169.月城聖歌・時を越えて
森が青く包まれる。
私がここに来た時と同じ、青い結界だ。無数の光がキラキラと上へ立ち昇っていく。
さっきまでと全く同じ姿の魔女さんと一緒に現れたのは――、前以上にらしくなった彼女だ。
「セイカ!!!」
かつてと同じくりっとした小悪魔のような瞳は紫だ。毒々しい紫の髪はサイドだけが長い。血のように赤い薔薇が差し込まれている。
高級感のある黒に胸元だけが赤いハイウエストの姫風ドレスワンピースは、見覚えがある。召喚された時の服かもしれない。透けるデザインの上の羽織には金の十字架がたくさんあしらわれている。もちろん……ベースの色は黒だ。
これぞゴシックロリータという出で立ちで、かつてと変わらない笑顔を私に向けて、かかとに蝶のモチーフがあしらわれた黒のクロスベルトのヒールシューズで一歩進むと同時に、強い風が吹き荒れた。
――彼女が浮く。
猛り狂った嵐でもきたかのように木々が激しくざわめく。花でも咲かせるように聖歌が手を広げ、ますます激しくなった風はコテージすら破壊しそうだ。
甲高い笑い声を彼女が発した。まるで、かつて私が聞いた精霊の声のようだ。呼応するように精霊がどこからか現れて、同じような音を出して消失した。
「来たわよ、アリス。七百年の時を飛び越えて、あなたに会いに来たのよ」
ああ……以前と同じ声だ!
電波な話をする時のあの声……!
「魔王によって滅ぼされるはずの美しい夢を壊しにこの世界に喚ばれてあげたわ。愛の沼に墜ちたあなたを嘲笑いに来たのよ。んっふふふふふふ……っ。ねぇ、アリス。面白いわよね、悪意が目に見えるなんて最高の世界よね。欲深い人間の成れの果てが魔王だとしたら、それに滅ぼされてこそ救いが訪れるのではないかしら。束縛から解き放たれる手段があるのに、その夢をこの私に壊されてしまうなんて、可哀想な世界。闇を砕いて新しい闇を私がつくりだしてあげるのよ」
変わらない!
全く変わってない!
歌うように鈴の音のような声で彼女が声を響かせる。
「踏みにじられる希望、突然の悲劇……生きている限りあり続けるのに、どうして人は生に囚われてしまうのかしら。混沌たる闇から生まれる狂気に満ちた魔王の欲に壊されたいと思ってしまうのは私だけかしら。己の無力を感じながら無惨に散らされるのも本望ではないかしら」
無数の水の珠が彼女の周囲から生み出されジュワジュワと湯気を出して消失する。なんて禍々しい……!
「強欲な人間がますます強欲であるための手助けをしてあげることの意味は? アリス、あなたなら分かるのよね」
クラスで話していた時と変わらない。公園のブランコに乗って話していた時と変わらない。
私もトンっと地を蹴って飛び上がる。
「そんなの決まってる! 人間に欲がなかったら、つまらなさすぎて神様が壊しちゃうからだよ。最高に欲深く、ここで生きようね。会いたかった、セイカ!」
懐かしさにあふれる涙もそのままに、笑いながら彼女に飛びつく。
「変わらないわね、アリス」
「セイカは微妙に話し方変わってない? そこまでお嬢口調じゃなかったよね。多少お嬢だったけど」
「久しぶりに会ってすぐの話題がそれ?」
近くで見ても変わらない。
髪の色も瞳の色も変化はしているけど……もちもちのほっぺもフルーツのように美味しそうなぷっくりした赤い唇も。
「もっと落ち着いて話そうよ、セイカ!」
「ええ、そうするわ」
スゥッと今度はあっけなく地へと降りた。私も同様にだ。スタスタとそのままレイモンドの方へ進むので、ついていく。
「お初にお目にかかりますわ、レイモンド様。アリスの親友、セイカ・ツキシロですわ。お会いできて光栄です」
「初めまして、こちらこそ聖女様にお会いできて光栄ですよ。レイモンド・オルザベルと申します。その名前を用いているんですか?」
「ええ。聖女とされていますし、ツキシロでも問題はないかと思いまして。それから……楽に話してもらって結構ですわ。お二人のご関係は知っています」
意味深にこっちを向いて笑う。
うーん、魔女さんに聞いたってこと? それにしては意味ありげだなぁ。
「そう? それならそうさせてもらうよ。積もる話もあるだろうし俺はいないものとして話してもらって構わない。席を外した方がよければそうするよ」
「いいえ、いてくださるかしら。いないものとは……してしまうかもしれませんけれど。驚きませんのね、さっきのを見ても」
「ああ。君のことは知っているからね」
「ふふ、そうでしたわね」
休日に聖歌と会っていた時も覗き見していたのかな。お互い知ってる知ってる言ってて気分悪いな。私の方が二人のこと知ってるし!
……張り合ってどうするんだ。
「七百年ぶりねぇ〜、アリスちゃん」
「私にとっては、さっきまで会っていた魔女さんと変わらないかな……」
「そうよねぇ〜」
でも、魔女さんにとってはそうなのかな。
「大好きな魔女さんのままだよ」
「ふふ、ありがとう」
この世界はあっちと違って滅ばないように管理されているのなら……魔女さんはどれだけの時を生きるんだろう。私には想像もつかないけど……今はそれよりセイカだ!
「じゃ、建物内に入ろう!」
「ええ」
すぐに別れの時は来てしまう。
手を繋いで中に入った。