43.私室
どうするの私……夜に会うのに!
しかも、ロリロリネグリジェで!
はぁ……もういいや……いったん頭を冷やそう。
レイモンドの部屋で書いた自分のメモを見る。魔法教育施設併設型保育園「サンクローバーの家」の「教えの庭」で私が今日会った、主要人物だ。
マーガレット・スノーヴィア園長先生。
白髪混じりで年配の、ほんわかほっこり系先生。
シルビア・ロマーノ先生。
ジョージくんママで銀髪ポニテのクールビューティー。藍色の瞳が格好いい。一級魔導保育士。
四歳児クラス。
オリバー・クラーク先生。
二級魔導保育士。筋肉ムキムキの茶髪の熱血系先生。クラスの子供は、セオくん、レジーくん、リナちゃん、アンディくん。
五歳児クラス。
マデリン・カーソン先生。
二級魔導保育士。おっとり系。肩までのオレンジの髪。クラスの子供は、ラミーちゃん、ミアちゃん、ボビーくん、リコルルちゃん。
リコルルちゃんと一緒に部屋にいたのが……マイカ・オニール先生。ショートボブの薄い金髪。三級魔導保育士。
ニ歳児と三歳児の分もあるけど……そっちは今度にしよ……。次に遊びに行って会う可能性があるのは、こっちだもんね。
魔導保育士の一級と二級の違いは、魔法学園での保育科を卒業して試験も合格するのは共通で、扱える魔力の差によって変わるらしい。一級魔導保育士のいる魔導保育士養成学校などを卒業した試験合格者も資格を持つとはしているものの、学校自体はまだほとんどなくラハニノスには存在しない。
三級は現地登用で見習いとして採用し、一級や二級魔導保育士の認可と六十日間の実務経験を経て正式に認定される。ただし、試験に合格するまで見習いの肩書きはとれない。また、実務経験が全くないと、どの級にも準一級のように「準」がつくそうだ。
今は在学中でも夏休みを利用して実務経験を先に積めるらしい。何年か前までは実務とはカウントしなかったようで、まだ制度自体も手探りのようだ。今後も実態に合わせた変更があるかもしれない。
頭の中で何度も名前を唱える。
覚えたと思っても、少し時間が経てば忘れてしまう。一度頭をリセットしようかとバルコニーへと出て、外を眺めた。
あれは……レイモンド?
白薔薇の手入れをしている様子の庭師さんに話しかけている。使用人の皆に声をかけてまわったりもしているのかな……。
つい、じっと見てしまう。もう後ろから見ても……背の高さや髪の長さ、歩き方やその雰囲気で一瞬で分かる。話しかけたくなってしまう。
頭を振って見つからないうちにと部屋へ戻り、頭を切り替えるためにメモの内容を日記に書き写した。
◆◇◆◇◆
「ねぇ、メイリアとソフィ……」
寝支度を整えてもらいながら、二人へと話しかける。
入浴を終えて傷まない程度に髪を魔法で乾かしてもらったあとに櫛でといてもらったり、手の平をマッサージしてもらったり、至れり尽くせりだ。
「はい、なんでしょう」
「レイモンドがね……二人のことを家族のように私が思えたら、もう少し格好つけようかなって言ってたの。だから今は変なことばっかり言うのかな。二人は、レイモンドからなんか言われていたりするの?」
「そうですね……なんでも話しやすい雰囲気でとは頼まれましたね」
メイリアが教えてくれる。そういえば、レイモンドもそんなことを言ってたっけ。
「今日の午後、レイモンド様に少し怒られちゃったんですよねー、私」
今度はソフィが困った様子で笑った。
え……なんでソフィを怒るの。高価な壺とか割ったのかな。
「朝の魔法の特訓の時に、アリス様がリボンの位置をレイモンド様が決めたのかなーと気にされていたって、言っちゃったじゃないですか」
忘れてた!
そんなこと、言ってた!
忘れていたかったなぁ。
「う……うん」
「私とアリス様の話をレイモンド様や他の方に言っては、安心してなんでも話せなくなるって。自分も含めて漏らしてはいけないって、怒られちゃいました」
「そ……うなんだ。ごめんね」
「いえ、悪いのは私です。これからは気を付けます、すみませんでした。あの時は私も動揺していて、つい……やっぱりアリス様のことを本当に大切に思われているんだなと、逆に嬉しくなりました」
「そっか……」
気遣われすぎていて、なぜか涙がにじんでしまう。
彼への好意からくるものなのか、私のことを大切に考えてくれる存在がもう、ここには彼しかいないからなのか……。
家族がいなくなってしまった寂しさは、どうしても積もる。その話を聞いて嬉しいのか寂しいのかも分からない。
「レイモンド様が変なことをおっしゃるのも……確かに、家族のように思ってもらおうとされているのかもしれません。……実は、少し怒らせることを言うかもしれないから、どれだけ失礼なことをアリス様が言っても気にしないでくれと、前もって釘を刺されていました」
「そうなの?」
「私もそうです、言われていました」
メイリアも頷きながら同意する。
そっか、あの時だけじゃなかったんだ。
確かに私の言動はどう見ても貴族らしくはない。前もってフォローをしておく必要もあったんだろうけど……家族のように思ったら、恋愛対象外になっちゃうじゃん。
「孤独感だけは感じさせてはいけない……と。我慢せずに自分を出せる相手であるために、跡取りらしくない言動もするからと」
変なところでは、未だ完璧主義なのかな。
「……レイモンドには……いるの。そんな相手」
「どうなんでしょう。魔女様がそのような相手になっているのかは……私たちには分かりません。ただ、魔女様にお会いになった頃から表情が柔らかくなり、アリス様の名前を出す時には幸せそうではありました。その頃から私たちにも親しみを込めて接していただけるようになった気もいたします。レイモンド様の乳母は、子供の魔法に対応できることが最優先でしたから……。見守るよりも、見張られているという感覚になりがちだったかもしれませんね」
「そうなんだ……」
子供たちの魔法を防ぎながらすくすくと育てる……思った以上に大変なのかもしれない。
「それでは、レイモンド様をお呼びしますね」
「あ、う、うん。あ、あのね、今日気になったことを一日の最後に聞くってだけでね、その……他のこととかはしないし、すぐ終わるし……!」
「存じていますよ、ご安心ください」
「そうですよ。安心して、レイモンド様にたくさん甘えてくださいね!」
「ち、違う! そんなのが目的じゃないから!」
「分かってま〜す!」
そうして二人がレイモンドを呼びに行った。
もう本当の本当にまずい……あと一押しくらいで完全に落ちそうな気がする。どちらかと言えば、恐怖……ホラー映画の足音のようだ。
だって……ね?
私はレイモンドの助けなしでも生きていけるように頑張りたいって思っている。お母さんも言っていた。働いているのは、お父さんと対等であるためだって。自分の意見を主張するためには「出ていけ」と言われたらすぐに出ていける経済力を自分も持っていることが大事なんだって。だから協力し合っていい関係でいられるって言っていた。
それなのに……頼らざるをえないレイモンドを好きになっちゃったら……どうしたって、しがみつきたくなる。甘えっぱなしになりたくなる。
まだ私は……好きになりたくないよ。