170.親友と最後の
長椅子に座った聖歌に距離を詰めて隣に座る。
「アリス……普通は真向かいじゃないかしら」
「真向かいだと触れないし!」
ベターっとくっつく。
「服と一緒で甘めの性格になったの?」
「服はレイモンドの趣味! さすがに毎日会える時にはくっつかないし」
「似合うと思ったのよねー、そーゆー服」
「うん、だんだんと私の趣味までこっち系に……。いや、セイカのせいだし! セイカから借りたゴスロリ本を見ているのを覗き見していたからでしょ、レイモンド!」
「え、話を振らなくていいのに……まぁ、そういう側面もあったかな」
「私のお陰だったの。いいことをしたわ」
服に関しても驚いていないし、それも知っていたんだよね、きっと。
しかし、だ。
この世界にゴスロリはなかったはずだ。
「未来にはゴスロリが存在するの?」
「ないの! 仕方なく流行らせる羽目になったわ……」
「ゴスロリって退廃美だよね。聖女がゴスロリを流行らせていいの……?」
「大丈夫よ。私が着ているだけで流行るし、適当な意義みたいなのをでっち上げてもらったから」
「……誰に?」
「第二王子かな……」
あれ?
この表情……。
「恋人!?」
「そんなの、どうだっていいじゃない」
聖歌にそんな存在ができるなんて!
すごく嬉しい。他のクラスメイトの女子と仲を取り持とうしたこともあったけど、明らかに迷惑そうだったからすぐにやめたんだよね。そっか、第二王子とたくさん話す機会もあるから――。
「だからお嬢口調なんだね」
「使い分ける自信もないし、普段からそうしているわ。アリスの前では戻ってしまいそうだけど。アリスこそ、ぜんっぜん変わっていないけど大丈夫なの?」
「あら、大丈夫よ。必要な時には口調も変えているわ。そうよね、レイモンド」
「そうだね」
「ほらね! ノープロブレム!」
「器用ね……そういえば、昔から器用だったわね」
……どうかな。私も聖歌に愚痴ったりしていた。私がそこそこ器用だからって、親はすぐに弟の世話を私に任せようとするとか。人付き合いも、わりと器用な方だったかもしれない。
「セイカは知っているの? 私が死ぬ運命だったこと」
「……知ってるわ」
「セイカが聖女でなかったら、たぶん死ぬだけだったと思う。セイカがいたから魔女さんに見つけ出してもらえた。レイモンドも魔女さんに会えた。ありがとう、セイカは私の命の恩人だね」
「…………」
驚いたように彼女がこちらを見た。
「私はアリスに救われていたの……アリスに会っていなかったら、リスカくらいしていたと思う」
「――え」
「辛くて、吸い込まれるようにカッターナイフを手に持ったことがあって……そんな時にアリスから変なメッセージが送られてきて……」
変なメッセを送ったことはないと思うけど。
「それから、自分を傷つけたくなった時はアリスにメッセージを送っていた」
あれは、そういう意味だったんだ。
たまに「変な言葉をちょうだい」って送られてきた。辛いことがあったんだろうなと、元気になりそうな文章を送っていたはず。
「そっか。気が紛れていたならよかったけど、変なメッセを送った覚えはない」
「カッターナイフを手首にあてようとした時の内容は『今日の月の影、めっちゃウサギ! 見れるなら見てみて!』だったと思うわ」
「変じゃないし! 感動を共有したいっていう友情あふれる内容じゃん!」
「おかしなアリスに救われていたけど、私も救えたならよかったな……」
うん、ここにいる聖歌は前の世界にいた彼女より安定しているように見える。
「七百年後ってどうなの?」
「それがね……未来については詳しく語ってはいけないらしくてね。ほら、過去を変えちゃ駄目じゃない?」
「雑談で変わる?」
「明日にはそのツチノコちゃんキーホルダー、爆発するから外した方がいいわよ」
「え!?」
「って言ったら外しちゃうでしょう? 爆発はしないけれど」
「びっくりしたぁ……」
は!
ツチノコちゃんって!
「もしかして未来でツチノコちゃんが流行ってる!? 王都でキモ可愛いが長年の間トレンドに!?」
「全然。影も形もないわ」
「駄目だったかー……」
はー、と安心するような息を聖歌が吐いた。
「元気が出た。帰ろうかな」
昔と同じ口調で聖歌が言う。
家に帰りにくいからと、私の部活が終わるのを待っていて……一緒に少しだけ公園で話してから、同じ言葉を言って帰っていった。
「もう? 魔女さん、早く帰らなきゃいけないの?」
「そうねぇ……夕方頃まではいいんじゃないかしら。お昼にはアリスちゃんの好きなフルーツサンドも出してあげるわ」
「やった!」
……あれ? そういえばポンと出せちゃうなら、なんのためにレイモンドとスイーツ巡りをしていたんだろう? 一度は食べないと再現できないのかな。
まぁいっか。
私たちは夕方までずっとおしゃべりをしていた。レイモンドも嫌な顔をせずに付き合ってくれた。たまにお互い涙目になって、拭いながらも指摘はしなかった。そんな先まで王政は続いているんだねと聞いたら、「第二王子が『神の領域は不可侵。魔女が何も言わないから現状が正しい形なのだと思いやすい』と言ってたわ」と苦笑していた。友人もできたと言っていたし、少し寂しいけど安心した。光魔法で祝福もし合って……さすが聖女だなって感じた。
最後に彼女が言った。
「詳細は言えないけど……ここに来てからもアリスに救われていたの。聖アリスちゃん、頑張ってね」
指の付け根と手首に黒のリボンやフリルがたくさんついた手袋をしたその手で、私の頬をなで……そして、びっくりするほど彼女の顔が目の前に迫って、唇に軽くキスをされた。
なんでそこ!?
「世界は任せて」
煌めくような笑顔を残して彼女は立ち去った。
もう永遠に会えない。
私を知る同じ世界にいた唯一の親友。
ただ話していただけ。
すごいことを一緒にしたわけじゃない。
ただ雑談をしていただけなのに、そのかけがえのない時間を失って――、その場で私は夜が更けるまで泣き続けた。