39.誤爆
そのあとは、子供たちに見つからないように裏手からの連絡通路を通って事務室に戻った。
何か質問はと聞かれたので、木々を取り囲む光の壁について聞いたら、子供たちが出ていかないようにするための人感センサーのような魔道具らしい。人や魔法を感知すると、大きな音と光で知らせてくれるそうだ。柵なりなんなりも、頑張れば魔法で乗り越えてしまうから、と。
園長さんにお礼を言って「サンクローバーの家」をあとにする。
「レイモンド……疲れた」
杖に乗っかって自宅へと戻りながら、レイモンドに文句を言う。
自宅が城っていうのがね……慣れる気がしない。一応離れではあるけど。
「う、うん、そうだよね。ごめんね」
「私が見学したいって言ったから文句を言う立場じゃないって分かってるけど、疲れた」
「無理しないで言いたいこと言って。支えているから、力は抜いていいよ」
後ろからぎゅうっとされる。
「……この態勢で無理だし。寝っ転がりたい。やっぱり空飛ぶベッドがいい」
「え……諦めていなかったの、それ。練習してもいいけどさ……いつも二人で空の上のベッドで同衾しているって思われるけど……いいの?」
「……駄目だった。今、一瞬で諦めた」
「だよね」
私がしてって言えば……練習もするんだ。
「でも一瞬だけ味わってみたい。今日の夜、来るんだよね。十センチくらいでいいから浮かせて」
「えっと……それくらいでいいの?」
「うん、気分は出るから」
さすがに窓からベッドを運び出すのはね……大変そうだから要求しないでおこう。空飛ぶ絨毯とか浪漫だし。絨毯は家具を動かさないといけないだろうし、ベッドで気分を味わおう。
「今日はごめんね、アリス」
なんか、謝られることあったっけ?
「何が? 私が疲れたことに対して?」
「ち、違うよ。水……かかっちゃって……」
「あ! そうだよ、レイモンド! あんた、分かっててやったでしょ!」
「う……うん……ごめん……」
「やっぱり変態的な乾かし方だったんじゃん! 前の! あんな乾かし方できるんじゃん!」
「え……? え、そっち!?」
「私が変な気になるの分かっててやったでしょ! 絶対エロいこと考えてた!」
「え……あれ? くすぐったいんじゃなかったの? え……あれって変な気になるの……?」
「……………………」
もしかして……私、誤爆した?
「アリスがくすぐったそうだったから練習したんだよ。さすがに風だけではすぐに乾かないから水の急激な蒸発とセットなんだけど、その比率や時間を変えてさ。水がないのに蒸発させようとしたら服の生地が傷むかもしれないし、やりすぎないように一瞬でって方針で。いや、普段はタオルで拭くし、わざわざ細かいことまで考えたことなかったから……」
「……………………」
変な沈黙が続く。
よかった……レイモンドが後ろにいて……。前を見やすいように私の右側から顔を出してはいるけど、見ないように顔を背ければ目も合わない。
しかし服の生地の心配って……デザインまで考えるくらいだし、結構乙女思考なのかな。
「……練習したのなら、ありがとう。次があったら、アレで」
「わ、分かった」
めっちゃ棒読みになった……。
どうしよう……レイモンドとそーゆー関係になったら。アレがプレイの一つになってしまうんじゃ……って、私は一体何を考えて……。
というか私、めっちゃ頼る気満々だよね。乾かすやり方を教えてって言うのが正解だった気がする。ベッドを浮かせるのだって、自分でやれって話だよね。危なくないように見ててって言うべきところだったはず。
なんか私、ダメだな……レイモンドの前だとダメダメになる……。
「それでね、アリス。ごめん……水がかかるのをそのままにして」
アンディくんの件か。
「いいよ。今後、私に何もさせないためでしょ?」
「うん……アンディは先生なら大丈夫だって信じて、危ない力試しをする時があったから。一応、水が熱い場合に備えてぬるま湯に変えてはおいたんだけど……。アリスは優しいし、あとで説明すれば許してもらえるかなって咄嗟に思っちゃって……せっかく服を乾かすのも練習したし、試したい気持ちも出ちゃって……ごめん……」
あの一瞬で色々考えていたのか……。
私、レイモンドに優しくしたこと、ないはずだけどな。覗き見していたせいで、そんなイメージなのかな。
「それはもういいよ。アンディくんも、これからは控えめになるんじゃない? ショック療法になったと思うけど」
「……ショックを与えすぎたかな。あんなに泣くとは思わなかった。違う方法があったかもしれない。どうするのが正解だったんだろう……」
あれ。私がさっき園で思ったことと同じことを言ってる。
「保育士さんに聞いてみたら?」
「そんなの、あれはあれでよかったですよとか言われるだけだよ。俺……辺境伯の息子だからさ。誰も駄目出しなんて、してくれないよ」
もしかして、私しか思ったことを素直に言ってくれる相手がいない? どうしよう……その特別感が嬉しくなってきた。
たかが三日で落とされる女にはなりたくないんだけどな。
「私も駄目だったよね。アンディくんに特別に好かれちゃった。好かれすぎもよくないよね」
「分からない。俺はすごいなって思った。やっぱりアリスが大好きだなって思ったよ。正解は……分からないけど」
一緒にこれからも遊びに行って、魔法学園の保育科でも学んで、あーだこーだ何がよかったのかなーなんて話したりしよっか。
言いたくなったその台詞を、口に出さないように呑み込んだ。
レイモンドは私を好きすぎる……一度口にすれば、絶対に撤回できない。
――でも。
そんな未来がきっと訪れる。
そう……確信してしまった。