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188/188

188.旅立ち【完結】

 ――まるで雲海だ。


 気が付くとそこにいた。

 下には白い雲が広がり、空は青く高い。


 上からの光に照らされた雲はまるで階段のようで――その先へと上っていけば、神様のいる場所へと辿り着けるような気がした。


 この景色は見たことがある。


 振り返れば虹が……あの時と同じだ。

 一緒に虹を見て、おそろいのキノコのキーボックスを買ってもらって、私から初めてキスをしたあの日の――。


「待たせた?」


 彼が唐突に現れる。


 ああ――、髪が金色だ。

 ハリのある声にきめ細かい肌、私を召喚したあの時の姿だ。だって、こんなにまで私と顔の距離が近い。身長差がほとんどない。


 自分の手に視線を向けても瑞々しい。顔を触っても、当たり前にあったたるみがなくなっている。


「すっごく待った! 数秒くらい待った!」


 思いっきり彼に抱きついた。

 

 ここでは、それができる。

 欲しかったものが、全部ここにある。


 浮遊感はあるのに体は揺らがない。

 現実ではないことを物語っている。


「それ……待ってないよね。ここに時間の概念はないのかな」

「でも遅かった!」

「まったく……」


 彼の体温だ。

 笑いながら、頭も体を包み込んでくれる。


 若くなりすぎて、少し華奢だけどね!


「もー。最後は抱きしめてほしかったのに」

「え、そうだったの。でも実際そうしたら、バキッといっちゃうんじゃない? 俺も上から抱きしめて体重を乗せないようにする体力はもうなかったしさ……」

「最後なら、それはそれで」

「骨を折って終わりはさすがにね」


 くすくすと笑い合う。


 最後の時……若い頃に戻ってもう一度激しく求め合いたいなんて思ったけど、ここでは魂の部分で繋がっている感じがする。そんなことをしなくても満ち足りて……きっと、ここはそんな場所なんだ。

 私たちは魂のままで会話しているのかもしれない。


 老いは残酷だったけれど、生きていられたからこそ、それを知れた。それもまた幸せだったと、ここでなら思える。


「ねぇ、レイモンド。私たちはどこへ向かえばいいと思う?」

「あそこだよね、どう考えても」


 彼が指を差すのは、雲の階段の先……光あふれる場所。


「遠いね」

「ありがたいことにね」

「もっと遠くてもいいね」


 きっと、あそこから次が始まる。


 レイモンドが私から体を離して一段上の雲に跳び乗り、手を広げる。


「おいで」


 ここでは魔法を使わなくても自由自在だ。あの時のように、その腕の中に飛び込んで抱きしめてもらう。


「こうやって、少しずつ行こうか」

「どれだけ時間がかかるんだろう……」

「時間の概念はなさそうだから、いいんじゃない?」


 そうだね。

 最後だもんね。


「レイモンドは、ちゃんと誰かに見送ってもらえた?」

「もちろんだよ。あとを追うことになるだろうって予告しておいたから。ごめんね、アリスには俺だけで」

「十分! だけど、あんなに元気だったのにやっぱりすぐだったんだ?」

「そうだね。痛ぁっと思ってから一瞬だったよ」

「ズル……私はあんなに弱っていたのに」

「頭は耄碌していたけどねー。今思い出すと、ステフィーのことをジェニファー様って何度も呼んでいたような……この場所、ボケていた時のことまでクリアに思い出せる。考えるのはやめよう」


 ジェニーの娘ちゃん、ステファニー。セドリックと結婚してからは彼女の希望もあり、愛称のステフィーで呼んでいた。

 似ていたしね、あの二人。


 そっか、ボケていた時のことも……。


「――あ!」

「どうしたの? アリス」

「私、セイカに日記を渡してって頼んじゃった!」

「あ、うん。頼んでいたね」

「内容を思い出した……あんなの渡しちゃうんだ、私……」

「え、忘れてたんだ」

「うん、だから頼めた……。思考がクリアになったと思っていたのに全然まともじゃなかった……。まぁいっか、私もう死んでるし。役に立つよね」

「よくまとまっていたと思うよ。見せてもらった分だけでも、やっぱり頭いいんだなーって。一緒に仕事をしていた時にも言ったけど、要点を抜き出してまとめるのが上手いよね。読み物としても面白いよ」

「いやぁ……若い時なんて、レイモンドはいつ枯れるんだろうとかまで書いていた気も……。あんなの何冊も渡されたらドン引きかな。ま、まぁいいよね。死んでる死んでる。私、死んでる」

「……俺も全部読みたかったな。面白そうだし、出版されたりしてね」


 アリスの日記って!?

