59.サンクローバーの家
前以上の覚悟を持って、「サンクローバーの家」に着いた。
そう……職業辞典を読んで、少しびびったからだ。魔導保育士については最近誕生した新しい仕事として紹介されていた。区分けとしては……危ない仕事一覧の中にあった。
漁業関連や材木切り出しなどの仕事の中に混ざっているのが不思議だったけれど、魔法での防御が咄嗟にとれないと他の職業同様に危ないらしい。
突然浮かばされて落とされたり、おままごと中に火を使われたり……。幼児に背後をとられてはいけないとか恐ろしいことが書いてあった。
命懸けの仕事だったんだ、魔導保育士……。
何かあってもレイモンドが守ってくれるとたかを括っていたけれど、よくよく自覚をしなくては。
「ねぇ、レイモンド」
門の前に降り立ち、大きな傘をバサッと広げて杖を小さくしたレイモンドに話しかける。
今日はあいにくの雨で、さっきまで私たちはレイモンドの光魔法で雨を弾きながら杖に乗ってここまで飛んできた。傘を広げた瞬間に、その光は消えた。
ザザーッと雨が目の前で降っているのに濡れないというのは、ものすごく違和感があった。いや、今もあるな。足元だけ光が……過保護すぎる。私の分まで勝手にやるからなぁ。
「なーにー?」
相合傘のままニコニコと私と一緒に玄関へと向かう。
「光魔法で弾くから傘は一本でいいやって言っていたけど……」
「うんうん、一本でいいよね」
「これだけの距離なら、ずっと光で弾いていればよかったんじゃない? 傘いらないでしょ。もう屋根があるところに来たし」
「最初から神のご加護に甘えちゃ駄目駄目〜。持っておくことが大事なんだよ」
それなら二本にしようよ……。
呼び鈴を鳴らすと、園長先生が出てきてくれた。
「本日もお越しいただき、ありがとうございます。子供たちも会いたがっていましたよ」
「それは嬉しいですね。お伝えした通り、今日は『教えの庭』の方にだけお邪魔します」
「ええ、ではあちらに。エプロンもお渡ししておきますね」
「はい。ご用意いただき、ありがとうございます」
なんか楽だなー、レイモンドの側にいると。いいのかなぁ。全ての話を通しているのもレイモンドだし。もう保護者だよね……私の。
「アリス、前回は案内と見学だったけど、今回は少し参加もするからこれを着て」
「あ、うん。ありがとうございます」
園長先生にお礼を言って、頭からすっぽりとかぶる。
ん?
裏生地が少し光っている?
「守りの加護が施された糸が縫い込まれているんだ。ただ……過信はしないでね。今日はシルビア先生も子供の夏風邪が長引いていないから、気を付けて」
「そうなんだ」
光魔法、あっちこっちに使われているなぁ。夏風邪……子供ってよく風邪を引くもんね。子育てをしながらだと大変そう。
「それでは、直接あちらに行きますね」
「はい、お願いします」
前と同じように事務所の裏側の扉を開けて渡り廊下に出るも、テラスからすぐに外へは出ずにそのまま中を通って『教えの庭』のクラスへと向かう。
……雨だしね。
やや小降りになった雨が遊具を濡らしている。誰もいない園庭は寂しげだ。雨の独特の匂いが体を重くさせる。
夏だし、じとっとするなぁ。
「今日も大きいちゃんで集まっているみたいだね。入ろ」
大きいちゃん! 年中さんと年長さんを合体して大きいちゃんってことか!
