176.卒業パーティ2
「お互いに嫉妬はしないで済んだ?」
小さく笑いながらレイモンドに話しかける。
「まぁね。あれから俺も大人になったかなー。アリスから促されちゃうのは寂しいけどね」
小ホールに行く途中の分岐点であらぬ方向へと曲がった場所……入学パーティにも寄った場所でレイモンドと話す。
新入生だった時と同じように学園長からのお話があり来賓の方の挨拶もあり、ダニエル様たちの二人のファーストダンスを目に焼き付けてからレイモンドとダンスを踊って……。
ものすごく思い出に残る一シーンだったはずなのに、ついメイザーと踊るユリアちゃんに目がいってしまった。よかったね、と。
カルロスが彼女を連れていってるふうだったのは見ていて複雑な気持ちにはなったけれど、三曲目はあの二人で踊っていたしカルロスの計算通りなんだろう……きっと。
そして、その三曲目。件の相手、メイザーにまたもや誘われたので、まぁ貴族ってこんなものかなと受けておいた。ついでにフルールも所在なげな様子だったので「お互いにこれからも場所は違うけれど頑張りましょう」と励まし、最後にレイモンドと踊ったらと軽く促した。
最後の最後なら、私も寛容になれる。
メイザーには踊りながら「ユリアちゃん、ダンス上手かったでしょう? 私たちと練習したのよ」と聞いてみた。
『自惚れてしまいそうでしたよ』
『……自惚れではなかったとしたら?』
『自惚れですよ。彼女が共にいたいと願う男性は他にいるようですから』
――と。
色々気付いていたんだろうな……。
メイザーから見ると、ユリアちゃんはカルロスと一緒にいたいと思っているようだったけれど、どうなのかはよく分からないんだよね。少なくとも友達として関係は続くだろうし、いつかはそうなるのかも。
三曲目以降は踊らずに婚約者と来ていたオリヴィアさんも含め貴族の子たち何人かと少し話し、そろそろいいかと抜けてきた。入学式の時と違ってダニエル様たちもそれまでいたけれど、ことさらにわざとらしくイチャついて他の人がダンスに誘えないような雰囲気を醸し出していた。
……わざとなんだろうなぁ。まさかダニエル様が、あんな空気を出せるようになるとは。人は変わるものだ。
次にパーティなんかに王家から招待されたら、私たちも誘いにくい二人空間づくりに挑戦してみようかなぁ。ただ、ダニエル様たちの場合は嫌われたらまずいなーと皆思ってくれるだろうし、踊るよりお話して取り入りたいって考えるよね……。
ま、先のことはあんまり考えないようにしよう。
「ダンスで始まった学園生活、ダンスで終わりだね。最後はやっぱり弾けていく?」
「そうだね。俺たちらしくね」
私たちは、手を繋いで小ホールへと向かった。
◆◇◆◇◆
以前と同じその扉を開けた瞬間、曲は違うけれど入学パーティの日に聞いたそのリズムが流れてきた。
楽団ではなくバンドといった彼らが、こちらを一瞬見てにっこりと笑ってくれる。
民族音楽伝承部の子だけれど知っている顔はないし、おそらく後輩だ。先輩から私たちの話を聞いていたのかな。
「アリスさん!」
少し責めるような困った顔で、ユリアちゃんとカルロスがこちらへ来た。
「あれ……ユリアちゃん。さっきまであっちにいたような?」
「アリスさんたちの姿が見えなくなったので、私たちもと移動してきたんです。いなかったので寂しかったですよ〜」
「あー……ごめん、少しレイモンドとお話してた」
「ですよね。それも考えて、少し経ってからこっちに来ればよかったです」
まぁ、いかにもなドレス姿だと浮くもんね。
でもね――。
「最後だよ、ユリアちゃん! 泣いても笑っても最後。どう見られるかなんて、どーでもいいよね。踊ろう!」
「そう……ですよね。カルロスさん、一緒に踊ってくれる?」
「もちろん」
そう答えて、カルロスが意味深にこちらに笑顔を向けた。うん……頑張れ、としか言いようがない。
「レイモンド――」
私たちもと、繋いだ手を少しだけ浮かせる。
「ああ、踊ろうか」
これが……学園生活の最後だ。
たくさんの思い出がここに残っているのに――、もうこの場所に足を踏み入れることはない。
新しい出会いがたくさんあった。
クラスでの他愛もないやり取り。クラブでの内緒のお話。一つ一つのなんの変哲もない日常はもう、取り戻すことはできない。覚えてはいられない小さな出来事は記憶の引き出しから無数にこぼれ落ちてしまっている。
でも、楽しかった。
楽しかったなぁ……!
軽快なリズムに合わせて、レイモンドと跳ねるように適当ステップを刻む。
ねぇ、レイモンド。
楽しかったよね?
最高の学園生活だったよね?
以前よりずっと大人びた彼が、最初に出会った時から変わらず私を大好きって顔で笑ってくれる。
あなたの目にも、私はそう映っている?
あなたを大好きって顔をしている?
曲の終わりには、彼に抱きつく。
回してって言わなくたって回してくれる。
「さいっこうに大好き、レイモンド!」
「俺も! 最高の学園生活をありがとう、アリス。大好きだ!」
全部全部、持って帰られたらいいのに。
今の気持ちも、そのまま保管できたらいいのに。
いつだって色鮮やかに思い出せる場所がここにはあるのに、これが最後なんて――。