22.火の精霊
「うわぁ! 美味しそう!」
目の前にはホールケーキが鎮座している。
それなりにお腹がいっぱいだったけれど、別腹が発動するのを感じた。
生クリームケーキの上にフルーツがたくさんのっている。チョコレートの板には「大好きなアリスへ」と書かれている。
……そーゆーのはいらないんだけどなぁ。
もう一つカードが添えられていて……なんだろう。そっちは、よく分からない記号が書かれている。召喚に必要だったのかな。
レイモンドが数本の蝋燭をケーキへ刺した。彼の杖の動きに合わせてカーテンが閉められ、突然暗くなった空間に光の球が無数に浮き始める。
魔法使いっぽい……。
「精霊さん、蝋燭に小さな火を灯してくれる?」
彼の声に呼応して、ポンポンと蝋燭の上で赤い火がゆらゆらと揺らめいた。赤い光に照らされたレイモンドが少し……あらたまった顔をした。
「この世界へようこそ、アリス。来てくれて嬉しいよ」
「う、うん」
ありがとうと言おうとして……やめた。
「消していいよ」
「分かった。消しちゃうね」
ふーっと息を吐くと、揺れて静かに蝋燭から炎が失われる。吹き消したあとの独特の匂いが懐かしい。
「次はアリスがつけてみて」
消えた蝋燭をケーキから外すと、残りの蝋燭を持ちながら私の隣に来た。
「……なんでこっちに来たの」
「火だからね。何かあったらどうにかするよ」
そっか、どうにかできる人なんだっけ……。召喚ができる人も、そうはいない口ぶりだった。魔女さんにも気に入られている。
隣にいてもらった方がいいには違いない。
「はい、蝋燭」
「待って、なんか多くない? さっきは数本じゃなかった?」
「せっかくだし」
……何がせっかくなんだろう……。
火事になったらどうする気だろ。でも……十四本か。私の本来の年齢と同じ本数だ。レイモンドなりに意味があるのかな。
ポンポンと生クリームの上に等間隔に刺していく。
「じ、じゃぁ……行くね」
「ああ」
小さい火……小さい火……緊張しながら精霊さんに話しかける。
「蝋燭に火をちょうだい、精霊さん」
ボンッと一気に火が灯り、突然眩しさを感じた。
「アリス……一本一本いこうよ……慣れていないんだしさ」
うん……全部に灯るイメージをしていた。一瞬目の前に光の障壁が現れて、シャリンと消えた気もする。レイモンドが咄嗟にこちらに燃え移らないように壁を作ったのかもしれない。
赤い火の精霊が、甲高い声を出してケーキの真上を旋回して楽しげに消えた。
「あ、ありがとう精霊さん」
見えなくなった彼らにお礼を言う。
「火の精霊は派手好きだからね。一気につけたいなーって思っていたのかもね。それに、さっきここで俺が派手な魔法を使ったから、姿を見せてくれるかなって思ったんだ」
だから昼食ごときに召喚魔法を使ったのかな……。魔女さんのことを神の使い魔と表現していたけど、さっきの詠唱での神の御使いって言葉も魔女さんのことかもしれない。
その力の痕跡を感じとって姿を見せてくれたってことかな。
「精霊さんは神様が大好きってこと?」
「ああ、世界の創造神から生み出された存在。神の寵愛を受けている。俺たち人間もだけどね」
「そうなんだ……」
「君の世界は神により創られ、全てを人間に任されている。在り続けるかどうかも人間次第。自力の世界だ」
「自力……」
「この世界は他力の世界。火をつけるのすら、元を正せば神の力。魔王が生まれても、頼みの綱は自力の世界から招いた異端者だ」
他力……。ここは祈りと感謝が支配する国だと言っていた。それもまた、誰かの助けがあってこそ。
「誰かに頼らないと生きてはいけない世界ってこと……?」
「それは君の世界も同じ。誰の助けもなくては生きていけない。ただ……この世界では人智を超えた力がそこかしこに満ちて、誰もがそれに頼るのが当然だと思っている。そこに違和感を覚えることもあるだろうけど、どちらの価値観も合わせ持った君らしい解釈をしてくれたらと望んでいるよ」
人智を超えた力に神様か……前の世界にいたら、そんな言葉を連呼されると気持ち悪かっただろうなと思う。でも、私のお願いに応えてくれた精霊さんは可愛いなって思った。
こんな超常現象をたくさん見せられたら……ね。
「否定はしないよ。精霊さんの存在はさすがにもう信じたし」
「ああ。そうやって少しずつ慣れてくれたら嬉しい。じゃ、食べよっか」
もぐもぐとふわふわの生クリームとスポンジ生地を頬張りながら、ここを他力の世界だと言い切ったレイモンドをちらりと横目で見る。
この世界の力を操る彼は完全にここの住人に見える。でも……両方の世界を知る彼も、もう異端者なんじゃないかなと、ふと思った。