178.打ち上げ
最後の挨拶は完全に私の素の言葉で話してしまった。踊るうちに挨拶を頼まれていたこと自体、忘れてしまったからだ。
『皆さんが知っているのかどうか分かりませんが、私は魔女様に拾われました。そして、いつの間にか聖アリスちゃんになっていました』
そこで笑いが起きた。
『魔女様に拾われなければ……きっと生きてはいられなかったでしょう。拾ってもらえた命で大切な思い出をたくさん今までつくってきた私だから言えます。生きているだけですごいんだって。悲しいこともあるのかもしれないけれど、たくさんの楽しいことも待ち受けているんだって』
挨拶なんてするガラじゃないけど、言いたいことは言っとかないとね!
『私の最後の言葉はたった一つ! 生きていてよかった! 神様魔女様、学園の皆、私を支えてくれる全ての人たち、今までありがとー!!!』
ラストを締めくくるならやっぱりコレかなと、光魔法をブァワサーッと学園内にぶちかまして帰ってきた。
最後にレイモンドも「ダニエルたちと俺たちとで国を盛り上げていこう!」と言ってホールをあとにし、皆で笑いながらお迎えの神風車で帰ってきた。
「お帰りなさぁ〜い」
魔女さんが最後の出迎えをしてくれる。立食形式で昼食も早めの夕食も食べ終えてきた。
「ただいま、エリリン。足が痛い〜」
「お疲れ様ぁ〜」
「アリス、足の鍛えがまだ甘いわね」
「昔、足を捻挫して鍛えないとって後悔したことがあるんだけど、学園生活では結局ね……」
「捻挫の経験があると高いヒールは履きたくないわよね。エリリンさん、留守をありがとう」
「楽しんできたようで、よかったわぁ〜」
魔女さんに口々にただいまと言いながら中へ入る。ドレスを脱ぐのに手伝ってくれる人がいた方が楽なので、ジェニーのメイドさんや、ユリアちゃんにもジェニーの手配でメイドさんがついて各自部屋へと戻る。
私にもヘレンがいてくれるけど、その前に――。
「皆、夜の支度が終わったらここに集合ね!」
「もちろんです」
ユリアちゃん以外の皆も頷いてくれるのを確認してから、魔女さんに向けてにやっと笑う。
「どうしたのぉ、アリスちゃん」
「エリリンなら、皆でしゃべってそのまま眠れるように、エリリン部屋に布団を敷き詰めておいてくれている気がする」
「……アリスちゃぁん?」
魔女さんも何か言いたげな顔でニヤリと笑う。
「私を、すごい使い方するわねぇ〜。レイモンドちゃんも顔負けよぉ」
「エリリンも一緒に寝よう?」
「ほんっとにもぉ……仕方ないわねぇ」
後ろでレイモンドがハハッと笑った。
「アリスは、とことんアリスだな」
◆◇◆◇◆
私たちの最後の思い出の場所は、魔女さんの部屋だ。緑と金が基調の自然を感じるカーテンに、吊り下がる月のオブジェは変わらない。
ただし……ここは日本なのかって具合に床に布団が敷き詰められている。中央には細長い木のローテーブルが鎮座している。
さすが魔女さん!
「ざ、斬新ですね……」
雑魚寝って言葉はこの世界にあるのかな。分からないから使わないようにしよう。
「みんなぁ〜、番人のエリリンからプレゼントよぉ。ワインを持ってきたわぁ〜!」
お酒!?
男性の結婚が十六歳だからなのかなんなのか、お酒も十六歳から許されているものの、学生の身で嗜みすぎはよくないとされている。私も少しだけ試しはしたものの、そんなに美味しいとは思わなかったので、それ以降飲んでいない。
「あら、リスティンノワールじゃない。エリリンさん、さすが甘いもの好きね」
あー……、ワインの種類もたくさん勉強させられた。思い出すなぁ。まろやかな甘みが特徴のワインらしいけれど、飲んだことはない。前の世界でも名前なんて知らなかったし、この世界だけのワインなのかも分からない。
「私が給仕いたします。ジュースがよろしい方はお言いつけください」
ニコールさんにも勧めたいけど、さすがに駄目かなぁ。守る立場だもんね。ジュースにしたい気もするけど、お酒を飲みながら皆と話すのは最初で最後だしね。
「よぉし、皆! 飲んじゃおう飲んじゃおう」
「私、飲んだことないんですが……」
「一口だけ練習してみようよ」
「そうですね、一口だけなら……」
ダニエル様とジェニーは立場上、慣れているんだろうなぁ。
「レイモンド、私が酔っ払ったらあとはよろしく」
「俺は強いから大丈夫。安心してよ」
知らないうちに、結構試していたのかな。
カルロスとユリアちゃんが何やら話している。仲よしさんだよね、やっぱり。
「じゃ、始まりはダニエルさんに格好よくきめてもらおうかなぁ」
「ったく、お前は……。もう挨拶はうんざりなんだが……」
「あ、やっぱりそうだったんだ」
「当たり前だろう」
「じゃ、一言だけ!」
「仕方ないな……」
話しているうちに、ニコールさんが全員分のワインをついでくれた。
ダニエル様がヤケクソ気味に立って、グラスを持って大きな声をあげる。
「――乾杯!」
かんぱ〜いっと全員がグラスを持つ手をあげる。
やっぱり、壇上よりこっちのダニエル様の方が好きだなぁ。男子っぽい。
口々にワインの味について語り合う。ニコールさんが軽くつまめるチーズなり小さなフルーツサンドなりを持ってきてくれた。
皆とたくさんの話をする。今までのなんの変哲もない思い出の数々を口にしていく。
例えば、夏に食べたフェリフェリちゃんの味。毎年似たような味ながらレイモンドの果実だけ柑橘系ではなくなった。その謎は解けないままだ。
私のカオスな本棚の本を誰か一部もらってくれないかという話もした。部屋に『ラブレターに使えるフレーズ、ベスト100』の本を取りにいって、「これは気取っている」とか「中身を感じられない」とか批評したり。
まるで明日も一緒に過ごせるかのように話が弾んで、ずっとずっと続いていくようで……眠りたくないのに眠くなって、布団に包まれながらも皆と話して……。
――いつの間にか私たちは翌日を迎えていた。
過ぎてしまったその日々は、もう記憶の中にしかない。
たくさんの思い出を胸に、私たちたちは最後の挨拶を交わしハグをし合い――それぞれの道を歩むために足を踏み出した。