37.アンドリューの気持ち
「でもね、俺は悪いけど悪くないんだよ! 悪いけど!」
「そ、そっか」
ぽろっぽろ泣いているアンディくんの涙と鼻水を、持っていたハンカチで拭いてあげる。
「だってね、レイ先生はお水に気付いてたもん! お姉さんが無理でも大丈夫って思った!」
「あ……はは、そっか」
気付いていなかった私が、ものすごく間抜けみたいじゃん……。いつタライが頭の上に移動していたんだろう。
は!
水をいきなり出現させるんじゃなくてタライを使ったのは、私が気付きやすいようにだったのかもしれない。悪戯ざかりの年齢だけど、色々考えてはいるんだ。
そう考えると……さっきのも可愛く思えてきた。
「あんな意地悪するレイ先生とは結婚しない方がいいよ!」
おお、すっごい方向へ話が飛んでいくなぁ。
「そ、そうかなぁ……」
「そうだよ! お姉さんの名前って、アリス? ってさっき言ってた?」
「うん、そうだよ」
「俺が守ってあげる。皆子供だから変なこととかするし。魔法も俺が教えてあげる! だからまた来て、いっぱい来て。俺もう意地悪しないから……っ」
これは、四歳児に惚れられた……!?
可愛いなぁ。憧れのお姉さんみたいな?
いや……私、弱いからな……大きなお姉さんの先生になれるっていうのが嬉しくなっちゃったのかな。
なんか……レイモンドがやっちまったーっみたいな顔をしているのは見なかったことにしよ。
「ね〜レイ先生! お姉さんのことはアンディに任せて、リコと……あ、私と一緒にお部屋で遊んで!」
「あー……いや、ごめんね、そろそろニ歳と三歳児のクラスもアリスお姉さんに見せたいんだ。アンディも悪いけど、お姉さんを返してくれるかな」
「嫌だ! それなら俺も行く」
マイカ先生が説得しようと口を開こうとするのを見て、その前にとアンディを抱きしめる。
「ごめんね、アンディくん。すごく嬉しいけど、大事なお話も先生としたいし今日はおしまいにしよう? また必ず来るね」
「……絶対?」
「うん、絶対。待っててね」
なでなですると、嫌そうに……でも頷いてくれた。
「分かった。待ってる」
「ありがとう。アンディくんは我慢もできてえらいね」
「絶対! 絶対だからね!」
「分かってるよ」
はぁ〜、可愛い!
もうこれは、すぐにでも来るしかないよね!
「それでは、案内を続けさせていただきますね」
申し訳なさそうな顔をするシルビア先生に「お願いします」と言って、建物の中へと入った。
◆◇◆◇◆
ニ歳児と三歳児クラスとは、完全にエリアが分かれているようだ。建物内に、そちらへ行く扉が設けられていた。
「すっかり懐かれちゃいましたね〜、さすがアリス様です」
「いえ……難しいですね。可愛いですけど、これが先生なら他の子供たちとの愛情に差があると思われてしまいますよね」
「……記憶もなくしてその年齢でそこまで気が回る方はいないと思いますよ。やっぱり、他の方とは違うのですね」
「あ、ありがとうございます」
……危うく弟がいたのでと言いそうだった。記憶を忘れているんだった。
愛情の差……それは自分がずっと感じていた。
手のかかる弟たち。
気が付いた時には、両親は完全に私のことを手伝い要員として見ていた。仕方ないとは……分かっていた。料理をつくる間、面倒を見ていてほしいのも分かる。不器用な大樹の裁縫の宿題に付き合うか、光樹の戦隊ごっこに付き合うか選ばされる時もあって……。器用に自分でなんでもこなしてきた私には誰も付き合ってくれないのって、少し寂しかった。
「こちらです。隣が三歳の教室で、ここがニ歳児です。そろそろ食事の時間になりますし……今日はここから少し見学するくらいの方がいいかもしれないですね」
本当に恐ろしいのは、言葉が通じるようで通じない子供たちだ……。
その教室を見て、心の中でそう独りごちた。