17.魔獣とは
せっかく私のために考えたであろう場所に連れていこうとしてくれているのに……レイモンドも知らない場所にも行きたいと思ってしまっている。なぜだ……と葛藤しつつ、手を引かれるがままに大人しくついていく。
というか、なんで手を繋いでいるんだろう……恋人同士みたいじゃん……。
その体温に、さっき抱きしめられたことを思い出してしまう。
「ねぇ、レイモンド」
「何?」
「なんでずっと手を繋いでいるの」
「転んだら危ないし。手を繋いでいたらすぐ分かる。転びそうになったら浮かせてあげるよ」
「風の力で?」
「そうだね」
「咄嗟のことすぎて、飛んでっちゃわないの?」
「さすがにそんなヘマはしないよ。もう慣れている」
やっぱり慣れかぁ。空を飛ぶのも一輪車みたいなものだって言っていたしなぁ。
「王立魔法学園……受かるのかな、私」
「備わっている素質だけでほぼ受かるよ。分かりやすく言うと、この世界に満ちている力との相性だね。神からの加護。スマホに例えるなら、君だけ電波状況が常に最高クラスって感じかな。眠らせておくにはもったいないと思われる。合否の明確な基準は発表されてはいないけど、これまでの試験内容や合否の結果で誰もが分かっている。筆記試験は他で差がつかないギリギリのラインにいる人の中で誰を落とすか決めるためと、替え玉受験していないか入学後の筆跡と比較するためだね」
電波状況……精霊さんと常に電話がつながって会話も途切れませんってことかな。魔法っぽくない例えだなぁ。
「でも……空くらい飛べないと駄目だよね」
「実地の講義についていけないと困るからね。昨日の夕食の時に言った通り、簡単なテストはある。最低限必要な知識や技能は俺と身につけていこう」
「……うん」
彼の愛情がなければ、今の私はまともにこの地に立っていられない。仲違いして「もう出て行く!」と思っても、私には生きていく手段がない。
それが分かっているから……不必要なほどに彼も優しくなるのかもしれない。
対等に言い合えるような関係になるには、私が力をつけるしかない。それまでは割り切って頼ろう。
しばらく歩くと、突如として森の中に池が現れた。群青色の鮮やかな水面に木々が映り込んでいる。
「まるで鏡だね……森の中に池があるなんて」
「あー……俺が昔、魔法の練習をしていた時に掘っちゃったんだよねー」
「――え」
「水も呼び寄せたら湧くようになったし、いい場所をつくったよね、俺」
「……練習場所があってよかったね」
「ああ、庭園で練習して穴を空けると怒られるしね」
……完璧主義じゃなかったの。
「もう少しまともな練習はできなかったの」
「自分の力量は正確に知りたいじゃん。ちゃんと埋め直すのにさ。……植物は駄目になるけど。それに、もうそんな悪さをするお子様じゃないよ」
「もしかして乳母さんが頻繁に替わったのってそのせいなんじゃ……監督不行き届きとかで……?」
「え、なんでそんなこと知ってるの。あ、魔女さん!? そうだよね、メイリアたちがわざわざ教えるわけないよね」
「ま、まぁそれはいいとして……」
「待ってよ、他に何を聞いたの」
あ〜……しまった、またその話に……。
「いいの、その話はもうしないの」
「知っておきたいよ」
「あんまり覚えていないし。あんたと魔女さんの関係を聞いたら、その話が出てきただけ」
「魔女さんとの……関係……」
「だ、だってものすごく胸とか大きいじゃん。アレにクラクラして魔女さんのところに通っていたのかなとか思うじゃん!」
「いや……クラクラするわけないよね……」
うん……私もそう思う。色っぽさが台無しだった。でも、なんで関係が気になったのとか突っ込まれたくないし。レイモンドに興味があるみたいじゃん。
「それに、君が好きだって言っているのに……」
「覗き見する前から魔女さんとは知り合いなんでしょ。最初はそれが目的だったのかなとか……」
「人に迷惑をかけずに腕試しをする場所を探していただけだよ。浄化は当時苦手だったけど、魔獣が出てきたって逃げるくらいならできると思ったし」
その時に、魔女さんが自分の領域に入れてあげたのか……。
「魔獣ってなんなの? どんな存在なの?」
「ここは意思の力……祈りと感謝が支配する世界だ」
……優しい世界。でも、言葉にすると薄っぺらく感じる。だからレイモンドも支配という言葉を使ったのかな。
「人間は善なる心だけでは生きていけない。祈りや感謝が明確な力を生み出すなら、妬みや憎しみなどの悪意もまた、無意識の中で形を伴って生み出される。幻惑の海に面する広大な森から……生み出され続ける」
「騎士団の人たちが倒すの?」
「そうだね。浄化をしている」
「それなら、なんで魔王が生まれるの?」
「完全には消せないってことだろうね……たまり続けた悪意が魔王となって魔獣も強くなり……聖女が召喚される。強い浄化能力を身につけてもらう間、騙し騙し被害を食い止めつつ最終的に浄化してもらう。それだけだ。千年周期くらいだと思うよ。前回より前の正確で詳細な記録はないけど、言い伝えは残っている。だから一緒に、平和なこの世界を満喫しよーね!」
……次は七百年くらい先のことか。まぁ、それなら魔王とやらのことは考えなくてよさそうだ。
「それじゃ、ここで綺麗な石でも探してみる?」
彼がそう言ってしゃがむので、私もしゃがんだ。
魔獣か……私もそんなものを生み出す一人になってしまうのかな……。悪意を持たずに生きていきたいけど、ゼロは……きっと無理だ。
この世界で私が抱くとしたら、どんな悪意なのかな。
なんとなく、そんなことを考えた。