レイモンドの場慣れ感が半端ないなぁ。
「あら! レイ先生とアリスお姉さんが遊びに来てくれたわよ、みんな〜!」
年長さんの担任、マデリン先生が温かく迎え入れてくれる。オリバー先生も相変わらずマッチョだ。
アンディくんがすかさず立ち上がって、私の手をとった。
「遅いよ、お姉さん! アリスお姉さんは俺の隣ね。あのね、今粘土してるの」
「そうなんだ。これは何かな〜」
「当てて!」
可愛い……。アンディくん、顔つきはちょっとワルそうな感じなんだよね。強くてリーダー格になりそうな。そんなタイプの子にここまで懐かれると、なぜか嬉しくなってしまう。
レイモンドもリコルルちゃんたちに話しかけられながら、それぞれの作品を褒めている。
「三角がいっぱいだね。なんだろう」
「ヒントあげる。あとで魔法でね、空中で合体させるよ」
「合体かぁ〜、それならサンドイッチかな!」
「すごい。大当たり!」
「やったぁ〜」
「アリスお姉さんも何か作って。俺、当てるから」
え……私、工作苦手だけど。
器用な方ではあるし家庭科は問題なかった。技術もノコギリ系は上手くできていたと思うけど、芸術的センスはないなと家族にも言われていた。
「粘土がないからなぁ……」
「大丈夫です! ありますよ、はいどうぞ」
オリバー先生にすかさず手渡される。
いや……めっちゃいらなかった。
「アリスお姉さん、早く作って作って」
「そ……そうだなぁ……」
今からさっと作れるもので……皆が知っているもの……いや、何を知っているの。この世界に象さんとかいるの!?
レイモンドが象の存在を知っていたのは、覗き見していたからかもしれないし……。
「ねー、早く作ってよー」
あーもう、これだから子供は……。
う、うん。人間にしよう。顔と胴体と手足をちゃちゃっと作ろう。リアルに作る時間はないし、人形みたいに……。
「アリスお姉さん……もしかして下手?」
「う、うん。下手かも……。これで彫ればなんとか……」
お人形だし、目は大きく大きく……あれ?
「もしかして……人間?」
「あ、あったり〜! さっすがアンディくん!」
「やった! これ分かるの、俺だけだよ!」
「そうかもね! さすがだね!」
「へへ〜っ」
開き直っておこう……。
「は〜い、それでは皆さんできたみたいですし、空中でくっつけてみましょうか! まずは先生がお手本をみせま〜す!」
平和だ……。
大きいちゃんクラスの子たちは、これまでの中でやっていいことと悪いことを言い含められてきたんだろうなぁ。
ここに至るまでが大変そう……。
「――と、高さに気をつけてね。先生がつくったのは、おかしな蛇さんでしたー! それではやってみましょう」
アンディくんはサンドイッチを綺麗に順番にポンポンポーンと重ねた。
他の子を見ると、四角と三角で作ったお家だったり、雪だるまだったり、手を二つ作って握手をさせたり……レイモンドはグルグルの部分と胴体を作ってカタツムリさんにしたようだ。
私のが一番ひどーい!
毎日の特訓のお陰で、無事空中でくっつけられたけど……センスがなさすぎる。
「アリスお姉さん、それ……人間なんだよね」
「うん、そうだよ」
どう見ても土偶です。
「誰を作ったの?」
げっ!
土偶って言っても、通じないよね……。
「あ、俺当てるね!」
え……やめて。
「うーん、やっぱりレイ先生?」
少しだけ悔しそうに言う。可愛い!
しかし……どうしよう。ハズレとは言いにくい。
「あ、当たりだよ。すごいね、アンディくん」
「やっぱりね、そうだと思ったー。うん……変だね。レイ先生が変ってこと?」
こっちを見るな、レイモンド!
「アリスお姉さんが下手すぎたってことかな……」
「大丈夫だよ。レイ先生には見えないけど、人間に見えるよ。魔法も上手だったし練習したの?」
「ありがとう……。うん、練習したんだ。上手だったなら嬉しいな」
「頑張ったね」
アンディくんがうんうんと頷いて、頭をなでてくれる。
きっと、お家の人にしてもらっているんだろうなぁ。癒やされる……しかし、先生としてはアウトだな。何を私は間違ってしまったのか。
このあとは、粘土に色をつけたり皆で教室の中でぶつからないようにゆっくりと空中浮遊させたりとメルヘンな時間を過ごした。
その時に他の子たちとも少し話をしたけど、やっぱりアンディくんがぐいぐい来る。
レイモンド色に染めた私の土偶は、他の子の作品と一緒にしばらく部屋に飾られるそうだ。
恥すぎる……!
帰りがけにレイモンドをアンディくんが軽く睨んでいるように見えたのが気がかりだったけれど平和に終わり、ほっとしながら保育園を立ち去った。