 いやー!!!


「ど、どうしよう。せめて他人には見せないでって。二人までにしておいてって今から追記は……」


 できるわけない!


「魔女さんに頼んだら? まだ聞こえている可能性は半々くらいかな」


 その手が!?


 そっか、もう最後だ。

 ここから伝わるのか分からないけど……。


「魔女さーん! 私に第二の人生をありがとー! 日記は二人以外に見せないでって伝えといてねー! 出版だけはしないでってねー!」

「……アリス、はしゃいでるね」

「大きな声、出したかったし」

「俺も、お礼を言っておこうかな」

 

 あ、少し照れてる。


「魔女さん、アリスと出会わせてありがとう。また次の世界があるなら頼むよ」


 お礼というより要求だ……。


「楽しかったね」

「ああ、すごく楽しかった」

「ツチノコちゃんは処分されちゃうかなー」

「仕方ないね。一応、使用人の子供によかったらとは伝えておいたけど」


 手先が細かく動きにくくなってから、何かに駆り立てられるようにレイモンドはものすごい数のツチノコちゃんを作った。汚れた時の予備をもう作れなくなるかもしれない……と。

 歳をとりすぎて汚れることもそうはなくなり、ずらずらとベッドの飾り棚に並んでいた。


 あれ、キモ可愛いからなぁ。欲しがってもらえないかも。


 レイモンドと、過去を一つ一つ振り返りながらゆっくりと雲の階段を上っていく。


「次の世界があったら、どうする?」

「どうって……アリスと添い遂げるけど」

「そうじゃなくて、究極の二択! どっちの世界がいい?」

「えー……どうしようかな。アリスと同じ中学校に通って高校に行ってとか……そっちも惹かれるよね」

「あ、私もね、親善試合の時に思ったの。同じ学校にいる剣道部のレイモンドに憧れていたら何かしらのラブドッキリハプニングがあって溺愛されましたストーリーも捨てがたいなって。やっぱりこの場所、かなり色々と思い出せるね」

「え、そんなことを考えていたの。言ってよ……」


 実際にはお風呂でラブドッキリハプニングだった……せっかく長い間忘れていたのに、思い出してしまった。


「じゃ、次はアリスがいた世界?」

「そうだなぁ。こっちの世界も好きだし……セイカの子供になってみたい気も……」

「じゃ、アリスの世界で添い遂げてから、またこっちに来ようか」

「そもそも、来世があるのかどうか……」

「あるよ。そう信じて次へ行こう」

「そうだね」


 夢のような世界で私たちは跳ねる。

 落ちる恐怖も何もない。


 一つずつ、一つずつ、忘れてしまった思い出を辿っていく。


 精霊さんを一緒に見たね。

 あの森のコテージも思い出がたくさんあるね。

 昼食召喚なんてしちゃってたね。

 学園に受かるか心配だったな。

 レイモンドのことをもう好きになっていたから、落ちてがっかりされないか心配だったんだ。


 学園での話。

 結婚してからの話。

 子供たちの話。


 順番に笑いながら話して――、いつしか私たちは光の前にいた。


「着いちゃった」

「そうだね……どうする?」

「んー。あ、もしもの場合に決めておきたい」


 きっとこれが物語だったら、さぁ次の世界へって綺麗な形で飛びこむんだろうけど……。


「何を?」

「もし、しばらくこの世界を……セイカが世界を救うまで見守れる扉と、次の世界へ行く扉、どちらか選べるならどうする?」

「また、すっごい二択を突きつけるね。さすがアリスだよ」


 何がさすがなんだ……。


「もしそんな選択ができるなら、アリスの希望に任せる。どっちがいい?」

「私だって、レイモンドの希望を聞きたい」


 苦笑しながら見つめ合う。


「じゃ、前者ならパーを出して。後者ならグーね。同じだったらラッキーで、違っていたら話し合い!」

「え、緊張するな……」

「ジャ~ンケーン――」

「もう!?」


 ――ポイッ!


