19.大地の精霊
「精霊さん、小さなおうちをつくってよ」
レイモンドが大地に手をかざすと、かまくらのような形に土が盛り上がり魔法石がヒュンヒュン飛んできてピタピタと屋根のように張り付いた。
「……可愛い」
「だね。大地の精霊は照れ屋さんだから出てこないかなー。でも君はもう水の精霊にも風の精霊にも会っている。想像して、何かお願いしてみて?」
「えっと……何色なの? 精霊さん」
「橙色だよ」
「そうなんだ」
水の精霊の時は、私の手に水を入れてと指示してくれた。風の精霊の時にも……。
今回は何かをお願いしてと漠然としている。
自分で考えろってことだよね、何ができるか……。
水や風と違って、大地には種類がありそうな気がする。樹木も石も土も大地の恵みかな。
どうしよう……。
顔を上げると、陽射しが木々の隙間から差し込み、緑が水面に映り込みゆらゆらと揺らめいている。
大地の精霊……その言葉を聞いて、ふと思い出したのは弟の大樹と光樹だ。樹木という意味が、名前にはあった。
ゆっくりとイメージをしながら、近くにある木に手をかざした。
「白い花でレイモンドに彩りを」
木に巻き付いていた白い可憐な花を咲かせる植物の蔦が、くるくると木から外れていく。
「え、いや、待ってよ……」
そして……くるくるとレイモンドに巻き付いていく。
「うっわ……」
うん、白い花に彩られるレイモンド……イマイチだな。
「戻って」
彼から外れ、もう一度木へと巻き付きながら上へと登っていく。幹が見えなくなるほどに覆い、ちらりと精霊が一瞬だけ姿を見せた。
太陽のように明るい鱗粉を残して、甲高い笑い声をあげながら――。
「……楽しかったみたいだね。彼らなりのお礼かな。俺は絞め殺されるんじゃないかと怖かったけどね……」
「そっか、力を込めるとそうなるんだ」
「君、慣れていないんだからやめてよ……」
あれ、かなり緊張させちゃっていたのかな。どっと疲れた顔をしている。呼吸もどことなく荒い。
「どれくらいのイメージで体が千切れるか、試していい?」
「やめて! 冗談でも怖いこと言わないでよ!」
「レイモンドのケチー」
「こ……怖かった……火は軽いのにしよう。迷っていたけど、大きいのはやめておこう」
大きいのってなんだろう。本当に怖がらせていたみたい……可哀想だったかも。
キラリとまた太陽の光を浴びてきらめいた魔石を、なんとなく拾いあげる。ゴツゴツして形も歪だけれど、削れているせいか鮮やかな赤だ。
「この大きさ……前の世界のマンカラカラハを思い出すな……」
「ああ、たまに弟としていたね」
やっぱり知っているんだ……。おはじきみたいに綺麗な石を四十八個使ったボードゲーム。見た目も彩り豊かで、結構好きだった。
「ここから持ち帰って、加工してもらって一緒に遊ぶ?」
「魔石を使って? 贅沢すぎでしょ」
「はは、めちゃくちゃ贅沢だね」
「これだけ持ち帰ってもいいかな。記念に」
「もちろんいいでしょ。俺も記念に持って帰ろっかなー、アリスと一緒に精霊さんを見た記念にね」
レイモンドが杖をひょいと上げると、魔石だけが宙にいくつも浮かんだ。
情緒がなさすぎる……頑張って探しなよ。
「これにしよっと。その魔石と似た色だし。アリスの髪の色みたいに赤いよね」
「こんなに鮮やかじゃないでしょ。というか黒髪だったんだけど。なんでこうなったの。聞こうと思っていて忘れてた」
「黒髪の人はいないしねー、魔女さんはさておき。君がこっちで生まれていたら、その色になったんじゃない? 俺はどっちも好きだよ」
「魔女さんの黒髪も?」
「……すっごくどうでもいい……」
私の髪はもう少し茶系だと思う。それよりはレイモンドの瞳の色に近いような……。
いやいや、だから選んだんじゃないからね?
鮮やかで綺麗だと思ったからだからね?
「自分の金髪は?」
「それもどうでもいいよ……髪の色、変わるんだろうなーとは思っていたけど、椿みたいな色で綺麗だよね」
「……ここにも椿はあるの?」
「ないよ。俺しか知らない」
意味深にそう言う。レイモンドは、わざと前の世界の単語を使っている気がする。一輪車とかスマホとか……。
「ストーカーアピールをするのが好きなの?」
「えー、そんなわけないよ」
彼が私の頬をなでる。
「俺以外の人間に通じない言葉は多い。話す前に相手が知っているか考えてしまうことも、知り合いが増えるほどに多くなるはずだ。アリス、君が好き勝手話せるのは俺だけだよ。これからもずっとね」
……もしかしたら狂ったように愛されているのかもしれない。
彼の瞳を見て、そう思った。