41.空飛ぶベッド
レイモンドが、お皿をワゴンに載せると廊下に出した。そのうち使用人が取りにきてくれるらしい。貴族なのに手慣れた感じだし、女子力が高い気がしてきた。
私は……片付けの全てを任せて、レイモンドのベッドに寝っ転がっているところだ……。
「お腹が苦しい……食べすぎた……」
「調子にのって食べすぎだよ……加減しようよ……」
基本的に料理は多めに出される。食べ切れない量を出すのがマナーらしい。多すぎておかずが挟んであるサンドイッチは残したけれど、フルーツサンドを全て食べ尽くしたばっかりに、こんなことに……。
「だって、フルーツサンドはいつも一個分しか食べられなかったし……」
「ここでは欲しかったらいくらでも用意してあげるから、無理しないでよ」
あー、美味しいものを食べて吐きそうに気持ち悪いって最悪……しかも格好悪すぎる……。
でも、食べている間は食べすぎてるって気付かないもんなぁ……。
「せっかくだし、ベッドを浮かせてみよっか」
「……んー? うん、怖くないようにふわふわーっとよろしく……」
レイモンドとベッドで過ごしている今って……どうなんだろ。いやでも、お腹が重いし。
ふわっとベッドが浮く。
「こ、こわ! 思ったより怖い! なんかぐらっぐらする!」
「そりゃ、全く振動なしは無理だよね」
「このベッド、柵がないし!」
「まぁ……普通のベッドはないよね」
「ごろごろって落ちそう!」
「少ししか浮いていないし、落ちても大丈夫だよ」
わずかしか浮いていないのに、この心許ない感……! 駄目だ、やっぱり空飛ぶベッドは駄目だ。杖や絵本によくある箒に乗るのには意味があったんだ!
「よし、このまま空を飛んでみようか」
「無理無理無理無理……!」
「落ちそうになったら風魔法で真ん中に押し戻してあげるし」
「いや、怖い怖い」
「腕枕してあげるねー」
「いらない!」
寝転んだまま敷布団のシーツを引っ掴んでいた私の枕の下に、腕を入れられる。ちょうど首の下だ。
「俺といれば大丈夫だって」
「そんな問題じゃ……!」
レイモンドの杖の動きに合わせて窓が開け放たれ、掛け布団がソファの上へと移動した。
「暑いし、掛け布団はいらないよね」
「うわー! う、動いたー!」
「動かしてるしね」
空飛ぶベッドの話なんて、しなきゃよかったぁぁぁ!
バルコニーを乗り越えるために、かなりの高さだ。
「え、待って。ここ高さあるでしょ。ヤバイヤバイ」
「大丈夫、ヤバくないよ~」
「あー、もう外に出ちゃった! あんた、阿呆なの。何考えてんの。怖いんだけど!」
「何考えてるのって……んー、怖いとアリスがくっついてくれるよね。アリスも念願叶って、いいこと尽くしだよね!」
「無理って言ったでしょ、変態! レイモンドの変態乙女!」
「え……なんで乙女をつけたの……」
死ねは言わないように罵ろうと思ったら、それしか思いつかなかったからだけど。
あーもう、お化け屋敷で怖いからって男子に抱きつく女子みたいじゃん!
「太陽も眩しい……そっか、照らされちゃうんだね……」
「岩で隠す?」
「それは嫌。なんか嫌」
「じゃ、太陽の光を遮るように、敷布団をふわふわさせておく?」
「それも絵面が悪くて嫌だな……このままでもいいや」
ベッドが動かなくなったから、少し気持ちに余裕が出てきた。
「これが空飛ぶベッドかぁ……移動には向かないね。でも、ぽかぽかして眠くなってきた」
「いいよ、眠って。テーブルクロスに日除けになってもらおっか」
さっきまで昼食を食べていたバルコニーからテーブルクロスが飛んできた。普段、バルコニーのテーブルにはかけていないらしい。今日は食事と一緒に用意してもらって、レイモンドがかけていた。私のお腹が落ち着いたら、まだ飲み物くらいは飲むかもしれないしと片付けてはいなかった。
女子力……高いよね……。
テーブルクロスがパタパタと空中をはためく。
「ねぇ……レイモンドって変態発言が多いの、なんでなの」
「ええー、変態発言なんてしていないよ」
「変な例え出したり……好きな女の子の前では普通、もっと格好つけるでしょ。言わなくてもいいこと言うし。……本当に私のことが好きなの」
「大好きだよ。だって俺、君のことずっと覗き見しちゃっていたからね。俺だけ格好つけていたらフェアじゃないでしょ」
……何それ。
「私の格好つけていない日常を見ていたから、自分もって?」
「そうそう。それに、俺が無理なんてしたら君も無理してしまう。そんなもんでしょ」
「……それで私に変態って思われてもいいの」
「今はそれでいいよ。君にとって無理をしないでいい相手でいたい。……メイリアとソフィが君にとってそんな存在になれば……もしかしたらもう少し、俺も格好つけるかもしれないけどね」
そういえば、初日に言っていたっけ。
『君にはこの世界に親も友人も兄弟もいない。遠慮なく話せる相手が一人もいない。その孤独感は分かる。俺に八つ当たりして少しでも解消できるなら、どれだけでも罵っていいよ』
――って。
そのために……わざとふざけたことを言ったりしているのかな。
「……格好つけても変態には変わりないでしょ」
「好きな女の子には、そうなっちゃうよね」
「……お腹が重いし眠い。落とさないでよ」
「ああ、安心して眠って」
こんな不安定な場所で下を見る勇気はない。怖がっているふりをして、レイモンドに身を寄せて目をつむる。
寝られる気は……全くしない。