「同じだね」

「ああ、よかったよ。まさか最後の最後までこんなにアリスがアリスだとは……」


 どんな意味だってば!


 ――赤い瞳。これが見納めかな。


 見つめ合って、最後のキスをする。


「せーのでいく?」

「そうしよっか」

「次がどこだったとしても、愛し合おうね」

「もちろんだ、大好きだよ。今までも、これからも」


 繋いだ手は離さない。

 次は同じ場所で出会えるように。


 顔を見合わせて息を吸い込む。


「「――せーのっ!」」


 

 ――――――――



 タイトル

『クリスマスの夜の贈り物』

 

共著:レイモンド・オルザベル

   アリス・オルザベル


シャンシャン シャンシャン

なんの音かな 精霊さんのイタズラかな

いいえ 今日は聖なる夜

子供たちが 眠るのを

聖アリスちゃんが 待っている音


ぼくも私も 目をつむったら

お空に浮かぶのは ソリに乗る女の子

赤いぼうしの 白いボンボンをゆらして

眠っている子に そーっと贈り物


がんばっていたの 見ていたよ

悲しいことがあったのも 知ってるよ

嬉しいことも たくさんあったね

あなたの未来が 輝くように

光の魔法も 夢の中へ

目覚めたら とびっきりの笑顔を見せて


シャンシャン シャンシャン

クリスマスには 鈴の音

あなたを大好きな 女の子が

贈り物を持って すぐそこに


【作者プロフィール】※巻末記載

レイモンド・オルザベル

聖アリスちゃんの導き手。

彼女の祈りを世界中へ届けることを使命としている。

 

アリス・オルザベル

異世界からの迷い子。

世界中の人々の幸せを祈っている。


【作者からのお願い】

子供たちが自分のことを大切な存在だと感じられるように、ご協力をお願いします。

この本を誰かが目にする時、私たちはもうこの世にはいないでしょう。聖夜の祝福が、それでもなお永遠に続くよう私たちは祈っています。

どうかクリスマスには周りの人たちへも感謝を込めて祈りを捧げてください。


この本を読むあなたの幸せもまた、私たちは心より願っています。


 

 ――――――――


 クリスマスの夜。

 どこかの家族が、ありふれた会話をする。


「あら、シャンシャンと音が聞こえた気がしたわ」

「え、もう聖アリスちゃん、来ちゃった?」

「きっとそうよ。早く寝ないとプレゼントがもらえないわ」

「あ。ママ、また光が降ってきたよ。ママにも! おばあちゃんかな、おじいちゃんかな、それとも隣の家のママかな」

「そうね、私たちの幸せを願う人はたくさんいるわ」

「今の光はパパだよ」

「あ、パパ! なんだ、パパだったの。隣の部屋から祈ったの?」

「なんだは酷いなぁ。そうだよ、さぁ一緒にもう一度祈ろう。そして、早く寝ような」

「はーい!」


 ――それは、永遠に語られる彼らの物語。


 世界中の子供たちに祝福を。

 彼らがたくさんの愛を感じて大きくなり、いずれ、たくさんの愛を誰かに与えられるように。


 この物語を知る、誰かにとって大切なあなたにも、すぐそこに。

 

 その光は目には見えなくとも、必ず――。


 

〈完〉





ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

☆の評価やブックマーク、「いいね」もとても励まされました。「いいね」は作者にしか見れないようですが「よかったよと思ってくれた人が確実にいる」というのは嬉しいですし支えられます。


今回の話は、ものすごく好き放題書いたなーと。書いていてとても楽しかったです(いつもそうですが)。

「ザ・人生。まさに人生」というイメージです。思った以上の長編になり自分でも驚きでした。せっかく好き放題書いたので、あとがきも好き放題書いてしまいましょう!

