55.ソフィと恋バナ
「今日ね、使用人部屋も案内してもらったの」
メイリアとソフィに、寝支度を整えてもらいながら言う。
「はい、お聞きしました。その時はその場にいなくて残念でした」
「お仕事もあるもんね。ずらっと並んでいるベルが圧巻だったなぁー」
「ええ。いつでも、そちらの紐を引っ張ってお呼びくださいね」
「……でも、忙しいよね。私、あそこにたまに遊びに行っちゃ駄目かな……」
「え〜、ぜひ来てくださいよ〜!」
聞き役に徹していたソフィが、瞳を輝かせる。
「内輪話とか……は、さすがに聞けないかなぁー」
「例えばどんなです?」
「んー、誰と誰が結婚している……とか?」
「あはは、料理長のロレンツォは結婚していますよ〜。使用人専用の別棟がありまして、家族と共にそちらで寝起きしています。洗濯メイドとか、特定の誰かに付いていない者は基本的にそっちですね。ロレンツォの奥さんは、実はここのキッチンメイドだったんですよ。娘さんの希望で、街で飲食店を母と子で今は営んでいますよ。夜には裏門からここへ戻ってきます」
……もしかして、五平餅はそこの店から広がっていったんじゃ……。ヨーロピアンな雰囲気なのに五平餅が売られているのはなんとも。
「そうだったんだね。そっかぁ、職場恋愛かぁ〜、そんな話とかはするの?」
「あぁ、気になっちゃいますか! なっちゃいますよね〜!」
ソフィのテンションが上がってきたところで、メイリアが「私はそろそろ失礼しますね。もう少しソフィに付き合ってあげてください」と微笑んで立ち去っていった。
さすがメイドさん、空気を読んでくれるなぁ。
にっこにこでメイリアを見送り、さっきのテンションのままソフィが話を続ける。
「しますよ〜! 若い子同士だけですけどね」
「ソフィは? 誰かいるの?」
「えーっ、もうアリス様ったら〜。実はレイモンド様付きの従者、ハンスが気になってます! 気になっているだけですけどね。恋人がいるのか聞こうかと悩んでいるところです」
ああ……よくレイモンドの後ろについている彼は、ハンスって名前なのか。
「私の母もこちらで働いていまして……なかなか話が伝わりそうで誰かに相談もしにくいんですよね。主に部屋の整備を担当しています。チェンバーメイドですね」
そうだったんだ。
「ハンスは、私にとってのメイリアやソフィみたいな感じ?」
「そうですね。十歳になってからはハンスが基本的についています。レイモンド様はお強いので、ほどほどにですけどね。べったりは嫌がられますし」
そっか……内部からの暗殺も警戒しなきゃいけないんだっけ。本人が強ければそうなるのか。用事が発生しやすい時にだけ側にいるのかな。深い緑の髪をした、物静かで影が薄い印象だった。
「結構、ハンスと話はするの?」
「はい! アリス様のお陰です!」
「……私の?」
「はい。どこに今日は行く予定らしいとか、情報のすり合わせも行うので」
私と一緒に行動する時が多いもんね。当然か。
「レ……レイモンドのえっと……様子とかも、聞いたり……?」
「気になりますか。そうですよね! レイモンド様と、すごく仲よくなっていますもんね。私もう、毎日ドキドキして……!」
なんでソフィがドキドキするの……。
「だって……気になるっていうか……レイモンドってよく分かんないし」
「よく……分かりませんか?」
「純粋っぽく見えるのに、計算高い感じもするし。バカっぽく話している時もあるのに、それも作戦なのかなって思う時もあって。ただの親切なのか試されているのか分かんない時も……」
は!
ソフィがめちゃくちゃニヤニヤしてる!
「な、なんでもない!」
「アリス様のことがお好きだからですよ〜。好きな相手にはバカにもなります! 試しもします! 計算だってします! あ〜私、興奮してきました〜」
だから、なんでソフィが興奮するの。
……分からないではないか。人の恋バナはやっぱりキャーキャーする。
女子は恋バナが好きだから。でも、友達がしていた恋バナ……ずっと続いていたためしがないんだよね。あの男子が気になるとか修学旅行で言っていた何人かの子も、中学生になったらもう、そんな素振りも見せていなかったし。中学一年で別のクラスに彼氏がいるって言っていた子も、三年生になったら別れたらしいと風の噂で耳にした。
お母さんだって、お父さんとは大学生の時に付き合い始めたって言ってたし。こんな年齢からずっと続くとは……。
「レイモンドって、いい言い方をすると一途な感じはするけど……悪い言い方をするなら盲目っていうか……他が目に入らなくなる印象があるんだよね」
「いいじゃないですかぁ。私はあのレイモンド様、好きですよ〜」
ドキリとする。
他の若い女性に、レイモンドを好きだと言ってほしくないって思っちゃってる。私のだよって言いたくなる……。
「学園に入るまでは、ずっとそうなのかなとは思う。でも……どうなのかな。同じ場所で暮らさなくなって、二人きりにもあんまりならなくなって……。他に学園で好きな子とかできたら、絶対またああなるよね。他が目に入らなくなくなるくらいに……」
「なりませんよ、絶対に! ずっと言い続けていましたから。魔女さんが可愛い子を拾ってくるって、記憶はなくしてしまうけれど素敵な女の子だって、結婚して幸せにするんだってずっと言っていました」
……子供っぽいな。
三年以上前からなら……子供か。弟の大樹の成長を見て、いかに男子が子供っぽいのかは思い知った。自分がクラスで見ていた小四男子よりも、はるかにガキくさい小四男子に成長していた。
素敵な女の子……弟の世話をしているところでも見てそう思ったのかな。結構イヤイヤ遊んであげていたんだけど。
面倒だな、仕方ないな、そう思いながらだったけど……もう……私にそんな存在はいない。レイモンドがいなくなったらもう、私が私のままで話せる人もいなくなる。この家と私に血の繋がりはない。レイモンドが他の人を好きになって私が邪魔になったら、ソフィとも……。
「今はそうだけど……」
「アリス様〜、そんな顔をしないでください。ずっとそうですよ。大丈夫です」
「私が……もし学園に受からなかったら?」
それが怖くて怖くて仕方がない。
昨日、レイモンドとサイモンの魔法のぶつけ合いを見て、自分との歴然とした差を思い知った。特訓の中で、自分がいかに相手の魔法に反応できないかも自覚している。
レイモンドのことを好きだと思うほど、不安になる。
「だ、大丈夫ですよ。才能だけで……」
「でも、最低限のことすらできないかもしれない。入学に間に合わないかもしれない。そうしたらレイモンドは……私のこと、どう思うんだろう……」
じわぁと目に涙がたまるのが分かる。
「ア、アリス様、泣かないで。大丈夫です、分かんないですけど、その時はその時で――」
あたふたとソフィが狼狽えて、つい抑えていたものが出ちゃったと後悔した時に……扉のノックの音が鳴り響いた。
「アリス〜? 誰も呼びに来ないから来ちゃったけど、まだ支度中?」
そうだった!
毎晩レイモンドが来るって話になったんだった!
「あ、遅いから呼び忘れかと思ってレイモンド様がみえたみたいですね! 今の質問はレイモンド様にされてください。必ずご安心できますよ。それでは!」
ちょ!
行かないで、ソフィー!!!