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24.忘却

「私の……名前……」


 思考が凍りついたように上手く働かない。

 

「君の世界には漢字というものがあった。その記憶はあるはずだ」

「うん……ある……」

「でも、ここで言葉を組み立てようとする時に、それは思い浮かんでいないはず。ここに漢字と同等のものは存在しないからね……」


 確かにそうだ……アリス・バーネットにしろ夢咲愛里朱にしろ……ここでのスペルで考えている……。


 漢字には意味があった。一つ一つの文字に対しての意味が。そのこと自体は覚えているのに……もう記憶の中から取り出すことができない。


「必ず気付く。漢字という存在が消えていることに。世界に馴染みやすいように意識しにくくはなっていると思うけど……先に、言っておいた方がいいと思ったんだ……」


 震える手で漢字であろう記号の書かれた紙を持つ。


 そういえば、大樹と光樹にも樹木という意味の漢字が使われていることは記憶としてあるのに……その漢字が思い浮かばない。

 ここでの音としてのスペルと、その語源としての意味合いくらいしか……思い出せない。


「どの音が……どの漢字なのか教えて」


 声も震えていたかもしれない。

 レイモンドがそっと指さしていく。


「これが『ゆめ』だよ。形のない……眠っている時に見る幻覚。または将来への希望。これが『さき』だ。花の蕾が開くって意味のね。これが『あ』の音だね。愛しているって意味の漢字。これは『り』だ。里を意味している。これは『す』の音で……朱色という意味の漢字だ。君の髪と同じ色だね」


 あれだけ幼い頃から書いてきた字を……私は忘れているんだ……。


「確かに……召喚じゃなくて転生かもしれないね……」


 最初にレイモンドが言ったその言葉を思い出す。もう私という存在は別の何かに……生まれ変わってしまったみたいだ。


 さすがにここまでとなると、夢ではないよね。もう二度と私はあの場所には……。


 ――お父さん、お母さん……最後にもう一度会いたいよ。


「ごめん、アリス。本当に……ごめん」


 レイモンドが私の涙を指で拭いとって、私は泣いていたんだと気付く。


 彼もなぜか涙を流して……それを隠すようにして私を抱きしめた。


「……俺、なんだってするから……」


 彼も辛そうだし、このままでもいいかと押し返すのはやめた。

 そういえば昨日、「召喚する側にも条件があって……俺はもう二度と誰も召喚はできないだろうな」と言っていた。


 もしかしたら、私を召喚したあとに罪悪感をもってしまったのかな。だからもうできないのかもしれない。


「私を召喚したこと、後悔しているの?」

「しないよ、それは。君が死ぬのなんて絶対に嫌だ。でも……君の髪と瞳の色が変わって……俺は……」


 ああ……それを見て別のものに変えてしまったと、実感を伴って彼も思ったのかもしれない。私を不安にさせないために、軽そうな感じに演じている部分もあったのかな。

 召喚なのに転生だと最初に言ったのは……そうさせてしまったと思ったからかもしれない。


 彼も私と似たような年齢。悩みもするし迷いもするし、不安もある。

 自分自身を見失わないように、何をしたいか何を選ぶかは自分の頭で考えなければ。


「日本語を知っているのは、この世界でレイモンドだけなんだね」

「うん……君が望むなら俺、教えるから。漢字は全部を覚えてはいないけど……き、君や弟が漢字検定の勉強をしているのも見ていたし」

「だからストーカーしすぎでしょ」


 涙声のまま、呆れたように笑ってみせる。


 彼が日本語を覚えたのは、私が望んだ時に教えられるようにするためだったのかな。

 どれだけの覚悟で私を召喚したんだか……。


 もうここに来てしまった。

 過去を振り返って泣くのは、もう少しあとにしよう。失ったものについて考えていても、先には進めない。

 

 この世界で生きていける力をつけて、それから――思い切り泣こう。


「家に戻ったら家族の漢字も教えて。一番仲よかった友達の名前も。覚えられないから紙に書いて」

「ああ、分かったよ。どれだけでも書く。他にはいいの?」

「うん、覚えなきゃいけないことは、いっぱいあるんでしょ?」

「……そうだね」


 ぐいっと、今度こそ私を抱きしめたままの彼を押し返す。


「あんたの頭をかち割れるくらいの魔法を、早く覚えないとね」

「それはやめてってば」


 このまま絆されて恋人みたいな雰囲気にはなりたくない。私の軽口にほっとするような表情をして応じる彼に、わざと突き放すようなことを言う。


「私、天邪鬼なの。あんたと結婚する道しかないって言われると、違う道を探したくなるの」

「まぁ、そんなものだよね。でも他に道がないと知った時、人は自分の道が最高なんだと正当化する理由を探すようになる。道は一つだけだと君に思わせるだけのことだよ」

「せいぜい頑張れば? 無駄だと思うけど」

「ああ、めちゃくちゃ頑張るよ。俺と結婚したいっていつか絶対に言わせてみせる」


 涙をふいて挑戦的に言う彼に、私も笑顔で応じる。


「受けて立ってあげる。たくさんの道を見つけて、どれにしようかなーって自分の意思で選ぶから!」


 道は一つだけ?

 冗談じゃない。

 ここで一人でも生きていける力を身につけて、たくさんの道の中から私は進みたい道を自分の意思で決める。


 ――選んだ先の道が彼へと続いているのだとしても。

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(2023.10.27より)

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