29.執事サイモン
あのあとも魔法の特訓を続けた。
光の壁で水や風や土を防いだり、投げられた大きめの石を砂へと砕いたりといった作業だ。火も多少は練習したものの、レイモンドが私へと向ける火はごくごく小さいのしか無理だったので、そこまで練習はできなかった。
苦笑しながら「使いたくないと思っていると、力は使えないんだよね……」と言っていた。もう少し練習方法を考えるから待っていてとすまなそうにしていた。
魔法に慣れれば、力を使われる予兆……相手の言葉やアクションに呼応する気配自体を察知できるらしい。
杖の大きさは自分で変えられるようになったけれど、危ないのでまだ一人では飛んでいない。
そうして翌日になり今、私は白薔薇邸の裏庭にいる。芝生が真四角に広がっているその中央で、この家の執事さんと対峙している。
メイリアとソフィも、なぜか遠巻きに見守ってくれている。
「こ、怖いです、サイモンさん……!」
サイモン・ブロンソンと名乗った執事さんは、褐色の髪と緑の瞳でワイルドさを隠しきれていない見た目をしているものの、当たりは柔らかい。
城や領地の管理の実務はこの執事さんが行っているらしい。
「大丈夫ですよ、ご安心ください。レイモンド様に守られているので怪我はありません。それから……私のことはサイモンと」
こんなに年が上の男性を、呼び捨てにはしにくいんだけどな……。
「そうだよ、アリス。俺が守っているんだから大丈夫」
「ううー……分かるけど……分かるけど……」
でも、サイモンさん……違った、サイモンの圧って笑顔でも怖いよ……。
今、私はレイモンドに守られている。といっても目の前にいるわけではく、普通に距離をとって彼は後ろにいる。
そして私は……彼の光魔法によって全身を包まれている。
スーパーなんとか人だよね、これ……。私が異世界人だとしたら、スーパー異世界人? そのうちスーパー異世界人を超えたスーパー異世界人になりそう。それも超えてゴッドになりそう。スーパー異世界人ゴッドアリス爆誕的な……ああ、現実逃避している場合じゃない。ちゃんと考えないと。
火が来る前に光の障壁……神へと返上……。
「考えていても上達しません。分かりやすくもしますし、アリス様なら必ず防げます。では、いきますよ」
突き出された杖から火が出るより前に、私も掌底を打つように右手を前に出して光の壁を張った。大きな炎が一瞬で目前へと迫ると、爆ぜるような音がして炎が消滅する。
「お見事です」
「こ、怖かったぁ……」
大丈夫だと思っていても迫りくる炎と熱さを思い出して、足がガクガクと震える。メイリアとソフィが駆け寄ってきて支えてくれた。
「大丈夫ですか、アリス様」
「う……うん。ごめん、迷惑をかけて」
「迷惑なんかじゃないです! 怖いですよね……自衛はできた方がいいに決まっていますが、最初は少しずつですよ」
二人の励ましに落ち着いてきた。
震えは止まらないけど。
「あー……今日はもうやめた方がいいかな。明日から短時間でいいから付き合ってくれる、サイモン」
「ええ、もちろんです。旦那様にも了解はとりました」
「ああ、ありがとう」
まだまだ迷惑をかけてばっかりだな……。
それにしても、すごい火だった。執事さんだし、やっぱり強いのかな。
そういえばレイモンドが慣れてきたら戦闘訓練も再開するとか言っていた。サイモンさんが付き合ったりもしていたのかな。
「ね、レイモンド。戦闘訓練ってサイモンさ……サイモンともしていたの?」
「ああ、そうだね。昔はね。今はたまに騎士団に付き合ってもらって勘を定期的に取り戻すくらいだけど」
「見たいなー」
「ええー……?」
「見たい見たい」
「ううん……」
異世界での魔法での戦い……やっぱり一度は見てみたいよね。
なんで嫌そうなんだろう。
「いいではないですか、レイモンド様。何が記憶を取り戻すきっかけになるかは分かりませんし。かなりの手加減をしていただくことにはなってしまいますが、アリス様が見たいとおっしゃっているのなら意味があることかもしれません」
「う……いやぁー……」
そうだった。私ってそういう設定になっていたんだった。
困っているレイモンドを見ていたら、足の震えも止まったみたい。それはよかったけど……そんなに強いんだ。
「レイモンド、見てみたいな」
彼の両手を握って、試しに上目遣いでお願いしてみる。レイモンドが私のことを好きだと信じているからできるけど、我ながら気色悪い。
これで見せてもらえなかったら一週間くらい凹みそう……。
「う……わ、分かった……」
顔を赤くして頷く彼にほっとする。
よかった……気持ち悪いとか思われなくて……。
「でも、引かないでよ。今までみたいに話してくれなくなったら俺、泣いちゃうよ?」
それって脅しなの……?
「う、うん。引かないようにする」
たぶんだけど。
引くほど強いのか……少し怖くなってきた。
「それから……」
彼が私の耳元で小さくこう言った。
「嫌がっている俺に無理矢理やらせるんだ。俺のお願いも叶えてよね。夜、寝る前に言うからさ」
「え……」
返事も聞かずにレイモンドが前に出た。
何をお願いされるんだろう……。
それってやっぱり月に一度はするとか言ってたアレなのかと聞きたいけど、ここには他の人もいるし口にはできない。「変態趣味に付き合わせないで」と突っ込みたいのに!
違う意味でもドキドキしながら、二人を見守った。