 

昔、私が学生だった頃に泣きゲーと呼ばれるジャンルのゲームをプレイして衝撃を受けたんですよね。ゲームで数時間泣き続けることができるのか……と。

ただ、完全なハッピーエンドでそこまで泣けるのは難しく、ゲームとなると選ばなかったキャラは幸せになれないのか問題も出てきますし。

いつか、悪い人もいなくて皆が幸せになって、それでいて最後は感動で泣ける小説を書けたらなと漠然と思っていました(小説を書くサークルに所属していたので)。

そんな作品を、小説投稿サイトの存在を知ったので自分なりに書いてみようかなと挑戦してみたら書籍化したのが下記の別作品です。

タイトル∶

「婚約解消を提案したら王太子様に溺愛されました ~お手をどうぞ、僕の君~」


本作と同様に人生賛歌なラストなので、よろしければお読みください。ページ下部にリンクが貼ってあります。コミカライズも連載していますし、コミックス一巻がもうすぐ(2024.3.8)発売します。とっても可愛くて面白いです☆

好きなシーンばかり盛り込まれています。また、タロットカードの絵も美しく、まるで芸術作品です。


今後の作品でも、少なくとも自分は泣けるラストになるに違いないと確信した段階で、人生賛歌タグをつけると思います。

 

感性は人それぞれですし、私と趣味が同じ方がいてくれたのなら嬉しいですね。「私も好き」と思ってもらえたらラスト周辺エピソードへの「いいね」だけでも、もらえると嬉しいです。「私の他にもこーゆーラストを好きな人がいたんだ……!」という気持ちに作者がなれます。

(「いいね」はページ下部の☆の評価の上にあります)

 

次男を出産しお昼寝時間に書き始めた小説ですが、次男も大きくなり保育園に預けて私もまた働き始めました。家事、育児、仕事……と、執筆時間があまりとれなくなっています。

来週金曜から月城聖歌ちゃん主人公の新作を連載開始する予定ですが、そちらが完結したら少なくとも長編に関しては見た目上、しばらくお休みするかと思います。下書き段階での執筆スピードが落ちているので。ゆっくりお待ちいただけたら嬉しいですが……まずは月城聖歌ちゃんの話を楽しんでいただけたら幸いです。

タイトル↓

聖女として召喚された私は無愛想な第二王子を今日も溺愛しています 〜星屑のロンド〜


本作、恋愛描写とコメディ調の会話と感動系のラストは私らしさが存分に出ているかとは思いますが……先が気になる書き方もしていないので途中で離脱しやすい構成の自覚はあります。いっそ、ラスト二話だけでも読んでってーと書いてもいないうちに思っていました(笑)

最後まで読んでいただけた方、本当にありがとうございました!

この作品を最後まで読んだ方は、きっと私と相性がすごくいいに違いないと思っています。本作を読み、私と一緒に心を揺さぶられてくれていたら嬉しいです。

人間、いつ生が途絶えてしまうのかは分かりません。今ある幸せに目を向け、誰かに「ありがとう」や「大好き」の気持ちを伝えたいなんて読後感を持っていただけていたら、本作に対して思い残すことはありません。


明日からは全6話の作品を毎日投稿する予定です。悪役令嬢転生ものです。

(タイトル:異世界転生した先は断罪イベント五秒前!)※本作同様、悪い人は出てきません。

そちらも、よろしければぜひ!

 

それでは、皆様に再びお会いできたら幸いです。また会う日までよき人生を!


P.S.

作品を投稿していない時も、アリスちゃん並に好き放題X(旧ツイッター)で呟いているので月城聖歌ちゃんの話が終わったあとに生息確認したい方は、たまにそちらをお覗きください。ヒロイン=私の一つの物語のような位置付けで、飾らず気ままに書いています。別作品のコミカライズやコミックス情報もそちらでもご確認いただけます。

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別作品ですが、よろしければご覧ください。
↓人生賛歌!な最終回です。
婚約解消を提案したら王太子様に溺愛されました 〜お手をどうぞ、僕の君〜【書籍化・コミカライズ&完結】

↓月城聖歌が主人公の700年後の物語です。
聖女として召喚された私は無愛想な第二王子を今日も溺愛しています 〜星屑のロンド〜【完結】

X(旧Twitter)∶ @harukaze_yuri
(2023.10.27より)

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