23.見知らぬ記号
「あー、美味しかった。レイモンドの家の料理人さんは最高だねー!」
食べ終わり、苦しくなったお腹を押さえつつほくほくしながらそう言うと彼が苦笑した。
「今までで一番いい笑顔だね……」
そりゃね。ホールケーキを食べたいだけ食べられる機会なんてないし。前の世界では弟たちにたくさん食べられちゃうしね。
レイモンドはまだ食べるかと聞いてくれるし取り分けてくれるし……私、お姉ちゃんだったから、今まで我慢してきた分思いっきり我儘言いたくなってくるんだよね。……怒らないし。
体は十三歳でレイモンドより年下なわけだし、多少はいいよね。
「そういえば、体はあんたと同じ学年になったんだよね。学園入学は同じ学年として入るってこと?」
「そうだね、君の年齢は誤魔化そうと思っていたけど、そのままでよくなった。今の君は十三歳。誕生日はそのまま九月としておこう。君の認識が十四歳であることは二人だけの秘密だね」
……意味深な言い方を。
「私は名前と年齢と誕生日くらいしか覚えていなくて、魔女さんに拾われたってことだよね。魔女さんについては怪しい人でしたくらいでボカしておく感じ?」
「そうだね……年齢と誕生日は魔女さんに聞いたってことでもいいかな。他の人にとっては魔女さんについても正体不明というか……聖女召喚が必要な時に王都に突然姿を現して聖女ちゃんを異世界から召喚してくれる魔女様って感じかな」
「よく千年に一度なのに歓迎されるね……あんなに変なのに」
胡散臭さ大爆発だよね。
「その時のために国王様や第一王子の前にも、姿はたまに見せているらしいよ。前回の召喚前から海を囲む七つの国に定期的に顔を出しているらしい。どの国で召喚するかも、その時によるんだって。今は俺とそれなりに会っていることも有名だ」
「……魔女さんに会いましたって言って信じてくれるの?」
「いや……魔女さん……突然色んな店に魔法陣もなしに俺と現れて、スイーツを食べるのにはまっていたことが……王都にも……」
自由すぎだな。
それに仲がよすぎだ。
「俺の両親の前にもいきなり現れたことがあるしね」
両親公認の師弟みたいなものなのかな。なぜか複雑な気持ちだ。なんでだろう……。
ううん、話題を変えてしまおう。
「そういえば、そのカードに書いてある記号は何? なんのために置いてあるの?」
「あー……うん、いつ言おうか昨日からずっと悩んでいることがあって……」
ずっとって……夜中に考え続けていたってこと? ここにこのカードがあるってことは、朝のうちには誰かに頼んでおいたんだよね。
「文字を書けばきっと気付く。もしかしたら今すぐにでも……心の準備なしにその時を迎えるよりは今日のうちにと思ったんだけど……」
煮えきらない態度……。ここまで苦悶の表情で言い淀むレイモンドは、たった二日の付き合いだけれど初めてだ。
「説明のできる俺がいる時にとは思って、踏ん切りをつけるためにも置いてもらったんだけど……やっぱり……今日はやめておこうかな……」
やめるんかーい!
「今聞きたい。気持ち悪いから言って」
「いやでも、楽しかったし……今じゃなくても……傷つけたくないし……たぶんまだ気付かないしな……このまま今日はおしまいにした方がいい気も……」
完全に逃げに入っている人って感じだ。
私が傷つく話かぁ……。
そんなのが待ち構えていると思うだけで気持ち悪い。
あーあ……そんな話が待っているのなら、腹八分目にしておくべきだったな。
「分かった。私、今から傷つくことにする」
「で、でもさ……せっかく精霊さんにも会えたのに……」
「逃げないで、レイモンド。決めていたんでしょ」
「ああ……決めていた。決めないとって。いずれ知ることだからと……」
やっぱり……十四歳なんだ。
魔法なんて使えちゃうから私より自立しているように見えていたけど、私と同じように悩んだり迷ったりするんだ。
「決めていたなら言って。いずれ知るなら、私は今知りたい」
「――――」
すぐ隣にいるレイモンドが、眉を寄せながら苦しそうに私を見上げるようにして――、小さな声で言った。
「これは……君の世界の君の名前。夢咲愛里朱と書かれているんだ……」