54.聖女様の絵本
そのあとも、あちこち案内してもらった。
ここ……入り浸りたい場所が多すぎる……。
大広間は豪華すぎて引いた。
城の離れにも関わらず礼拝堂もあって、朝にご両親や使用人が祈りを捧げているらしい。義務ではなく、常に感謝を忘れなければって感じでゆるいようだ。
部屋もたくさんありすぎて目眩がする。なんのためなのかと順番に聞いていくと、応接室やお客さん用の寝室の他にも、お客さんからいただいた贈り物を一時的に預かる部屋であったり、騎士の剣を預かる部屋であったり、護衛さんの待機場所であったり……それぞれに役割があることが分かった。
白薔薇邸は私的なお客様を迎えることがほとんどなので、本館の城はもっとすごいようだ。
私が入り浸りたい場所は、図書の間と音楽の間と……それから女性の使用人部屋かな。
音楽の間は面白かった。魔石に手を当ててお願いをすると、風の精霊さんが好き勝手にピアノを鳴らしてくれた。ポロンポロンと適当に押されているだけのはずなのに……なぜかノスタルジーを感じた。
魔導の間は、その名の通り魔導書がいっぱいだった。そこは異彩を放っていて、あまり立ち寄りたくはないけど……たぶんあそこから森に昼食を召喚したんだろうなと思う。
レイモンドのお母さんの趣味として魔道具を制作する部屋なんかもあるらしいけれど、ご両親関係の部屋は当然案内されていない。
少し元の世界とは味の違う、でも美味しいハンバーガーをレイモンドの部屋で食べてからも案内をしてもらって、軽く魔法の特訓をしてから部屋に戻ってきた。
はー……疲れた。初めての人と会うのは、本当に疲れる……。特訓もね。
絵本でも読もっかな。
本棚を見ると、本が明らかに増えている。
そうだった。昨日増やすって言ってくれていた。案内をしてもらっている間に誰かが入れてくれたんだろう。昨夜のうちにどれを増やすか考えて、使用人さんに早朝にでもお願いしたのかな……。仕事が早すぎる。
え……『洗脳戦争の歴史』とかあるけど。この世界、ずっと平和じゃなかったんだ……。
そのうち読もう。今はやめよう。
あ、三百年前に魔王を浄化したとかいう聖女の絵本がある!
おかしいなぁ……絵本なのに昨日まではなかった。分かりやすい歴史として入れたのかな。これは読んでおこう。タイトルは『聖女様の奇跡』か……。うん、それっぽい。
さーっと、まずは速読する。
うわぁ……聖女さん、半端じゃない! パネェッ……て言いたくなる……!
『戦争は、大きな大きな悲しみを人々に与えました。町も村も元通り。もう、覚えている人はいなくなりました。それでも悲しみはなくなりません。親から子へと悲しみは伝わってしまうのです。心を痛めた聖女様はこの世界の誰もが見えるほどのお空の上で、夜の闇をかき消すように太陽のように光り輝いて、力のある言葉を世界中の人々に授けられました』
……魔王を浄化するだけじゃなかったの……。
絵でも、空の上で十字架の石みたいなのに乗って十字架を背負って光っている。磔にされているわけではないだろうし、モチーフが謎だ。
『皆に八正道の教えを説きましょう。聖女様はそう言いました』
仏教だー!!!
先生が歴史の授業で仏教について話していた時に、そんな単語を出していた。内容は先生も言わなかったけど、悟りを開くために必要な八つの行動だったかな……。漢字はここに存在しないし、音だけで「はっしょうどう」とか言われても、こっちの人は意味が分からないだろうけど……異世界の言葉だとありがたがられるのかな。
私にももう……この音はこんな語源だった気がするといったイメージしか残っていない。
そっかぁ、仏教に詳しい人が召喚されたんだ……。私、聖女じゃなくてよかった。そんな期待されても、なんの教えも説けない。
あ、やっぱり正しい八つの守るべき行いなんだ。そう書いてある。もしかしたら、この人のお陰もあって、この世界は平和なのかな……。
でも……これさ、もしかしてレイモンドから私に対する試金石じゃないよね。
最初の方に『この世界に来ると、不思議と言葉は通じたのです。神が、世界が、人々が、聖女様を待ちわびていたからでしょう』って書いてある……。
あえて書いてないだけかもしれないけど……キス、いらなくない? 魔女さんが直接召喚するとそうなるの? 神の御使いがこの世界に招きましたって書いてあるし……。
レイモンドを大好きだと言ってしまった私がこれを読んで、指摘してやめさせるか指摘せずに受け入れるか、試してない?
あいつ……そういう奴だよね。純粋そうに見えて計算高いよね。
ど、どうするの、私……。
……うん。とりあえず今日は読まなかったことにしよう。
読んだと誰にも気付かれないよう、そっと配置も含めて元の場所に戻しておいた。