42.魔法封じ
うっかり本当に寝ちゃった……。
寝られる気がしなかったのに、なぜか寝てしまった。自分で自分が信じられない。
昨日の午前は森で魔法特訓だったけれど、午後は庭を散策しながら、あちこち説明してもらった。どこに衛兵さんがいるかや、火事が起きた時に使う大量の水を含んでいる高価な魔道具の保管場所など……色々だ。
人力車と馬車を合体させたような乗り物もあった。前と後ろに護衛の人の座る場所があり、視察や催し物への参加のために遠い場所へと空中移動する時に使うらしい。ガレージハウスのような場所に置かれていた。
今思えば、空飛ぶベッドよりははるかに快適そうだ。
ついでに気になった言葉、防火水槽についても聞いた。
都市で火事が起きた場合は、基本的には住人たちが水を生み出して消すけれど、大量の水となると難しい。防火水槽を所々に設置して、その水を利用して消火活動をしながら市庁舎に連絡し、規模によっては近くに住むレベルの高い魔道士に消火を頼むようだ。場合によってはここにもあるような高価な魔道具を使い、小さい村なんかは連絡係といったその役目を教会が担っている。
思ったよりも役所の仕事は多そうだ。そのトップだというレイモンドのご両親が忙しいのも頷ける。
そして……今日の午後は白薔薇邸内を案内してもらう……はずだった。
「ごめん……ぐっすり寝ちゃった……」
「いいよ、疲れていたもんね。明日にしよう」
おやつの時間くらいにはなってしまっている。……おやつは遠慮したけど。
今日は一度頭を整理したいからと、部屋に引きこもることにした。レイモンドの部屋で、今日会った人たちの名前もメモしてもらった。これから暗記しようと思う。
「それじゃ、俺はもう行くけど……まだ聞きたいことはある?」
「んーと……」
私の部屋まで送ってもらって、最後に聞かれる。
「あ、子供たちの魔法ってどうやって封じているのか、気になったんだった」
「ああ……そうだね。んっとね、魔法を使えないようにする爪化粧があるんだ。精霊の忌避する成分が入っている。透明のマニキュアだね。子供が生まれたらすぐに市庁舎や教会に連絡して、後日支給される。曜日を決めたりして一歳過ぎから自宅で塗り続けて、六歳頃に塗るのをやめる。出産の報告を元に、簡単な魔法の才能検査を一歳頃に所在確認ついでに行なって、その時に市庁舎や教会で支給されるんだ。十歳には魔道士ランクを決める十歳検査も行っている。十五歳と二十歳にもあるよ」
「そうなんだ……今日の魔法を使えた子供たちには塗っていないの?」
「いいや、保育園にいる時だけ剥がしているんだ。除去溶剤でね。園にも爪化粧は支給されている。自宅で目を離すと……危ないからね」
そっか、完全にいつも使いたい放題じゃないんだ。
「レイモンドもそうだったの?」
「いや……俺には塗られずに、ここで二人が交代制で八歳前までつきっきりで鬱陶しかったよ。その割には弱……いや、なんでもない」
ああ……相手を試すとか論破するとかシルビア先生が言ってたっけ……。完璧主義だったのだとすると、この程度の力しか扱えないのに先生やってる資格あるの、くらいの尖った気持ちでも持っていたのかな。
「そうなんだね。今聞きたいことはそれくらい」
「ああ、また夜に来るよ。それまでに質問したいことがまだありそうなら考えておいてね」
「うん……ありがと」
頭をよしよしとなでられる。
ううん……絆されている……。思いっきり真横ですやすやと寝ちゃったしなぁ。おかしいよね。もう少し、私らしさを取り戻したい。
「ね、レイモンドは何か私にしてほしいこととかないの」
「え!?」
「……変態的なこと以外で」
「そんなーーー!」
ガックリしすぎでしょ……何を想像したの。
「してもらってばっかりで悪いなーとは思っているんだけど、返せるものは何もないし」
「全部俺が望んでいることだよ。悪いなんて思う必要はないけど……でも……ギリギリ? ギリギリラインかな……」
「何を言おうとしているの。聞くだけなら聞いてあげる」
「俺にもアンディと同じことしてよー。ねぇ、俺あの時、嫉妬でどうにかなりそうだったんだけど」
「……四歳児に嫉妬しないで。で、何かしたっけ、私。涙を拭いてあげた?」
「泣かないし! アリスの方から抱きしめてたよね、ぎゅーって! 俺にもして!」
「……却下。じゃ、また夜にね」
「そんなぁぁ。聞いておいて、それはないよー」
「じゃーね」
バタンと扉を閉める。苦笑しながら「また夜に」と言って立ち去るレイモンドの足音を聞きながら、その場に座り込む。
もう、もう本当にダメだ、私……軽く、軽くだけど……ぎゅーってしてみたく……なってしまった……。